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龍馬と梅太郎 ~誰が英雄を殺したか~  作者: 橋本洋一


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後悔

 私は――後悔している。

 どうしてあんなことを言ってしまったのだろう――理由は分かっている。

 夕霧に会いたかっただけなのだ。

 そのために金が必要だった……何の名分にもならない。ただの私欲そのものだった。


 これは私の罪の告白だ。

 備忘録に記さなくとも脳に刻んで覚えている。

 この罪悪は決して無くなりはしないだろう。


 その始まりは近藤勇が壬生浪士組を掌握したときに遡る。

 当時、浪士組には局長が二人いた。

 一人は近藤勇だが、もう一人は芹沢鴨という。

 この芹沢鴨はひどい男で京の市井の民に強請りたかりをしていた……とされる。


 私は実際にその現場を見たことはない。

 ただ市中ではそのような噂が蔓延していた。

 けれども、その噂が広まったのは芹沢鴨が死んだ後である。


 なんともきな臭い話だと思う。

 当時の私は浪士組の手当を担当していた。だから探れる立場ではあった。

 しかししようともしなかった。藪蛇になりそうだったからだ。

 私まで斬られてしまいそうな雰囲気が浪士組にはあったのは否めない。


 それに浪士組の礼金はそこそこの稼ぎになっていた。

 金を貯めて夕霧と会うために私は無茶をしていたから、敢えて気にしないという道を選んだ。それが間違いだと気づくには遅すぎたが……失ってから気づいたのだから。


 なんとも間抜けな話だ。大事なものを手に入れようとして、大事なものを失ってしまったのだから。

 そしてそれは私の名を失う話でもある。


 その事情を詳しく話すには八月十八日の政変について語るべきだろう。

 当時、長州藩は薩摩藩と会津藩と対立していた。原因は思想の違いによるものだった。

 長州藩は『先の条約を破棄して鎖国を再開し、日本にいる外国人を排除する。そして外国が攻めてきたら徹底的に戦う』という急進的な考えを持っていた。

 一方、薩摩藩と会津藩は『外国の力は侮れない。今の日本では太刀打ちできないので、国を強くしてから外国と戦う』という穏健な考え方だった。


 どちらが正しいとは私には判断できない。

 明治維新を経て西洋の文化を取り入れている日本を思えば言葉もない。


 さて。当時は長州藩が朝廷を牛耳っていた――実際はそうではないが、そのときは誰もがそう認識していた――ことに気に食わない今上の帝が反発し長州藩を追い出そうとした。それが八月十八日の政変である。


 結果として長州藩は京の都から追い出されてしまい、勢力を削がれてしまった。

 それ自体は私の生活に問題はない。長州藩の藩士が牢屋に入れられて仕事が増えたことぐらいしか影響は微塵もなかった。


 ただ長州藩の顔役とも言える桂小五郎との連絡がつかなくなったのは痛かった。

 私を巻き込むのを良しとしなかったのか、それとも私に構うことができなくなるくらい窮地に追い込まれていたのか、判然としないけれど――とにかく長州藩のおつかいが無くなった。


 手痛いことだった。夕霧に会うために当てにしていた収入が無くなったのだから。

 これまでの話を聞いて読む者が私に思うのは、芹沢鴨よりも下衆ではないかということだろう。女に会うために金を貯めていて、しかも間諜をして稼いでいたのだ。非難されるのは当然のことだった。


 それでも私は――夕霧に会いたかった。

 あの夕日のように赤くて、霧のように儚い彼女に会いたかったのだ。

 たった一度の対面だけで惚れこんでしまったのだ。


 だから私は近藤勇に言ってしまったのだ。

 余計な一言を。


「才谷先生。私は役目を辞して江戸に戻ろうと思うんです」


 壬生浪士組が新選組へと改名した数か月後のことだった。

 八木邸の一室にて、近藤勇はひどく落ち込んでいた。片腕だった山南が大怪我を負ったことも原因だったようだ。

 隣に座っている土方も同調して「京都見廻組もいるしな」とため息をついた。


 京都見廻組とは旗本で構成された京の治安維持部隊で、はっきり言えば新選組の上位互換だった。新選組は祇園などの歓楽街を警邏しているが、京都見廻組は二条御所周辺を警護している。そのあたりからしても格差はあったはずだ。


「もう私たちの役目は御免となりました。だから江戸に戻り天然理心流の道場を開き直してみようと話し合っています」


 私としては困った話だ。

 微々たるとはいえ新選組から出る診療代は稼ぎとなる。

 これではますます夕霧と会えなくなってしまう。


 だから私は言ってしまった。

 それは……手前勝手な話ではありませんか?


 私は後悔している。

 新選組を引き留めてしまったことを。


「手前勝手とはどういうことでしょうか?」


 近藤勇が困惑した顔になる。

 土方歳三も何を言い出すんだと眉間にしわを寄せる。


 せっかく隊士を集めて新選組という組織を作り上げたのです。もったいないじゃないですか。それに京都見廻組だってできたばかりです。彼らが京を守れるとは思えません。


「それはそうですが……」


 あなた方が京を守るという務めを辞するならば、せめて京都見廻組が真っ当に守れるまでやってくださいよ。


 私は近藤勇に手前勝手と言ったが、どの口が言えたのだと思ってしまう。

 夕霧に会いたいからという理由で引き留めているだけではないか。

 恥を知るがいい。


「近藤さん。才谷先生の言うとおりだ。ここで投げ出したら孫の代まで笑われちまうぜ」

「トシ……そうかもな。山南さんが怪我して弱気になってしまった」


 近藤勇は私に「ありがとうございます」と礼を述べた。


「もう少しだけ、頑張ってみようと思います」


 その言葉が聞けて私は満足してしまった。

 だが満足感は一時のもので、後々まで後悔するとは思わなかったのだ。

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