弟分
「梅太郎、久しぶりぜよ!」
龍馬が望月亀弥太を連れて私の家に来たのは四月のことだった。
いつもどおりの元気のいい声でやってきた龍馬に、ずいぶんと忙しそうだったなと私は返した。そしてその隣にいてきょろきょろ見渡している若者を見た。
印象としては賢そうな若者だ。人に好かれる身なりをしている。まあ龍馬の隣にいるから余計清潔そうに見えるのだろう。
その若者は私に「才谷先生ですね」と頭を下げた。
「坂本さんからお話を伺っております。何でも素晴らしいお医者様だと」
まだまだ半人前の医者だよ、と私は謙遜した。
「何をおっしゃる。坂本さんを助けたと聞いておりますよ」
「……あ、紹介が遅れたの。これが望月亀弥太ちゅう男ぜよ。なかなかの器量人きに、おんしも知りおうておくとええ」
私は改めて、才谷梅太郎だ。よろしく頼むと挨拶をした。
望月亀弥太も「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げる。元気で歯切りのいい言葉遣いに私は好感を得た。
「そんでおんしは何をしちょる? 仕事はどうした?」
非番だ。今は薬を煎じているんだ。何かと物入りなんでなと返す。
「ほうか。金が必要なんじゃな」
実を言えば夕霧と会いたいのでまとまった金を作りたいだけだった。医師としては会えるのだが、それでは申し訳ないと思うのだ。
しかしそんな事情を話すのもなんなので、まあ生きていれば金は必要になると私は誤魔化した。
「俺たちも金が必要でな。これから越前国へ行くんじゃ」
「その前に才谷先生に会おうと誘われた次第です」
へえ。越前国に……しかし何故行くんだ? 金の無心でもするのか? それとも儲け話でもあるのか?
「そりゃあ金の無心ぜよ。前に言った海軍操練所の資金を得るためじゃ」
ふうん……誰にどれだけねだるんだ?
「藩主の松平春嶽公に……五千両ほど」
その言葉に私は手を止めて、凄い相手に相当な大金を要求するのだなと言う。今更ながら龍馬の務めの大きさに驚く。
「坂本さんは無茶ばかり言います。それでもしようとするだからついていくのに必死です」
望月亀弥太が困った顔をするが、どこか誇らしげな感じがした。
龍馬とは海軍操練所で知り合ったのか?
「元々、土佐の同郷なんです」
それにしては訛りがないように聞こえる。
「江戸の人と話す機会が多くて、訛りが抜けてしまうんですよ。坂本さんにからかわれています」
それこそ謙遜である。他藩の者と交流するのは言葉を知らねばならない。さらに扱うのはかなりの努力が必要だ。だからこそ、望月亀弥太は龍馬に重用されているのだと私は考えた。五千両を融資する取引に連れていくもの分かる話だ。
龍馬、優秀な若者だな。
「そうじゃのう。俺もそう思う」
「おや。坂本さんが褒めるのは珍しいですね」
「おまんはすぐに調子乗るきに。過激な尊攘派の者に誘われんか心配ぜよ」
龍馬は笑って望月亀弥太の頭をぽんっと叩いた。嬉しそうな顔をする彼を見て良い兄弟分だなと私は思ったものだ。
それから龍馬はしばらく京に来れないことを私に言う。件の海軍操練所で勉強をするそうだ。私は寂しくなるな。その前に何か一緒に食べないか? と二人に申し出た。
「それじゃあ鶏鍋を食べたいぜよ」
皮が食べられないのにか?
「お。からかっとるのか? 別におんしの料理は美味いからええんじゃ」
そう言われたら仕方ない。
鍋の用意をしていると望月亀弥太が「手伝います」と着物を捲った。
ああ助かる。龍馬は手伝わないからな。
「俺は料理をあまりしないきに、手伝ったら余計な迷惑になるんじゃ」
ものは言いようだな。
「人には人のやるべきことがある。適材適所ってやつぜよ」
こういう論は龍馬に分がある。
私は分かった。ゆっくり寝ていろと告げた。するとすぐに寝息を立て始めた。なんとものんきな男だ。
「坂本さんは才谷先生の前では子どものようになりますね」
とんとんとんとネギを刻む望月亀弥太の手つきは慣れたものだった。流石に手伝うと言うだけはある。
そうか? 会ったときからこんなんだったが。
「自分たちの前ではもう少し気を張っています。先達になろうとしているのです」
私は同志ではないからなあ。
望月亀弥太は「羨ましいと思います」と真っ直ぐに伝えてくれた。
「坂本さんは心を許してくれますが、頼りにしてくれることは少ないです。自分たちばかりが頼りにしてしまう」
悪いことではないだろう。
龍馬はそういう立場なのだから。
「少しばかり立ち止まってほしいときがあります。走り続けて、いつか危ういところに行ってしまうのではないかとひやひやします」
それは私も考えていたことだった。
龍馬も向こう見ずで真っ直ぐな性格は頑なではないが、見ている側からすればハラハラする。
しかしそれこそが龍馬の魅力であることも理解していた。
望月殿、龍馬に何かあれば君が止めてくれ。
「自分がですか? 止められるでしょうか?」
あれは柔軟なところがある。それに君ならば止められるさ。
「自信がありませんが……どうしてそう思うんですか?」
君を頼りにしていなければ私を紹介などしないだろう。初めてなんだよ、龍馬が自分から同志を紹介したのは。
「そ、そうなんですか!?」
龍馬はなるべく私を自身の務めに関わらせない。だから君は十分、押さえ役としての資質はあるよ。
私の言葉に望月亀弥太はいたく感激したようだ。
だから彼は終生、私を才谷先生と呼び続けた。
あの忌まわしい事件の最期まで。




