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好感

「笑い声がすると思ったら、客人か近藤さん」


 ふすまが開いたと思ったら、そこには目つきの悪い男が立っていた。龍馬と違って清潔な黒髪で、身なりも整っている。いや、清潔というよりも潔癖と言うべきだろう。まるで余計な物を削ぎ落とした印象を受けた。


「トシ。お前も飲まないか?」

「まだ雑務が残ってんだよ……」

「とりあえず座れ。紹介するから」


 客の私たちに気遣ってか、近藤勇の促しに応じる男。折り目正しく正座をして軽く頭を下げた。


土方歳三(ひじかたとしぞう)と申します」


 私は才谷梅太郎と言います。


「俺は坂本龍馬ですきに。どうですか、一杯」


 龍馬が何気なく勧めると「まだ勤めが残っていますので」とやんわりと断られた。

 近藤勇は「もっと肩の力を抜けよ」と軽く笑った。


「江戸にいたときはもっと――」

「ここは京だ。不逞浪士がうじゃうじゃいるんだぜ。気なんて抜けねえよ」


 まあ土方歳三の言うことは正しい。

 とは言っても時には休むことも必要ではないだろうか。

 人間、気を張り続けることなどできないのだから。


「ああそうだ。こちらの才谷殿は医者で隊士の怪我や病気を診てくれるそうだ」

「へえ。お医者様か」


 普段は伏見奉行所で獄医をやっております。


「それにしちゃ京言葉じゃないんだな」

「才谷殿は江戸から派遣されたのだ」

「へえ。そりゃあ大変だ。これからどんどん怪我人が増えていくぜ」


 土方歳三は何気なく言ったが、それは的中することになる。

 無論、壬生浪士組の活躍によるものだが、当時の私には分からないことだった。


 その後、土方歳三は私にいくつかの質問を投げかけた。

 よくは覚えていないが隊士の治療費のことだったと思う。

 印象通り潔癖なところがあった。特に金銭の問題ははっきりとさせておきたい性格なのかもしれない。


 ほどほどに飲み終えて私と龍馬は帰ることにした。

 また会おうと近藤勇と約束して、帰路を辿る。


「いやあ。近藤さんは相変わらずええ人じゃったな」


 来たばかりで基盤が定まっていないのに酒をご馳走してくれたからな。


「迷惑かけたかの?」


 私が見る限り楽しそうだったからいいだろう。

 龍馬も同じことを考えたのか「久々に良い夜だったぜよ」と笑った。


「あん人は世に出るべきじゃ。剣の腕だけやのうて、教養もあるお方ぜよ」


 後世の人々が聞いたら驚くであろう。

 龍馬は近藤勇を高く評価していた。

 それだけではなく、敢えて直接的な表現をすれば――好きだったのだ。


「なんじゃあ? あそこでおなごが座り込んでおる」


 酔っていて気づかなかったが、前方で軒先に背中を預けて座っている女がいた。

 私は、どうする? と龍馬に訊ねた。


「どうもこうも、心配じゃき、事情訊くぜよ」


 こんな夜更けに一人っきりでいる女の事情か。

 しかしほっとくわけにもいかない。


「よう。どうしたんじゃ?」


 気さくに龍馬が訊ねると女は俯いていた顔を上げた。

 ふむ。器量がいい女だ。

 ゆっくりと立ち上がる――女にしては背が高い。


「なんやあんたら。どこか拐すつもりか?」

「おおう。ずいぶんと強気なおなごじゃな。俺たちはそんなことしないきに」

「ふうん……」


 どうしてこんなところで座っていたんだ?


「座りとうて座ってたわけやない。路頭に迷っていたんや」

「そうか、気の毒じゃの……」


 龍馬は本心から同情しているみたいだ。

 私は、寝床もないのか? と問う。


「あったら路頭に迷ってないわ」


 それなら今日の宿代ぐらいは出そう。

 私は財布からやや多めに出した。

 女は怪しみながらも受け取った。


「そうじゃの。俺が一筆書くからそこで働けばええぜよ」

「お侍さんの紹介? ……いかがわしいところじゃないやろね?」

「俺は女郎屋ではないきに。土佐藩邸で働けるようしちょる。明日の昼くらいにここで会おうぜよ。まずは宿で休むぜよ」

「…………」


 女は迷っていたが結局は頷いた。

 私と龍馬は女が無事に宿に入ったのを見て、それから自宅へ戻った。


「あんおなご、ええ器量の持ち主じゃったな」


 私もそう思うが、なんだああいうのが好みなのか。


「気ぃ強そうなところがええ。また会えたら嬉しいぜよ」


 土佐藩邸で働くのだから会えるだろう。


「それもそうきに。そんじゃ飲み直すとするか」


 付き合ってられないので私は寝ることにした。

 一人酒を飲む龍馬の会話に相槌を打ちながら、私は布団の中で考える。

 混迷を極めている京で、はたして何人生き残れるのだろうか。


 そう考える時点で、私は自分が安全だと思い込んでいた。

 今から思えば噴飯ものだが、当時は安心していた。

 長州藩の手伝いをしていて、壬生浪士組の治療を請け負う。

 後から考えれば間者そのものになっているが、のんきな私はあまり大ごとと捉えなかった。


 いずれ世の混乱も収まるだろう。

 幕府だって健在のはずだ。

 多くの人々が普通に考えていることを私も信じていた。


 それが大きな間違いだとは思えなかった。

 しかも隣で喋っている龍馬が大きく関わることになるなんて想像もできなかった。


「なあ梅太郎」


 なんだ龍馬。


「おんしはまことええ人じゃな」


 急になんだよ?


「いや。ふと思っただけじゃ。気にせんといて」

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