豪傑
「壬生浪士組? そうか、近藤さんのところの隊士か」
「近藤先生をご存知ですか?」
「江戸で知り合った仲ぜよ」
そんな会話を聞きながら、当時の私は隊士が何人いるか分からないけど、一人ひとりがこれだけ強いのかなとぼんやりと考えたものだ。
後世で語られるとおり、沖田総司が特別で似た実力は数人しかいない。けれども凄い組織になりそうだなと恐れたものだ。
「久しぶりに近藤さんと会いたいぜよ。案内してくれぬか?」
「いいですよ。身なりは汚いけど……信用できそうですから」
慇懃無礼な口だが、龍馬の格好がそれだけ汚いので文句は言えない。緒方洪庵先生が教えてくださった、衛生的にも悪いと何度も言っているが、一向に聞かないのだ。
「そちらの方も近藤さんと親しいのですか?」
沖田総司が私に水を向けてきた。
いや、一度だけ挨拶したぐらいだ。龍馬ほど親しくない。
「ふうん。ま、歩きながら話しますか」
そう言って沖田総司は歩みを進めた。
隣で龍馬が「隙がないのう」と感心していた。
そういうのが分かるものなのか。
「お二人の素性を訊いていいですか?」
しばらく歩いた後で沖田総司が私たちに訊ねた。
「いやなに、近藤先生の知り合いとはいえ、訊いたほうがいいと思いまして」
訊くならもっと早いほうが良かったのではないか?
「今思ったんですから。それで才谷さんは何をしている人なんですか?」
私は伏見奉行所で獄医をしている。
「へえ。でも国言葉は江戸ですね」
元々、小伝馬町にいたのだが京に派遣されたんだ。
「私たちと同じ境遇なんですね」
正確に言えば違うと思う。
浪士組の噂は龍馬に聞く前に知っていた。
なんでも清河八郎なる者に騙されたらしい。
しかし騙された者にそう言うのは憚られるので、東から西へやってきたのは同じだな。まるでお天道様のようだ、と洒落を交えながら答える。
「言い当て妙ですね……そちらの坂本さんは?」
「俺は土佐の人間ぜよ。近藤さんとは道場で知りおうた」
「ずいぶんと前に知り合ったんですね。最近だと私が出稽古に行くことが多かったですから」
「さっきの近藤先生ちゅう言い方からして門人か?」
「そのとおりです……あ、着きましたよ」
屯所と聞いていたが、なかなか広いだけの屋敷だった。
豪商か豪農が立てそうな家だ。造りが異なるから武家屋敷ではない。
「八木さんと前川さんという方の家を間借りしているんです」
私の視線に気づいたのか、言い訳じみたことを沖田総司は言った。
結成の経緯からして苦労しているのだな……
「総司、見廻りは済んだのか……おお! 坂本殿!」
玄関で近藤勇と遭遇した。
出かけるつもりだったのだろうか、羽織を着ていた。
「近藤さん、久しぶりぜよ。相変わらず身体が大きいのう」
「坂本殿は変わらないですね」
「なんだ。近藤先生と本当に知り合いだったんですね」
もし違ったらどうするつもりだったんだ?
「そりゃあばっさりと斬りますよ」
「物騒じゃのう」
「こら総司。失礼だろ……そちらの御仁は、見覚えがあるな」
私の顔を覗き込む近藤勇に、才谷梅太郎です。一度挨拶をしたことがありますと返した。
穴が開くまで私の顔を見つめていたが、唐突に「ああ。一月に会いましたね」と思い出したようだ。
「あなたとは江戸で会ったと覚えているが」
今は京の伏見奉行所で獄医をやっております。江戸は帰省していたのですよ。
「それはまた……どうぞ中へ。私室で話しましょう」
私と龍馬は近藤勇が宛がわれた私室へ向かった。
そこは屋敷の中でも広い部屋だと思えるほど立派だった。
「坂本殿は酒がお強いですが、才谷殿はどうですか?」
いや、下戸でして。しかし少しは飲めます。
「ならば節度を保って飲みましょう」
そうしてくれると助かる。
ただでさえ、龍馬はザルなのだ。付き合ったら二日酔いでは済まない。
「俺は何でも飲めるぞ。梅太郎の分まで飲むきに、じゃんじゃん持ってきてや」
「ははは。相変わらず剛毅なお方だ」
酒とつまみが用意され、近藤勇の言うとおり節度を保ちつつ飲む……と言いたかったが、御猪口で飲む私に対し、龍馬と近藤勇は大きな杯で次々と飲み干す。二人を見ていると古の豪傑が酒を酌み交わしていると思えてしまう。
「不逞浪士を取り締まっているようじゃき、俺も気をつけないといかんな」
「坂本殿を取り押さえられる者は浪士組の中にはいませんよ。この私でさえただじゃすまない」
「はっ。さっきの沖田は強そうだったぜよ」
近藤勇は「あれは強いですね」と虎のような笑みを見せた。
自慢の弟子を褒められたのか上機嫌になった。
「私よりも強いです。総司ならば天然理心流を継げます」
「そこまでなんか。梅太郎、ちょっかい出さんで良かったな」
それこそ物騒だろう、と私は笑えなかった。
「才谷殿は剣術の腕前はどうですか?」
いやあ。からっきしでして。一応、剣術道場に通っていましたが物にはなりませんでした。
「もし良ければ天然理心流を習いませんか? 身体つきを見る限り鍛えてはいるでしょう」
そりゃあ獄医をやっていれば自然と鍛えられます。身体も、心も。
「私が教えましょうか?」
厚意はありがたいのですが、勤めもありますから。
やんわりと断ると近藤勇は残念そうに「まあいつでも言ってください」と言う。
なんだか申し訳ないと思えて、私はこう言ってしまった。
隊士で病人や怪我人が出たら治療いたしましょう。
「まことですか? 私としては助かります」
これでも医術には自信があります。伏見奉行所にいるのでいつでも呼んでください。
「梅太郎の腕は確かぜよ。俺の腕の傷も綺麗に縫ってくれた」
「では是非お願いします。お代は……」
払えるだけでいいですよ。私も医術の修業になりますから。
「ははは。本当にありがたい」
近藤勇は豪快に笑った。
それが愉快で私と龍馬もつられて笑ってしまった。