依頼
十人の武士のうち、頭と目される男はどこか幼い顔つきをしていた。
人に侮られるような風貌はしていない。端正な顔つきで顔も引き締まっていることから剣術を修めているのが素人ながらでも分かる。何より目が輝いていた。光る虹彩が離れていても目立っている。龍馬と違った意味で人を惹きつける魅力を持っていた。
「この人数差を鑑みれば、お互い手を引くのが落としどころだと思うのだが」
「……仕方ないぜよ」
冷静かつ尊大とも取れる言いざまだが、三人の土佐人は従うほかないと思ったのか刀を納めた。
それを満足そうに見た男は「坂本くん。相変わらず土佐に嫌われているな」と語りかけた。
「いっそのこと、長州でも来ないか。僕がいろいろと世話してあげよう」
「いやあ。先生の厚意はありがたいぜよ。じゃけん、俺にはやることがあるきに」
「ふふふ。ま、いつでも言ってくれればいい」
男はそれから私を見た。
そして優しく微笑む――安堵して私はその場に座り込んでしまった。
「おい。大丈夫か、梅太郎」
ははは。腰が抜けてしまった。情けないことだが。
「情けなくはないわ。おんしには感謝せにゃならん」
龍馬は笑って私の肩に手を置いた。
海風のような爽やかな笑顔で「ありがとうな」と言ってくれた。
「おんしがいなければ俺は死んでた」
短銃を持っていたのだからどうやっても切り抜けられたと思うが。
「素直じゃないのう。ま、そこがおんしのいいところぜよ」
「さて。坂本くん。友情を交わすのはいいが場所を移そうじゃないか」
男は龍馬を招くつもりらしい。
私は修羅場から解放されてホッとした。
「そこの君も来るといい」
……私も?
「騒動を起こしたのだ。ほとぼりが冷めるまで来てもらいたい」
それはそうだが、厄介事に巻き込まれる気がした。
しかし行かねばならないとも感じていた。
土佐人が私を睨んでいたから。
◆◇◆◇
というわけで連れてこられたのは対馬藩邸だった。
つまり、対馬藩の者なのかもしれない。そう予測を立てていたのだけれど、龍馬は何も語らなかった。
部屋に通され、お茶と茶菓子を出されてしばらく経った後、男は「お待たせしてすまない」とふすまを開けて私と龍馬の目の前に座る。
「先生、ずいぶんと面倒なことになっちょるの」
お茶を飲み干し私の分の茶菓子まで食べた龍馬は同情するような声をかけた。
一方、私は緊張のあまり半分しか飲めず、茶菓子も喉を通らなかった。
命のやりとりをした後なのだ。当然と言える。
「そうだな。僕もあまりいい状況とは言えない……おっと、その前にそちらの方に名乗らせてくれないか」
私にですか?
「ああ。坂本くんを守ってくれた勇気あるお人だ。僕の名を知ってもらいたい」
知ってしまえばいろいろ面倒になることは分かっていたが、私と龍馬を窮地から救ってくれた方なので、遠慮はできなかった。
「僕は桂小五郎という。長州藩の藩士だ」
桂小五郎! あの長州藩の実質的な指導者か!
獄医をしている身の上なのでいろいろと話は伺っていた。
尊王攘夷派の有名人だ……
「おや。僕のことを知っているみたいだね」
知らなければおかしいでしょう、と私は返した。
「あまり有名になり過ぎると動きが鈍くなってしまう。名声とは贅肉のようなものだな」
上手いのか下手なのか分からないことを言う。
私は、申し遅れました。才谷梅太郎と申します、と応じた。
「才谷殿は坂本くんとどういう関係なのかな?」
細かい話は端折りつつ大坂で知り合って友人になったことを言う。
すると桂小五郎は「たったそれだけの縁で守ろうとしたのか?」と驚いた。
「知り合って間もないのに、身を挺して守るのか」
「それは俺も驚いた。でも、梅太郎は良い奴ぜよ」
龍馬の言葉はともかく、私は桂小五郎に言った。
自分でも分かりません。どうしてあんな勇気が出たのか。
「勇気……確かにそうだな。人を守ろうとするのは勇気がいることだ。それは畜生にはできない、人間だからこそできることだ」
うんうんと何度も頷く桂小五郎。
そこまで高尚な考えは持っていないのだが……
当時を振り返ると、私は龍馬を守ったのは友情という一点のみだった。
残酷な言い方だが、維新の英雄になっていない、脱藩浪士の龍馬を守る利益などありはしない。
しかしそれでも龍馬のことを守った。
友情以外の何物でもなかったのだ。
「あなたは信用できるお方のようだ。坂本くんと同じようにね」
「先生、そん言い方じゃと、なんか頼み事をしたい感じかの?」
龍馬がさりげなく意図を汲んだ言い方をした。
桂小五郎は「やはり分かるか」と笑顔になった。
よく笑う人だなとそのときは思った。
「実は才谷殿にお願いがある」
なんでしょうか?
「先ほどの話から才谷殿は獄医をしているようだ。もし良ければ――罪人から情報を得てほしいのだ」
要は間諜をやってほしいと言っていた。
「もちろん、報酬は渡す。これからの日の本にとって大事な役割なのだ。どうか頼めるだろうか」
とんでもない厄介事に巻き込まれてしまった。
私の感想はそれだった。