92話 『チェック』
「ふ~気持ちよかった~、レニ君もお風呂」
「しーっ」
部屋に戻るとミントが人差し指を口に当てこちらへ向かってくる。私はすぐに口を閉じ中を見渡すとレニ君はベッドで寝息を立てていた。
「疲れが溜まってたんでしょ、君が出て行ってからすぐ寝ちゃったよ」
「そうだったんだ」
「あとで僕たちもお風呂に入れるらしいからそれまで寝かせておこうと思ってね」
「わかった、それじゃ起こさないようにしよう」
私は鞄から絵日記を取り出し椅子に座った。じっくり読む機会もなかったしちょうどいい、あれから変わったところがないかチェックしよっと。ミントも本が気になるのか横から覗いている。
「これは何?」
「ルーちゃんを助けたときドラゴンさんにもらったの。持ち主の魔力を通じて日記をつけてくれるんだ」
「へ~面白そうだね。僕もみてていいかい?」
「うーん……ちょっと恥ずかしいなぁ」
「君のプライベートに関わるつもりはないよ。物に対する好奇心ってやつさ」
「レニ君には絶対内緒、約束できる?」
「誰にも言わないってば」
「本当にお願いね」
まぁミントなら大丈夫だよね……? 久しぶりに絵日記を開くと最初のほうは変わりがない。メユちゃんたち元気にしてるかな――そしてページをめくっていくと、砂漠にオアシスの絵が描かれてあった。
『気づいたら見たこともない場所に倒れていた。ここはどこだろう……それに私は誰? 人が来たけど何か知ってるかな。話を聞いてみると私はこの国を救うためにここにいるらしい。だけどどう考えてもそんな力、私にはない……この変な日記に書いてある魔法は使えた。だけど全然弱い』
『誰も助けてくれない、日記に描いてあった男の子もいない…………誰か、私をタスケテ。そう願ったら、真っ黒な髪の人が私と代わってくれた――――』
これは……ミントが横から絵の人物を指す。
「ちょっと待って、この人ってどんな感じだった?」
「ん-すごく優しい雰囲気で……でもなんとなく悲しそうにしてた」
「なるほどねぇ、君が暴れてたのもこのときだったんだよ」
そうだ、あのとき何か魔法を使ったんだ――だったらあそこに書いてあるかも! すぐに日記の後ろまでとばす。
≪タカノツメ≫
鋭く燃え盛る炎の爪が標的を焼き斬る。あの頃の辛い思い出も添えて……。
なんと火の鳥がだせるようになった! 念じると鳥のように方向を変えることができる。爪とクチバシの攻撃も強力!
≪サポートベアー≫
困ったときのお助けクマさん。使用状況、魔力によって現れる姿は様々。性格は使用者の思いに依存する。
離れた相手ともお喋りできるようになった、これでどこでも一緒!
少し内容が変わっているところもあるけど、ここまでは大きな変化はない。そして次のページを開く。
≪タノミゴト≫
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「なに……これ……」
「君にも読めない?」
「うん……こんな文字、初めて見る……」
そして絵は真っ暗な中にポツンと一人の少女が描いてあった。魔法の名前だけは読めるが説明文が見たこともない文字でまったくわからない。ミントはそれをみて何か考えている。
「使うと何か代償があるとかかな? ほら、君の髪も影響があったみたいだし――ほかに何か変わったところはある?」
「今は髪しか変わったところはないけど……使わない方がいいのかも」
「そうだね。あとこれはあいつに見せない方がいいと思う」
「…………うん」
静かに寝息を立てている彼の寝顔は、起きてるときと打って変わって普通の少年だ。私と同じ歳だから当たり前なんだけど……。
ときどき見せる彼の仕草や態度はほかの子にはない何かがあるように思えてしまう……でも、私はそれに何度も救われた。
だからいつかきっと、私もあの横に…………。一通り日記に目を通したあとは、変化がないことを確認し鞄にしまった。
「さてと、そろそろ起こそっか」
「クゥ~」
「レニ君、起きて」
「んん……んっ……あ、おはよー……」
レニ君はよほどぐっすり眠っていたのか、起きてもどこか寝ぼけた様子だった。
「ふふふ、ミントがそろそろお風呂に行こうって言ってるよ」
「あぁそうだったな……あれ、リリアその髪」
あっ……しまった……。洗ったから乾かそうとして結ってくるの忘れちゃった……。
「あ、まだ乾いてなくて……やっぱり変」
「綺麗だね」
「――へっ?」
私の頭の中でレニ君の言葉が何度もこだまする――綺麗? 何が? 私が? 違う、私の髪が綺麗って言っただけで……でもそれって私じゃ……レニ君は混乱している私の髪をジーッと見ていた。
「ちょっといつまで寝ぼけてるつもり? 僕らがお風呂に入れなくなっちゃうじゃん、ほら起きて!」
「……んっ? あぁすまん。どれ、風呂でゆっくり身体をほぐすか」
「ルークも一緒にいれてくるから留守番を頼む。まぁ何もないだろうけど」
「……………………」
「んっ? リリア、どうした?」
「えっ……あ、大丈夫! なんでもないからゆっくり入ってきてね!」
「おう、二人ともいくぞ~」
静かになった部屋で私は高鳴る鼓動を抑えるようにベッドに倒れ込んだ。
……この髪、嫌じゃないのかな……今度聞いてみようかな……いつかレニ君を支えられるようになれたら聞いてみよう。
今は――『綺麗だね』――そう言ってもらえただけで十分。何度も思い出し脚をバタバタさせて、落ち着いたのはレニ君たちが戻ってくる直前だった。