53話 『克己心』
さてと……今日でここともお別れだな。最後の朝食を準備しようと台所に降りていくと机に紙切れが置いてあった。
「工房に来い……? なんだろう」
訳も分からぬまま工房に向かうとそこには、ローラさんとリビアが待っていた。
「二人とも、どうしたんです?」
「君にちょっと渡したいものがあってね。まずは剣をつけてくれ」
ローラさんに言われるがまま、いつも通りの位置に剣を装備するとリビアが俺の姿を遠目でみて頷く。
「うん、やっぱりダメです」
「私は嫌いじゃないんだけどなぁ…………仕方ない。可愛い弟子のためだ、これをやろう!」
まるで慣れない師匠という立場を精一杯気取ってみせるようにローラさんが言い放つとリビアが何かを持ってきた。
「ちょっと動かないでね」
そういわれジッとしていると腰に布のようなものを取り付ける。剣は隠れているが抜きやすいように工夫されている。それに脚の動きを邪魔しない、サイズも短すぎず長すぎずでぴったりだ。
「これは?」
「私と師匠で作った。デザインは私、師匠はそれに認識阻害機能をつけてくれた。それならどこにいっても大丈夫」
「旅立つ弟子へ、私たちからのプレゼントよ」
「ふ、ふたりとも……っ」
結果的には流れで弟子になってしまったわけだが、まさかこんなに俺の事を思ってくれていたなんて…………!
涙が流れそうになったがここで泣いては男がすたる、俺は必死に笑顔をつくった。
「ありがとう、大事に使わせてもらうよ……!」
「よし、これで借りは返した」
「……へっ?」
リビアが頷くとローラさんが安心したように口を開く。
「よかったーもうどうしようかと思ったよ。あんだけ世話になっちゃったから剣だけじゃなぁって心配だったんだ」
そういえば二人はドワーフ……彼らは何より借りを重んじる……ってそういうことかよ! 仲良く会話している二人をよそに俺は黙って心の中で泣いた。
その後、朝食を食べ終えると俺とリビアは一度里に戻ることにしローラさんへ別れの挨拶をする。
「ここに来るまで大変でしょ、あなたにはまだ何も渡せていないしそのマントあげる」
「えっ、私がもらっていいんですか!?」
「ムガルさんにばれるとうるさそうだし、しばらくはほどほどにしろよ」
そういってみんなで笑い合うといよいよ出発のときがきた。
「いつか師匠のように……私も父を超える鍛冶師になってみせるわ」
「私もたくさんの課題ができた。もっと腕を鍛えないとね」
「あー俺は……おいおい何か作れればいいかな」
「君は筋がいいから大丈夫」
「サボってばかりいたらすぐに追い抜いてやるんだから」
リビアが強気な発言をするが、残念。君の実力はすでに俺より上だ。なんてったって俺は昨日今日始めたばかりだからな。しかし勘違いもときには力になる。
ちょっとズルいが一番弟子として今だけでも見栄を張っておこう。
「ははは、期待して待ってるよ。さて、それじゃあそろそろ行くとするか」
「師匠、すぐにまた来ますのでそのときはよろしくお願いします!」
「あぁ、待っているよ。君たちも元気でな」
「ククゥー」
「待たせたなルーク、出発しよう」
リビアがマントを羽織るとルークが走り出す。俺たちはローラさんと別れ里へと戻った。
「おぉ帰ったか、剣のほうはどうじゃ?」
「おかげさまで無事にみてもらうことができました」
「そうかそうか、リビアも大丈夫じゃったか? 変なことをされとらんか?」
「もういつまでも子供じゃない、自分のことは自分でできる」
リビアはいつも通りの調子だったがムガルさんの気持ちも理解はしてるようで邪険にはしていなかった。さて、オミーネさんにも報告にいかなくちゃな。
「あの、オミーネさんは今どこに?」
「オミーネ殿なら、そうだな……面白いものが見れる。ちょっと来てみろ」
俺たちは不敵な笑みを浮かべるムガルさんの案内で裏庭へいくと、なにやら遠くから声が聞こえてくる。こっそり覗いてみるとオミーネさんとライルが木刀を振っていた。
「剣に振られるな、自分の意志で剣を振るんだ」
「くそッ……!!」
「もっと心に芯をつくれ、そうすればぶれることなどない!」
そういってオミーネさんは変わりに振ってみせるとなんともまぁかっこよく決まっている……そんなにキレがあるのになぜ本番じゃあれなんだ……。
二人に見つからないようにひそひそとリビアがムガルさんに聞く。
「あれ……何してるの?」
「お主たちがいったあと散々暴れおってな。オミーネ殿が任せてくれというから一晩待ったんじゃ。そして夜が明けたらあの有様で」
「まるで心変わりでもしたようですね」
「そうじゃろ? 儂の言うことなんぞ聞かなかったというのにのぅ…………」
そう言いながらもムガルさんの顔は満面の笑みだった。なんだかんだいって一番嬉しいのはムガルさんだもんな。いつまでも覗き見してるのもなんだしそろそろいくか。俺たちは何も知らないふりをして出ていく。
「オミーネさん、戻りました」
「おぉ、無事に戻ったようだね。剣のほうはどうだった?」
「ばっちりです。それとこれ――ありがとうございました」
オミーネさんは俺が返した剣を持つとすぐに違和感に気づいた。
「おや? 僕の剣までみてくれたのかい」
「お世話になったお礼だそうです」
「私じゃそこまでの調整は無理だった……もっと腕を磨かないといけない」
「気にすることはない、君には君の良さがあるんだ。剣を修理してくれて本当に感謝しているよ」
後ろでライルがうつむいたまま気まずそうにしているとオミーネさんがライルの背を押す。
「ライル君、友が無事に帰ってきたんだ。言うことがあるだろう?」
「…………リ、リビア。おかえり…………」
こ、こいつ本当にどうしたんだ? 俺に捨て台詞を吐いて去っていった奴と同じには思えないぞ。
「うん、ただいま」
「ほらもう一人、言わなきゃいけないことがあるだろう」
オミーネさんにそういわれライルは渋々俺の前へきて頭を下げた。
「……た、助けてくれてありがとう」
俺はあまりのことにムガルさんの顔を見る――ムガルさんは俺から目をそらし必死に笑いを堪えていた。
「ど、どうしたんだ急に…………悪いもんでも食ったか?」
「ッ!!」
「ライル偉い」
「ぷっ…………ぶっはっはっはっはっはっは!!」
俺が心配し、リビアがまじめな顔でライルを褒めたことがとどめだったのだろう、ムガルさんはこらえきれず大笑いした。
「くそッ、これだから嫌だったんだ! 爺ちゃんまで笑いやがって!!」
「ライル君、よくやった。これで君はまた一つ成長したんだ」
「……お、俺走り込みしてくる! 爺ちゃん、謹慎は守る。里からはでない」
「おう、ほどほどにな~」
ライルはそう言い残し走り去っていった。その背中がみえなくなるとムガルさんは笑いながら涙を拭く。
「ふ~……こんなに笑ったのはいつ以来だ、本当にありがとう」
「レニ君、損な役回りをさせてすまないね」
「あの年頃なら憎まれ役の一人や二人くらい、いないといけないからな」
「レニ、私と変わらないのにしっかりしすぎ」
「リビアもそんなに変わらないと思うぞ?」
「お主らと比べられてはライルが不憫じゃな……ぶふふ」
「ライル君も色々と考えているんだよ。ただそれが空回りしていただけで、だからこれからもよろしくしてやってくれ」
「大丈夫、むしろ昔に戻ってくれた気がする」
一通り話も落ち着き昼食を取る。そして食事が終わり次の予定を考えていたとき、ムガルさんが呼びだされ、しばらくすると俺たちも呼ばれたため外へと出ていく。
「クゥー」
「お? やっときたか。すごい情報を持ってきた、たぶん君の連れのことだと思うよ」
目の前には帰ったはずのミントがルークの上で寝転んでいた。