52話 『剣の意志』
「こんなに疲れたの久しぶり……寝る」
ちょうど朝食の準備をしていた俺たちにローラさんはそれだけ言い残し、ふらふらと寝室に入っていった。
「……ねぇ、どうなったと思う?」
「まだわからない。ローラさんが起きるまでそっとしておこう」
結果が早く知りたいリビアはそわそわして落ち着きがなかったが焦ったところで始まらない。とりあえず昨日は家の中を掃除したから……。
「よし、今日は工房の周りの掃除だ」
「えっ、まだやるの?」
「どうせ気になってジッとしてられないんだろ。だったらそんなときは頭より体を動かすんだ」
俺たちは外に出るとローラさんが手を回せていないであろう箇所を綺麗にした。あっという間に時間もすぎ昼食をとっていると、ローラさんが起きてくる。
「ふぁ~……あっ、おはよう」
「おはようございます」
「ローラさんも一緒に何か食べます?」
「うん、お願~い」
まだ眠いのかローラさんは椅子に座りぐったりとした。よっぽど疲れてたんだろう、消化によさそうなものにしとくか。
「ね、ねぇ私も手伝うわ」
「簡単なものだし座っててもいいぞ」
「そういうわけにもいかないでしょ」
リビアは俺にだけ聞こえるように小さくいうと何かないか催促してくる。少しでも弟子入りできるようになのか、気を遣ってなのかはわからないがリビアも色々考えてるんだろう。
「わかった、それじゃあリビアはお茶を淹れててくれ」
「え、まだうまくやれるかわかんないよ」
「大丈夫、自信をもって。お茶も鍛冶と一緒で淹れる人の気持ちが大事なんだ」
「……わかった、やってみる」
またそれっぽいこと言ってみたけど、どう考えてもお茶を淹れるより剣を打つほうが何倍も難しいと思う。職人ってのもこうしてみると面白いもんだな。
俺は前回釣った魚の残りを使い、即席だが米に似た材料と合わせお茶漬けを作りローラさんの前に置いた。
「できましたよ」
「う~ありがとぉ……おっ? なんかいい匂いだね」
「シンプルですが魚の旨味とお茶が合わさって美味しいですよ。ちなみにお茶はリビアが淹れてくれました」
「いただきます――うッ!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
リビアは焦っているが俺はお茶漬けの美味さを知っているからな……。それにこの反応はきっとあれだ。
「うまぁーーーーーい!!」
「飯は逃げないんでゆっくり食べてくださいよ」
特に驚くこともなく対応してる俺とは違い、リビアは完全に度肝を抜かれていた。
「びっくりしたー……」
「ローラさんは普段からあんまり料理をしないみたいでね、作る側としても嬉しい反応だよ」
「むっ? まるで私が料理をできないような言いぐさだな。これは君が作る料理が美味すぎるだけ、ほら、あなたも食べてみなよ」
「えええ!? す……すいません頂きます」
ローラさんに促されリビアもお茶漬けを一口食べる。
「美味しい……!」
「でしょ? 君、料理人かなんかなの?」
「違いますよ。単純に味の組み合わせで良し悪しが決まったりするんです」
「……まるで錬金術みたい」
「言われてみれば確かに、このシンプルな組み合わせだけでこれほどの仕上がり、いやむしろ余計なものを省くからこそ到達した料理ということかしら……」
なんか二人でああだこうだと始まったが、まさかお茶漬けから錬金術と鍛冶の可能性について議論が始まるとは。
「二人とも話はあとでゆっくりして、今はちゃんと食べてください」
「はっはっは! すまない、美味しいうちにいただくよ」
遅くなった昼食も済み片付けが終わると俺は本題を切り出す。
「それで、剣のほうはどうでした?」
「それは…………君たちの目で確認してもらったほうがいいね」
そういうとローラさんは俺たちを工房に連れていく――中に入ると台座に布がかけられていた。
「さぁ、布を取ってくれ」
「せっかくのお披露目だし――リビア、取ってくれ」
「えぇ私が!? もう、わかったわ……」
リビアが台座に近づき布を勢いよく取る。剣を見たであろうリビアは驚くというよりもそのままずっと固まっていた。
「おーいリビアー? どうなんだ?」
「………………あっ。どうもこうもないわ。自分で見てよ」
「なんだよそりゃ……どれどれ……うぉっ」
台座に並べられた剣と鞘は異常というか異質というか、明らかに普通ではない雰囲気を放っていた。なんといえばいいのかわからず言葉に詰まっている俺とリビアの元にローラさんがくる。
「初めてだよ、自分の作った剣に叱られたのは」
「叱られたって……声が聞こえたんですか?」
「うん、それはもう憤怒していた。そして、私を奮起させてくれた」
ローラさんは剣に目をやると懐かしい出来事のように微笑んでいた……。ついに乗り超えたんだ。
しかし、剣に叱られたって普通じゃ誰も信じないだろうな。リビアもありえないことのように驚いている。
「あの……そんなことあるんですか」
「君はたぶん無意識で気づかなかったんだろう。申し訳ないと思ったが、あのわがまま娘もうるさいから少しだけ弄らせてもらった」
そういってローラさんは奥からオミーネさんの剣を持ってくるとリビアに渡した。
「す、すごい綺麗……」
「調整をしたのは私だけどあくまで作ったのは君。自信を持っていい」
リビアは自分の腕を褒められた瞬間、決意したようにローラさんに迫った。
「あ、あの…………ローラさん、私を弟子にしてくれませんか!?」
「弟子? うーん、私はまだ弟子を取れるような腕じゃないしなぁ」
「そんなことありません! 鍛冶以外にも……雑用でもなんでもしますから!」
リビアは頼み込んでいるがローラさんはあんまり乗り気ではないようだ。せっかくだし俺もリビアを応援するか。
「ローラさん。師は弟子を育て、弟子は師を育てるって話があります。たぶんお父さんもローラさんを弟子にしてたからこそ切磋琢磨できたんじゃないでしょうか」
「なるほど……それも一理あるね。確かに君たちがいなければ私は行き詰ったままだった、それに二人共鍛冶師としての腕も悪くないし」
「ッ!! そ、それじゃあ…………」
どうやらいけそうな雰囲気ではある。リビアもすぐそこまで出そうな言葉を待っていた。……ん? 二人共?
「わかった、君たちを弟子にするよ」
「本当ですか、やったなリビア! ……ん?」
「ありがとうございます! 悔しいけど……レニにはみんなが世話になったし一番弟子は譲るわ。改めてよろしくね」
「えっ……あ、いや俺は……」
「君たちに負けないよう私も頑張らないといけないな」
「私たちも師匠に恥じないよう腕を磨いていきます」
「待ってくれ、俺は旅に……」
「わかってるわ。旅をして腕を磨くというのも必要、でも私だって師匠の元で修行して負けないんだから!」
そういえばローラさんってちょっと天然っぽいところがあった気がしたがまさかリビアも……。そう思っているうちに俺が一番弟子という前提で話が進んでいく。こ、これは完全に手遅れ……。
よっぽど嬉しかったのかリビアがみんなに提案をする。
「師匠! 今日を記念して外でご飯にしませんか? レニもすぐ旅に出ると思いますし」
「おーそれはいいね、そうしよう」
もう弟子に関してはいっか……。ローラさんも人の事覚えてるの苦手そうだし、一番弟子の俺ですとかいえば思い出してくれるだろう。それよりも大事なことが一つ残っている。
「あの……俺の剣、まさかそのまま持ち歩くんですか?」
「確かにちょっと雰囲気がありすぎというか……聖剣? 魔剣? 持ち歩くにも存在感がヤバすぎるわ」
「そう? カッコいいと思うけど、それに今からもっと成長していくからね」
「……えっ?」
「い、今、成長って……えっ?」
変な単語を聞いたせいか俺たちの頭は停止していた。リビアが辛うじてその言葉を聞き直しているが若干パニックになっている。
「うん、剣の言う通り作っていたらなんかそうなってた。私もびっくりだよ」
「え、えーっと……リビア、剣って成長すんのか?」
「するわけないでしょ、私も師匠の腕が未知数ということを確認できた……」
「聖剣になるか魔剣になるか――君次第ということだな。私の生涯でも最高の一振りになるだろう、いつか成長した姿をみせてくれ」
物騒なことを言うローラさんは今までにないくらいに笑顔だった。
「と、とりあえず夕飯の準備を始めようか」
「そうだね……」