43話 『家事』
「やぁ、ちょっといいかな」
「……何?」
声をかけると女の子は表情変えずに返事をする。元々こういう子もいるし俺にとっては不愛想だとか一切思わないが、どうしても気になるのはなぜ睨まれていたかだ。
「みんなに挨拶しておこうと思ってね。俺はレニ、よければ君の名前を教えてくれないか?」
「……リビア」
「リビアちゃんか、連れと似た名前だ」
「リザード種と同じなんて嬉しくないわね」
そういえば連れとだけいえばルークだって連れに入るよな。この子は以外と周りに目を配っているのかもしれない。
「すまん、誤解させた。本当はもう一人旅の連れがいたんだけどはぐれちゃってね……リリアって名前で君と同じくらいの女の子なんだ」
「ふ~ん、はぐれるなんてあなたかその子、よっぽど方向音痴なのね」
普通だったら嫌味に聞こえるが、なんとなくドワーフは思ったことを率直に言うのが当たり前ということがわかった。雪山のドワーフたちもこんな感じだったもんな。
「はっはっは、返す言葉もないよ。トス爺にも同じこと言われたっけ」
「……あなた、トス爺のこと知っているの?」
「知ってるも何も、雪山では随分世話にな……ったのか? したような気もするが、まぁ懐かしい思い出だよ。みんな元気にしてるかな~」
「ねぇ、それっていつのこと!?」
リビアは急に興味がわいたのか、さっきまでのダルそうな態度から一変した。トス爺の知り合いか? もしくは娘とか……いや、まさかそれはないだろう。
「ん~ちょっとややこしくて……いつと言えばいいかな、この世界はあれから数年後らしいから……」
「あ、あなた何を言ってるの……?」
「お、兄ちゃんさっそくナンパか~?」
どう伝えようか悩んでいると後ろから声が聞こえてきた。程よく酔っぱらった男性だろう、こんな人もいたなぁ。
「違いますよ、挨拶周りです」
「そうかそうか! リビアちゃんはどうだ?」
「楽しくやってますよ」
この絡まれ具合、なんとなく懐かしい……大概こういうときは絡んできた方が人の話を聞いていないんだけどね、流して聞いておくのが無難だ。
「ほ~それはよかった! リビアちゃんは爺ちゃん似で無口だけど可愛いからな。ライバルも多いが頑張れよ~!」
「あっはっは、善戦できるように頑張ります」
対応に満足したのかそのまま男性は去っていくと、俺はリビアちゃんに向き直り話を戻した。
「で、いつかって話だっけ。説明するのが難しいんだけどさ」
「……あなた、変ね。見た目と中身があってない……ほかの子は自分のことばかりでうるさいのに」
「これは気にしないでくれ。それに、リビアちゃんもなかなか大人っぽいと思うぞ」
「えっ……そ、そう?」
どれほど男に絡まれてきたかはわからないが十分落ち着いているといっていいだろう。この年代くらいの男なんて黒歴史製造機となるか、カリスマの陽キャ君になるかだ。どちらにもなれなかった俺がいうのもなんだけど…………悲しくなってきた。
「私のことはリビアでいいわ。あなたにちゃんを付けられるとなぜかおじさんと話してる気分になる」
この子、ちょっと鋭すぎないか。前世と今の間をとって、お兄さんくらいにはなれてるかなと思ってたんだけど……。おじさんは少し残念だが少しは打ち解けられたと思ってもいいだろう。
「そうか、俺のこともレニと呼んでくれ。改めてよろしくな」
「えぇ、よろしく」
だいぶ和んだところでオミーネさんがやってくる。まったく酔っているようにみえないがこの人は酒が強いのか?
「オミーネさん、どうしたんですか。まったく飲んでないように見えますが」
「私はお酒が飲めないからね、聞き役としてみんなの話を聞いてたら色々なことがわかった。どうやら山奥に狂暴なモンスターが住み着いているらしい。お互いの武器を修理したらすぐにでも行こうと思うんだが――と、邪魔したようですまない」
「大丈夫です、こんなときでも情報収集とはさすがですね」
浮かれずみんなのことを考えているとはこの人は本当に……本当はすごいのかもしれない、戦いがアレなだけで。
オミーネさんの話を聞くとリビアが反応した。
「あの、武器の修理なら私にみせてくれませんか?」
「君は鍛冶師なのか?」
「父が鍛冶師で……でも、工房もあるし私自身も腕は磨いてます。任せて頂けないでしょうか」
やけに押してくるがこの子も鍛冶師なのだろうか? 本人には悪いがちょっとみてみるか。
【ものまねし:状態(リビア:錬金術師)】
「錬金術師?」
「ッ! な、なんでそれを……」
うっかり俺の口からでた言葉にリビアはなぜわかったのかと驚くとうつむき小さく口を開いた。
「そうよ、私の職業は錬金術師……でも鍛冶師としての修業はずっとしてきたわ」
「そうか、ならば君に任せてみよう」
「いいんですか? まぁオミーネさんがそういうなら……ただ俺の剣はちょっと特殊で大事なものだから無理はさせられないぞ」
「自分の力を過信するほど馬鹿じゃないわ。見せてくれるだけでもいいの、もしかしたら父が作った剣かもしれないし……」
「あ、もしかしてさっき俺を睨んでたのって剣をみようとして?」
「遠目だったからよく見えなくて……睨んでるつもりはなかったの」
そういうことだったか、俺が何かしちゃったのかと思ってたが思い違いでよかった。
「おーい、主役が揃ってそっちばかりじゃ悲しいぜ! 若い姉ちゃんはいないがこっちにも来てくれ!!」
「これはすまない、先ほどの話の続きを聞かせてもらおうか!!」
オミーネさんが言葉を返し男たちに手を振り返すと喜びの声があがる。俺も勘違いされる前にいくか、特にさっきから恨めしそうに見てくる若い少年たちのところに……。俺は君たちのマドンナをとる気はないぞ。
「それじゃ明日、君のところにお邪魔させてもらうよ」
「俺ももう少しみんなに挨拶してくるからトス爺のことは明日話そう」
「うん、わかった」
挨拶周りを続けると見事に少年たちからは誤解されていた。リビアの容姿を聞かれたため答えると、狙ってるのかといわれ、そうじゃないと答えると可愛くないというのかと問い詰められ、めんどくさくなった俺は近くでルークと楽しくしていた婦人の方々に助けを求めることにした。
こうして宴も終わり、翌日、俺たちはリビアの家へと向かった。扉をノックするとリビアが外へ出てくる。
「いらっしゃい」
「今日はよろしく頼む」
「オミーネさん、工房に行く前にまずリビアと話をさせてくれ。オミーネさんにも知っててほしいことだ」
「僕にも? わかった、リビアちゃんもそれでいいかい?」
「はい、ただ……普段人を中に入れたことがないから、お茶とか何も出せないというか……」
「そういうことなら気にしないでくれ。なんなら俺が淹れるし、そのうち淹れ方も教えてあげる」
「ほ、本当? じゃあ中に入ってちょうだい、あなたもおいで」
「クゥー」
案内されテーブルに着くと、俺はコップや茶葉を出してもらい全員のお茶を淹れ席についた。
「お~いい香りだ。君はなんでもできるんだな」
「……すごい。あんなに難しそうだったのに」
「やり方さえわかれば誰でもできるよ」
鍛冶とかに比べりゃ簡単だと思うんだが。みんなで飲んでみると好評だったが、婆さんが淹れるお茶にはまだまだ遠い気がする……。
「それで話っていうのはなんだい?」
「ちょっとややこしくなるので順を追って話しますね」
俺は簡単にだがトス爺と出会ってからのことを説明した。あまり深い話をしても時間ばかりかかるし、彼らに必要な情報だけで十分だろう。あとは信じてもらえるかだが。
「君にそんなことがあったとは」
「嘘でしょ……だって魔術戦争が起きたのって昔の話よ」
「妖精が言うには何年か前らしいな」
「妖精は特に長寿だから少し過ぎればなんでもそういうのよ。確か魔術戦争があったのって……だいたい二十年前だったかしら」
全然数年じゃねぇ! 二十年前って相当昔じゃんか……。浦島太郎になったのか俺は。
「ということは、確認なんだが、あれからおおよそ二十年後の世界が今ってことか」
「えぇ、過去の人間がここにいるなんて信じられないけど……何か証拠になるものとか持ってない?」
証拠といっても年代がわかるようなものなんてないしなぁ。荷物にもそんなもの入っては……あっ、魔術学校で御者の男性にもらったアレがあったな。ルークに取り付けてある鞄から木の板を取り出す。
「トス爺にこんなものをもらってたんだけど何かわかる?」
リビアが板に書いてある文字をみた瞬間、声をあげた。
「これは古代ドワーフ文字……あなたいったい何をしたの」