42話 『本気のぶつかり合い』
俺たちが族長と向かい合うと、周りでは観客が思い思いに盛り上がっていた。
「族長! 少しは手加減してやれよー!」
「おいおい子供がいるぜ……いい根性してるじゃねぇか、骨は拾ってやるぞー!」
「あら、あの人なかなかいい男じゃない」
「あんた、あんな優男がいいの?」
「人間は見かけによらないっていうし、案外強いかもしれないわよ」
「それなら面白いんだけどねぇ~」
やはりドワーフは力が第一なのか、舐められない程度には見せつけておかないといけないようだ。そして、なぜかさっきから観客に混じって一人の女の子が俺を睨んでいる。
めっちゃ恐いんだけど……ここに来たのは初めてだし恨まれるようなことはしていないはずだが。
「さぁさぁ、旅の人! 最初はどちらからいきますかい?」
「まずは僕からいこう」
オミーネさんは呼吸を整え前へ出る。族長もやる気満々だ、体格差が明らかにおかしい。
「さぁどれほどの力か、みせてもらうぞ」
「あぁ、こちらも全力でいかせてもらう!」
樽の上で肘を置き手を組む――そして闘志溢れる二人に男性が声をかける。
「二人とも準備はいいかな? それじゃあいくぞ……レディー、ゴー!」
「ふんっ!!」
「はああぁっ!!」
二人はほんの少し拮抗したと思ったが、オミーネさんはすぐに負けた。
まぁそうなるよな……。どうみてもパワータイプに見えないし。職業だって限界超えて力を出せるようなものでもなさそうだったしな。
「勝者、ムガル族長ーーー!!」
呆気なく決まってしまった勝負に族長は困り顔になっている。そして負けたはずなのに堂々と戻ろうとするオミーネさんに対し声をかける。
「貴様、手を抜いたのか……?」
「はっはっは、何を言ってるんだ。僕は本気だよ」
「本当に……あんなのがお前の全力だというのか!?」
「そうさ、僕にとっての全力は出させてもらった――さぁ次は君の番だ、頑張ってこい!」
オミーネさんは俺の肩を叩き後ろに下がっていった。あれ、なんか族長の顔がお怒りみたいなんですが……。
「世界を平和にするというからどれほどの力を持っているかと思えば、バカにしおって…………!」
「あのー……な、何を怒ってるんですか?」
「儂は騙すことと騙されることが一番嫌いなんじゃ!!」
「いや、オミーネさんは本気でしたよ。きっと、間違いなく」
「あの程度の力で平和な世界などつくれるものか! むしろ思うほうがバカだ!!」
無性に納得のいく言葉だった。
「あーでも……それでもたぶん、本気です」
「貴様も儂をバカにするか! 覚悟しろ!!」
そういって族長は樽まで戻り乱暴に肘を置く。子供相手とかもう関係なさそうじゃん……。
予想できてしまう対決に周りもつまらなさそうに談笑を始めている……とりあえず見とくか感がすごい。そして今だに睨んでくる女の子は俺から視線をはずそうとしない。本当になんなのあの子……。
まったく……結局ドワーフは力を見せつけないとダメってことになるのか。俺が樽の前に立つと男性が周りを盛り上げようと声をあげる。
「さ、さっきはあっという間だったが、お次は少年の出番だ! さぁ準備はいいかな!?」
「手加減などしたら……わかっているな?」
「わかってますよ、ちょっと待ってください――これでよしっと」
【ものまねし:状態】
「それじゃあ二人とも手を組んで…………レディ、ゴーーー!!」
「ふんッ!!!」
「おらぁッ!!!!」
俺と族長はお互いに一歩も引かず、観客たちは一瞬何が起こったのかわからず茫然とみていた。一部からは族長が子供相手に手を抜いてあげているのだろうという声もあがり……だが俺と必死に攻防を繰り広げる族長の姿に、そんな声も変わり始め広場は熱気に包まれていく。それは何十秒か続き――
「ぐぬぬぬぬぬぬっ!」
「ぐぅ……ぅぁぁああああ!」
「ぬおおおおおぉぉぉぉ!!」
「だぁぁぁああああああ!!!」
周りの盛り上がりも最高潮に達したそのとき――突如樽が壊れ俺たちは互いに姿勢を崩す。身長差もあったため、前に重心を預けていた俺は支えるものがなくなり顔から地面に突っ伏した。
何がどうなったかわからず立ち上がると、沈黙が広がるなか男性がジャッジに困っている。
「こ、これはー…………引き分け?」
男性がはっきりしない口調で言い終えると、割れんばかりの歓声が起こった。
「うぉぉおおおおお!! 族長と引き分けただと!?」
「なんて小僧だ!!」
「あの子なかなかやるじゃない。声かけようかしら」
「あ、ちょっと! 私が先に目を付けたんだから!」
様々な声が聞こえてくるなか、族長はこちらにやってくる。
「まさかこれほどとは……力の配分まで全て見透かされているようだった……。完全に完敗だ」
族長は満足気に握手を求めてきた。実を言えば単に作戦負けする可能性があったから、同じ力加減でひたすら押し問答しただけだった。
真っ向勝負じゃ勝てないしな。内心そんなことを思いながら握手すると族長はドワーフたちと仲良く話をしているオミーネさんをみた。
「あの男も儂のためにわざと力を隠し負けてくれたのだろう? 今だからこそわかる……そうでなければ、あれほど清々しく自分の負けを認めることなど、普通はできん」
「えっ、いやあの人はずっと本気でやってたと思いますが」
「そうだ、漢は常に、どんなときでも本気で進み続けなければならない……気に入った!! 今夜は歓迎の宴を開こう!!」
なぜかすごくいい感じに解釈してくれた……。まぁ訂正するのも面倒だしそのままでいっか。
「そういえばまだ名前を聞いていなかったな。儂はムガル、この里の長をしとる」
「俺はレニです。あの人がオミーネさんで、こいつはルークです」
「ククゥ~」
「その歳でテイマーとは珍しい……しかもリザード種……はて? どこかで似たような話を聞いたような……まぁいい! そんなことより宴の準備じゃ!」
オミーネさんは負けたにも関わらず屈託のないその姿がみんなに気に入られたようだ。こうして俺たちはみんなに歓迎され、宿も問題なくとることができた。
日も暮れ始めた頃、宴の準備も整い全員がジョッキを片手に族長の挨拶を待っている。早く飲みたくて仕方がないのか若干興奮気味のような気もするが……。
「みんなもすでに知っているだろうから余計な挨拶はなしだ。さぁ皆の者、遥々やってきたこの勇敢な旅人を歓迎しようじゃないか! 乾杯!!」
祭りのように賑わっている広場は飲めや食えやの大騒ぎだった。どうやら最近まで暗い話題ばかりでみんな溜まるものがあったらしい。ある者は酒樽で力比べを、ある者はいくつものジョッキを流し込み飲み比べを、老若男女関係なく盛り上がっている。
社会経験をすでに学んでいた俺は、周りのペースに流され過ぎないようにうまいこと立ち回っていた。
みんなの様子を見ながら料理を食べていると、遠くにあるテーブルの隅っこで一人だけちびちびと飲み続けている女の子がいた。あの子は……俺を睨んでいた子じゃないか!
周りの人は料理や飲み物のおかわりなどを持っていき構ってあげてはいるようだが、深く関わろうとしていないようにみえる。
いじめられてるわけでもなさそうだが……昔のリリアのこともあったし俺はなんなく気になりその子に声をかけにいった。