36話 『定められた命』
「くそっ、ベヒーモスすらも屈したというのか!? だが絶対に諦めん……諦めんぞ!」
「お姉さま、いったいどうしてそこまでなさるのです!」
「この姉ちゃんちょっとヤバいよおおぉぉ」
「確かに、少し異常だわ」
『お主にはあの者の影がどう見える?』
俺はベヒーモスに言われ注視してレイラさんの影をみてみた。暗い……いや、暗すぎる。まるで地面すらも吸い込んでしまっているような漆黒に染まっていた。ほかの人の影をみても薄っすら地面や草木がわかる程度なのに。
「真っ暗だ……まるで塗りつぶしたように黒い」
『あれは負の感情を捕らえ続け離さない。この世界を生きる者にいつからか現れるようになったものだ』
「じゃあ、あれをどうにかすれば……」
『もしそこにあやつが、その剣の持ち主がいるのならば何か知っているはず』
ヴァイスさんなら助けられるかもしれないということか……頼りっきりだがまだこの世界のことがわからないうちは仕方ないだろう。
「ヴァイスさん、レイラさんのことなんですが」
『ああ……知っている。もう一度、君の力を貸してくれるか』
「もちろんです。みんな少し下がっていてくれ」
レイラさんの前にでたヴァイスさんの隣へ俺も立つ。俺の力というより全部ヴァイスさんの力だが、なんとしてでもレイラさんを助けなければ。
「おのれ人間め、何をするつもりか知らないが……このまま捕まると思うなよ!」
レイラさんが自分の首に剣を当て自決を図った――そのとき、ヴァイスさんと俺は地面に向かって手を振り下ろした。
≪秘剣:戯地転花≫
地面から魔力の花が咲き、辺りは花畑のような景色へと変わる。レイラさんはその景色を見ると固まったように動かなくなった。
「これは…………」
『今だ!』
その瞬間、俺はレイラさんの後ろの花へ瞬時に移動し影に剣を突きたてる――影は蠢くように揺れると霧散し、レイラさんはそのまま崩れるように倒れた。
すべてが終わったことを確認したアリスはレイラさんに駆け寄る。何度も声をかけると、すぐにレイラさんは意識を取り戻した。
「あれ……アリス? どうしたの」
「お……お姉さまあああぁぁぁっ!」
「ちょ、ちょっとどうしたのよ? あら、あなたは?」
「俺はレニ、あの……何も覚えていないんですか?」
「えっ……なんのこと……あなたたちまでどうしてここに」
レイラさんはベヒーモスとぐっすりおやすみ中の子供を交互に見ている。本当に何も覚えていないのか? 口調なども先ほどまでとは全然変わっている……ルークも危険がないと分かりこちらに駆け寄ってきた。
「ま、まだ危ないかもしれないよ!」
「いいからあんたもきなさい」
「妖精? それにドラゴンの子供まで……」
「あなた、ここがどこかわかっているの?」
ライムに言われレイラさんは辺りを見渡す。俺とベヒーモスの戦いでかなり変わり果てているが石碑や俺が持っている剣をみて何かに気づく。
「ここは……果ての大地……?」
「そうよ。あなた、不可侵の誓いを破るなんてどうかしてるんじゃないの?」
「ライムさん違うんです! 私たち、本当は協定を結びにきたんです!」
「今更協定ですって? そんなこと言ってまた昔のように攻め入ろうとしてるんでしょう!」
「なぁ、待ってくれ。ここで何があったんだ?」
俺だけおいていかれるような気がしたため聞いてみると全員は顔を合わせる。ヴァイスさんが隣に歩いてくると真剣な表情で俺をみていた。
『君は……やはり予言通りだったか』
「ヴァイスさんは何か知ってるんですか?」
『すべてを知っているわけではない、だが』
「ね、ねぇヴァイスって……どうして彼の名を知っているの?」
「ヴァイスってあの英雄ヴァイス?」
「レニさんはここに来たばかりのはずじゃ……」
「どうしても何も、ここにいるじゃん。あれ、もしかしてみんなには見えていない?」
ヴァイスさんのいる位置を示しても誰も見えていないようだ。これも俺の職業のせいなのか? それとも魔力がないから?
「とりあえずここにいるんです。何か知っているらしいのでちょっと聞いてみますね」
後ろが少しうるさいが俺はヴァイスさんに向き直った。
『私が旅をしていた頃、占い師を名乗る者と出会いその者は私にこう告げた。これから起こる戦争で君は死ぬ――だがそれは始まりに過ぎない。世界を救いたくば人の子を探せと』
「そんな……自分が助かる方法は聞かなかったんですか」
『それは変えられない運命だったらしい。旅を続けながら私は様々な種族に出会い、そしてレイラに出会った。彼女は他種族に対する偏見もなくてね。召喚士、そして剣の実力者でもあった彼女と私はすぐに意気投合した。彼女の家族にも早々に受け入れてもらえたよ』
ヴァイスさんはレイラさんとアリスを見ながらどこか嬉しそうに話していたが、すぐにその表情は変わった。
『しかしそれも長くは続かなかった。突如、モンスターたちが暴れ始め一部の魔族も暴徒化した。収まることはなく私も何人か斬ってしまったが……だが共通することがわかった。彼らの影が日中でも暗いことだ』
「レイラさんと同じやつですね。結局あれはなんだったんです?」
『私にも詳しくは分からないが、対象を憎悪で縛りつけ、いつからか伝染するように広まった。正体不明で生物なのかすらわからない……魔法や魔力を通した武器でないと倒すことはおろか、触ることすらできない。深淵のように暗いためそれをアビスと名付けた』
「アビスを止める方法は?」
『わからない、占い師の人の子を探せと言う言葉に従い私は再度人間界にいった。だがそこはすでに魔術戦争が起き見るも無残な姿になっていたのだ』
「魔術戦争って何十年か前ですよね? 信じられないと思いますが……俺、一緒に旅をしてる子と魔術学校で本を読んでて、気づいたらここにとばされていたんです」
『ふむ……その話が本当であれば少なくとも十年以上前からこの世界にきたということか』
ヴァイスさんは腕を組み何かを考え始めた。この世界にきたってことは未来にとばされたってことになるのか?
正確にはわからないがルークも一緒に来てるからリリアもどこかにいるはず。俺たちの沈黙にしびれをきらしたのかみんなが声をかけてくる。
「あの、ヴァイスはなんて言ってるんですか?」
「アビスって世界に広がってるってやつじゃん、ヤバいよ!」
「ミント、落ち着きなさい。魔術学校のあった時代から来たなんて信じられないけど……もう何が何だかわからなくなってきたわ」
そしてアリスが何か思い出すように口を開く。
「そういえば妖精族に予言の子が現れたって聞きましたが」
「そうだ、元々協定を結ぼうとしてたんだったら神聖樹に入れるんじゃないのか」
「う~ん……行ってみないとわからないわね」
これからどうするかと模索しているとベヒーモスが子供の寝ている元へと歩き出す。大きな手で軽く揺さぶるとあくびをして目を覚ました。
『さて、そろそろ我らは帰るぞ』
「さすがに協力してはくれないか」
『長い月日の中で何が起ころうとそれは自然の摂理。それに力で抑えても綻びは必ず出る……もし縁があればそのときに手を貸そう』
確かに力で解決してればとっくにみんなやってるだろうし、まぁなんでもかんでも助けてってわけにはいかないか。
「わかったよ、色々とありがとう」
『足掻いてみせろ、小さき友よ』
そう言ってベヒーモスは魔法陣を展開し子供を連れて帰っていった。小さき友か……あのドラゴンもこの世界ではまだ生きているのだろうか。まぁ、かなりの長寿みたいだし元気にやってんだろう、いつか会いたいものだ。