29話 『魔法都市』
「少しここで待っていてくれ」
そういうと御者の男性は噴水のある広間で俺たちを降ろし、奥へと進んでいった。お城ではなさそうだが大きな建物がいくつか見える。
「うわ~大きな噴水だね」
「あぁ、橋を渡ってきたがここはどういう構造なんだろな」
「もしかして宙に浮いてるとか? ふふ、そんなわけないか~」
笑いながら話をしているとふとあることに気が付く――周りの人々はローブやマント――もちろん商人や剣士のような人もいるが大半が魔法使いの出で立ちをしていた。
従魔らしきモンスターを連れてる人もいれば、逆にリリアのような長い杖を持ち歩いてる人はほとんどいない。
「魔法都市っていうだけあって魔法職が多いのかな。若い子もみんな同じ服装をしているし」
「あ、あの子にちょっと聞いてみよっか」
ちょうど通りかかった同じ歳くらいの女の子に、リリアは声をかけにいく。
「あの~すみません」
「何?」
「同じ服装の方が多いみたいですが、みなさん魔法使いなんですか?」
「そんなの見ればわかるでしょ。どうでもいいことで時間をとらせないで!」
強い声でそういうと女の子は足早に去っていく。
なんか怒ってたみたいだが……。
リリアは苦笑いしながら戻ってくる。
「えへへ……怒られちゃった」
「タイミングでも悪かったんだろ、気にするな」
あの子が言うように、見ればわかるってことはそういうことなんだろ。
リリアと話をしているとさっきの子と同じ服装をした女の子がこちらへ近づいてきた。
「失礼ですが何か問題でも?」
「俺たちここに来たばかりでさ、どんなところか聞こうと思ったら怒られちゃってね」
「……そうでしたか、お詫びに私でよければお答えします」
「ありがとう。この街はやっぱり魔法使いが多いのか?」
「そうですね。ここには魔術学校がありまして、各地から生徒や研究者が集まってるんです」
ほう、学校まであるとは……メユちゃんのお父さんもここで研究してるってわけか。
しばらく街のことや学校のことを聞いていると後ろから御者をしてくれた男性の声がする。
「君たち待たせたな」
「あ、いえ――そちらの方は?」
「君たちがレニ君にリリアちゃんか!!」
ぼさぼさの髪で白衣を着た男性は、ものすごい勢いで握手を求めてきた。
握手を終えるとリリアが何かを思いつく。
「あっ……もしかしてメユちゃんのお父さん?」
「挨拶が遅れちゃったね。僕の名前はコルター、アリッサとメユの父だ」
「あとのことはこいつに任せてある。俺は帰るぜ」
男性は一刻も早くここを立ち去りたそうにしている。ものすごい慌てようだけど何かあるのだろうか。
「どうしたんですか?」
「ど、どうしたもこうしたもねぇよ! あの町にまだ未発掘の鉱石があるとわかってちゃドワーフの血が黙っちゃいねぇ!」
あ~そういうことね……必死にもなるわけだ。
「そうだ、もし俺たちの国に寄ることがあったらこいつを出せ」
男性は木の札を取り出し渡してきた――表には短く字のようなものが彫られており、裏をみると同じように字のようなものがびっしりと彫られていた。
「これは?」
「トス爺と……俺たち全員からの餞別だ。それじゃ俺は帰るぞ」
「色々とありがとうございました、お気をつけて!」
リリアと手を振り見送ると俺はルークの背中に付けた鞄へ札をしまった。コルターさんは物珍し気にルークを見る。
「検問所の言っていたことは本当だったのか……ここで話をするのもなんだし移動しよう」
「あの、私はこれで失礼します」
「君は学生さんか、忙しい時期に邪魔をしたね」
「いえ、知り合いがご迷惑をおかけしたみたいでしたので」
「そ、そんなことないですよ」
リリアが慌ててフォローすると、女の子は丁寧にお辞儀をする。さっきの子とはまるで正反対だ。
「それじゃついて来てくれ」
女の子と別れ、コルターさんについていくと魔術学校へと入った。敷地は広くまだ学生も残っており、吹き抜けの広い廊下をしばらく歩くと校長室とかかれた部屋の前についた。コルターさんは俺たちに待つように言うとそのまま中に入っていく。
「婆さん、連れてきたよ」
「お前は――いつもノックをせいと言っとろうが!」
もう何度も同じやりとりをしているのか、そんな声が聞こえるとコルターさんは頭をかきながら俺たちを部屋に招く。中に入ると正面には机があり……小さな女の子が座っていた。
ちっちゃい……いやダメだ、人は見かけで判断してはいけない。
こういうときに油断したものこそ社会で生きていけないんだ。俺の社会経験が今こそ生きてくるとき――
「わぁ可愛い~全然お婆さんに見えない」
「おいリリア……! 失礼しました、お姉さん」
「ほう、お前には美女に見えるのか? 娘っ子のほうがよっぽどまっすぐなようじゃの」
……そこまでいってねぇよ。この世界じゃ正解なんてないのかもしれない。
「ははは、二人とも紹介するね。ここの校長をしているムントゥムさんで、彼女はコロポックルなんだ」
コロポックルは歳をとっても見た目は子供のまんまということか、実際見ると違和感がすごい……慣れるしかないな。
「レニです。よろしくお願いします」
「リリアです! よろしくお願いします」
「お主らか……ふむ、確かに従魔になっとる。報告に間違いはないようじゃな」
そういってムントゥムさんはルークを見定める。
「あ、こいつはルークです。えっと…………」
「クゥ?」
これは言ってもいいのだろうか……いいよな? いいのか?
歯切れ悪く次の言葉がでてこない俺にムントゥムさんは付け足した。
「ドラゴンじゃろ? 隠さんでもいい。長い歴史の中では精霊や幻獣と契約した者もいたと記録されておるからな」
「精霊に幻獣……見てみたいね」
記録が残っているというなら可能性はある――いつかお目にかかりたいものだ。
「ただし、ドラゴンとてそれに匹敵する生物じゃ。あまりおおやけにせんほうが無難じゃな。まぁ、何かと聞かれたらリザード種だとでも言って誤魔化せばいい」
「わかりました」
「さてと、二人は何しにここへきたんじゃ?」
それを聞いたコルターさんはハッとした。
「あっ、すっかり忘れてました! 二人が永久氷雪を見つけてくれたんです!!」
「…………何? お前はどうしていつもそう大事なことを先に言わんのだ!」
「いや今回は検問所からの要請でいっただけで私だって」
「言い訳はええ! 前々から言うとったが今度ばかりは許さん!」
これは長くなるやつだ……年の功に勝るものなし、大人しく待つとするか。
女の子に説教を受ける大人をよそに俺たちはのんびり待つことにした。