194話 『特異点』
綺麗な泉の側では冷えないようにしっかりと外装を着込んだ二人の旅人が火を囲んでいる。すでに夕食も済ませたのか、一人がテントの中に入るともう一人は結界を張るように石を並べ始めた。
月明かりも十分あり二人の状況を知るに問題はない。
「お父さん、お母さん……」
「いい? あくまで彼女が魔法を使ったという事実は変えてはダメよ」
メアさんが再度確認するようにいうと頷き返事をする。このあと、お母さんはどこかのタイミングで魔法を使う。
その魔法こそがレニ君を呼び寄せたきっかけとなる魔法だ。その魔法自体にはレニ君を呼ぶという指定はなく、だからこそアビスも入り込む余地ができてしまった。
そこで私がその魔法に条件を上書きする。レニ君だけが呼ばれるような、何か――を。
果たしてそんなことができるのだろうか……いくら想いが力になるといっても限度というものがあるはず。お母さんやシャル、ネーナさんのように魔法を使いこなすことができれば上手くいくのだろうが、私にはそこまでの力はまだあるのかすらわからない。
確かに攻撃魔法やクマは上手くできたが、人に関する魔法などは子どものときに知らず知らずのうちに使っていたあれっきりだ。
「そう考えこまなくても大丈夫よ、魔法というのは神様がくれた一種の可能性なんだから。魔人や彼のような存在、本来出会うことがないものたちと繋がれるというのを教えてくれたといってもいいわ」
「……ほかの世界の人を勝手に呼んじゃったりして、別の神様に怒られたりしないんでしょうか?」
「あくまで私の予想なんだけど、呼ぶといっても実際に連れてくるわけじゃないから、魂や記憶をこちらに引き継ぐようなものじゃないかしら。魔人に関しては憶測でしかないけど、魔法と似たことができるところをみるとここと似た裏の世界のような場所にでもいるのかも」
確かにそれなら一理あるような気がする。駄目なのであれば魔法を禁止されるか、それこそ世界の終わりのような神々の争いが勃発していてもおかしくないはずだ。
思い返せばレニ君は自分の世界について何一つそれらしいことを言っていなかった。
ゆっくり話をしたこともあったけど、すべてこの世界にきてからの話だったし、唯一の料理に関してもうまくはぐらかされていた気がする。
もしこれがうまくいったら聞いてもいいのかな……。そんなことを考えているとメアさんがそろそろよと合図を送ってきた。
「どうした? 調子でも悪いのか?」
「ちょっと寝付けなくてね、少し風にあたってくるわ」
「わかった、一応結界は張ったが俺は周りの様子をみてくるよ。寝つけそうならそのまま寝てくれて構わないからな」
「うん……ありがとう」
お母さんは泉近くの岩に腰掛け、満点の星空が広がる中お腹をさすりながら空を見上げた。
「みえる? 綺麗な空……だけど、産まれてくるあなたは私たちとずっと一緒にはいてくれない……。願いを叶える魔法使いが娘を救えないなんて…………」
いくつもの流れ星が過ぎていくとお母さんは魔力を込め星空に手をかざす。
お母さんの魔法は『娘を助けてくれる人物を探しつれてくる』という条件、応えてくれたレ二君に対しアビスがくっついてきたわけだからそれができないようにするしかない。
お母さんの魔法が光になり空へ上がる途中、突然バチリッと魔法が消える。
「魔法が消えた!?」
「――あなたに問おう、彼に何を望み何を捨てる?」
すぐに振り返るとまるで同一人物とは思えないような雰囲気を纏っているメアさんが立っていた。それどころではないと辺りを確認するがお母さんは手を挙げたまま動かず、風の音が消こえ草木から水面の揺れに至るまですべてが静止していた。
「メアさん何を――」
「これは借り身の姿、彼はすでに答えた。残るはあなただけよ」
すべてを見透かすようなその眼と声に圧倒され、話し方からメアさんではない何かということだけはわかる。
私が望むもの――また一緒に旅を、いや……違う。
レニ君にはもう辛い思いをしてほしくない、この世界で好きに、自由に生きてもらいたい。
「ならば何を捨てる?」
心を読まれたのか言葉を放ったメアさんに対し自然と口が開く。
「捨てるのは私、私自身の運命、失った彼の人生は私が償う」
「……面白い。さぁその想いを届けなさい、あなたにはそれができる」
眩しい光に包まれると目の前にいたはずのメアさんは後ろにおり、私も立っている位置が少し変わっていた。
「準備はいい? そろそろよ」
「メアさん……だ、大丈夫ですか?」
「それは私のセリフよ。チャンスは一度きりよ、集中して」
ふざけていると思われたようだがメアさんは何も覚えていないようだ……。それに今からってことは時間がほんの少し戻っている。
さっきのはいったい……だけどはっきりした。魔法に付け足す条件、それは――。
私の守り人は一人だけ、その者は自由に生きなければならない。
願いと呪いは表裏一体、ならば好きなように生きることを条件にしてしまえば、私が自分の危険さえ回避できればいい。どれだけ困難がこようとも絶対に耐えてみせる。
お母さんの手から上がった魔法は途中にでた私の魔法陣を通過すると遠い夜空へと消えていった。
「お疲れ様、あとは戻ってみてみるしかないわね」
「あの、メアさん。もしうまくいったらどうなるんでしょうか?」
「世界線が大きく変わり、あなたたちは子どもだった時代に戻って新しい未来を創ることになる」
「それって記憶はどうなるんですか? 今まで旅をしてきたこととか、メアさんはいくつも記憶が残ってるみたいですが」
「私の魔法で戻れば記憶はそのままよ。だけど、彼だけは別の世界からくることになるからうまくいくかどうか――とにかく一度戻ってみてみましょう」




