193話 『起点③』
身体を魔法で強化したといっても魔法使いは剣士ではない。ましてや接近戦のイメージに乏しいネーナではアビスとの身体能力の差は明白だった。
「――っかしいなぁ? あいつを倒したからイベ終了だと思ったんだが。もしかして君も倒さないとダメ? もったいないなぁ」
「レニ君起きて! あなたはこんなところで死んではいけないのよ!!」
傷を塞ぐ魔法ならば何度か使ったことがある。それを回復魔法というべきなのかは定かでないとして、即死でもない限り可能性は残っていた。
だが何度彼に魔法を使ってみても魔法陣が崩れ失敗してしまう。自分の精神が影響しているのかと自身に使ってみると問題なく発動した。
「なんで、どうして……っ!!」
「さすがに死んだ人間を生き返らせることはできないようだな。あとはあんたを倒すか見逃せばいいってところか」
ゆっくりと迫るアビスに対し剣を構える。魔法は効かず、勝ち目はないに等しい……唯一彼が残してくれたこの剣だけがアビスに傷をつけることができるが……。
「どのルートがよさそうかなぁ。見逃してあとから復讐なんてされても困るし、そうだ試してみるか」
無防備に近づいてきたアビスに剣を振り下ろすが素手で受け止められ首を掴まれる。
漆黒の影が身体に入り込んでくると徐々にアビスに支配されていた感覚に陥っていく。
「これであんたも仲間だ。安心しな、力はそのまま残しておいてやるよ」
「だれがッ……仲間なんかに……」
我を、主の元に――
なんのことかわからなかったが声とも意志ともいえるような何かが聞こえ私を突き動かした。
咄嗟に相手の手から剣を引き抜くと投げつける。剣は身動き一つしていない彼の手元へ転がっていった。
「んあ? 斬る力もなくなったか、もうすぐ楽になれるから大人しくしてなよ」
掴まれた首元からアビスの浸食が進んでいく。さっきの声に従ったのは奇跡など願ったわけではない、ただそれが必然であったように行動しただけ。
だからこそ多少は期待してしまっていたのだが……私の目には動かない彼の姿が映っていた。
だが、最後まで私の身を案じ伸ばしたその手の指先は、確かに剣の持ち手を捉えていた。
「さぁ終わりだ。次はあんたの娘でも見に行くとしよう」
闇が視界を埋めつくす寸前、光が横切ると私の身体は倒れそうになり誰かに支えられる。徐々に開けていく視界では私を掴んでいた腕を失くし狼狽えているアビスがいた。
「痛ってええええええええええええ!!! な、なんで生き返ってんだよてめぇッ!!」
「遅くなってすみません、神様と話し込んでました」
その声は目の前のアビスに臆することなく私の心に安堵と希望をもたらし、身体にあった異変は徐々に消えていった。
「もう大丈夫です。アビスはすべて取り除きました」
「えっ――」
すぐに自分の身体を調べると何事もなかったかのように元通りとなっていた。そして、深く抉られたはずの彼の傷は完全に回復しており、全身からは薄っすらと光が溢れている。
これは……魔力じゃない……?
「あなた……それはいったい……」
「元々魔力のない俺が職業を失ったことで、精霊たちにもらっていた加護の力を抑えるものが無くなったんです。精霊王の加護がどうやら制御を担ってくれているようで、力が暴走することもありません」
精霊使いでもない彼がなぜこれほどの加護をもっている……。何をどうしたらいったいそうなるのか見当もつかない。それに精霊王なんて聞いたことがないけど、でもこれなら!
「あまり長くは持ちません、すぐにケリを付けて来ます」
「――な、何なんだてめぇは!! 邪魔ばかりしやがって、俺は選ばれた人間なんだぞ!!! モブどものお前らとは違うんだ!!」
「地球から呼ばれたのは俺なんだよ、お前ら死人はくっ付いてきたにすぎない」
まるで知り合いに語り掛けるように近づいていき剣を抜くと、光り輝く剣の先では照らされたアビスが徐々に霧散していた。
「ぐッ……転生者だと!? や、やめろッ! 俺は同じ人間だぞ!!」
「同じ? お前らはこの世界を荒らしにきただけの邪魔者なんだよ。好き勝手しようなんて神様が許したとしても――俺が許さん!!」
「や、やめろおおおおおおおおおッ!!!!」
剣がより一層眩いばかりの光を放つと一閃のもとに切られたアビスは叫びながら霧散し消えていった。
すべてが終わったと報せるように剣を納めるとこちらに戻ってくる。すでに力を使い切ったのか彼自身からは精霊の力も感じられない。
「これで、残るはリリアとメアさんだけですね」
「結局最後まで任せたみたいになっちゃったけど……あなたがいてくれてよかったわ。ありがとう」
「みんなの助けがあったからですよ。それで、一つだけネーナさんに頼みがあるんですが」
「改まってどうしたの? 世界を救った英雄の頼みならなんでも聞くわ」
もしかしてこの機会に娘との交際を認めてくださいとか言われるのかしら。それなら即OKよッ!
そんなことを思っていると彼はいつになく真剣な表情をしていた。
「リリアは俺を呼び出すことに必ず成功する。だけどそれは、俺であって俺じゃないんです。だから――」
ここにいる彼はアビスのいる世界を巡り、様々な経験をしてきた人物。アビスのいない世界線になるということは大きな改変が起き、今いる彼も生まれた瞬間から変わることになる。
新しい未来に向かうということは生まれた順番や出会う場所もすべてが変わる可能性が出てくる。今の世界線のような同じ日、同じ順に出会えるとは限らない、それが過去を変えるということ。
話を聞き終えると彼は最後に『これは俺が、俺自身が決めたことなんです。みんなには幸せになってもらいたいから』と付け加えた。