192話 『起点②』
間に合わない――一瞬の判断だった。剣を手放し地面へ手を振り下ろす。
≪秘剣:戯地転花≫
魔力の花がネーナさんの手前まで咲き乱れると俺は瞬時に移動した。覚悟を決める間もなく槍は俺の腹に突き刺さると、一気に何かが吸い取られていく感覚が襲う。
「あなたなんてことをッ!!」
「ぐっ……や、ヤツはまだ生きてますッ!! 剣を……使って……!」
修羅場を潜り抜けてきたからだろうか、第六感がアビスはまだ生きていると警鐘を鳴らしている。
状況を理解したのかネーナさんはすぐに俺の剣を取りに走る。しばらくすればすぐにでもこの地に魔力が戻ってしまう。
やれるチャンスは今しかない……膝をつき倒れそうになる身体を必死に支えアビスを探す。魔力を糧にするため索敵魔法も使えず、目視でひたすら周りに変化がないかを調べる。
「……そういうことだったのか。どうりでチュートリアルがなかったわけだ」
「くそ、どこにいる?!」
静かにはっきりと聞こえたその声はまだ致命傷には至っていないことを示していた。
ネーナさんが何かに気付きこちらに走り出したそのとき、突如横から蹴られたような衝撃が走る。
勢いよく地面を転がると、長いこと感じることのなかったそれは俺の身体に変化があったことを示唆し、脇腹からどんどん広がっていくと吐き気が迫ってきた。
「げほっげほっ……!!」
慌てて駆け付けたネーナさんに支えられ視界に入ったのは地面を赤く染め上げた液体だった。口いっぱいに広がる鉄の味は今まで忘れていた感覚を呼び覚ます。
内臓をやったか? きっと槍が刺さった影響だろう、咄嗟に腹を確認するが目立った傷はなく、刺さったはずの槍もなくなっていた。
消えている……それと同時に疑問が脳を支配した。
なぜ痛みを感じる――職業を授かってからというもの、感覚はあったのだが一定値を超えるとシャットダウンされたようになり、変わりにだるさや眠気といったものに置き換えられてきた。
だからといって今まで生きてきた経験で培った痛覚は忘れたわけではない、怪我や落下、鋭利な刃物に恐怖というのはついてまわっていた。
混乱するなか、顔をあげた俺の前にはアビスが立っていた。完全に回復したのかすでに形も元通りになっており、むしろ先ほどよりも状態がはっきりしている気配すらあった。
「クソイベってのは訂正してやる。これは、俺が覚醒するために必要な最高のイベントだった」
「な、何をいっている……!」
「マズいわ、あいつ、あなたに刺さった槍から力を得たみたい。そしてたぶん――」
嫌な予感しかしないというように、ネーナさんの表情は若干笑っているようにもみえた。その言葉に続けるようにアビスが近づいてくる。
「【ものまね士】か、他人の力を拝借できるようだな。どれ、試してみるか」
雰囲気が変わったアビスが手をあげると薄っすらとだが巨大な爪がみえ始め、昔感じた思い出が蘇った瞬間、俺は渾身の力を込めネーナさんを突き飛ばした。
そして、そのまま振り下ろされた未完成の爪はネーナさんを避け俺の身体を深く切った。
「おぉ? 制御がまだ難しいな。しかし、これで俺も力を手に入れたわけだ」
「ネーナ、さん……逃げ…………て…………」
* * * * * * * * * * * *
真っ白な花が一面に咲き、中央にあるテーブルの椅子には女性が座っていた。金色の長い髪に目鼻立ちは地球に居た頃の外国人によく似ている。
「ようこそ、来訪者――ハザマ ユキノブと呼ぶべきかしら」
近くにいるわけではないのに透き通るようなその声はなぜかはっきりと耳にはいってきた。
「なぜ俺の名を……そ、それよりここはどこですか!? ネーナさんが危険なんです! 早く助けにいかないと!!」
色々と聞きたいことはあるがとにかく現状をなんとかしなければならない。
アビスが力を使いこなす前に、犠牲者が出る前に止めなければ本当に世界は滅びてしまう。
「私はあなたの世界でいう創造主、神と呼ぶ存在に近いわ。私というのもあなたのイメージに合わせているだけで一人称はなんだっていいのだけれど。こちらに呼ばれたときの記憶がそうさせているのかもね」
「――えっ、あっ、神様!? 失礼致しましたああああああ!!」
俺は死んだのか……? これではさすがにネーナさんを救ってとはいえない。
神様というのは公平だ、誰かの側に立つということは決してしないはず。もしかすれば地球の神様とは違うのかもしれないが――メアさんが滅亡した世界を何度もみていることを考えると、助けてくれるという意味では期待できないと思ってもいいだろう。
「そうね、あなたの考えは合ってもいるしハズレでもあるわ。別に私が助けようが助けまいがあの子が勝手に世界を救う。そうできているのよ」
なんか普通に心を読まれた気がするが、メアさんが勝手に世界を救うって……どういうことだ?
メアさんは神様が許可していないとできないこともあるといっていた。しかし会ったことはないといっていたし、実は知り合いでしたということはないだろう。
神様が正体を隠して出会っていたというのであれば納得もいくが、わざわざそんなことをする必要があるようにも思えない。
「何もしないというのが公平であるというのならばそれは不公平にもなりうる。その矛盾を補うように産まれたのがあの子よ。選択をしない私の変わりにあの子は魔法使いの始祖として生まれ、選択を選べるように様々なことが許されている」
「じゃあメアさんのような魔法使いたちって、元々は神様と同じってことになるんですか?」
「それもまた違うわ。あの子たちは神であり、神になりえない存在。すべてのことができるのであればできないというのもまた同じこと。選択をしているけど、その選択に影響を与えているのはこの世界なのよ」
星の意思とかそういうやつだろうか、たぶん俺じゃ理解できる範疇を超えているのだろう。なぜかそう考えると納得できてしまうのも、俺たちが神様に創られた存在という証拠なのかもしれない。
「俺にはよく理解できませんが……魔法使いはすべてを決めているようで、していないこともあると?」
「選ばないということもまた選択の一つということ。そのなかであなたは違う世界より呼ばれた。だけどそこに例外が発生した」
「アビス……招かれざるモノ、ですね」
「そう、これは私たちにとっても異例だった。何せあなたの世界の創造主とも関わる可能性ができてしまったのだから。だけどあちらからは何も干渉はなかった。ならばと、あの子が動いたのもそのためよ」
神様同士が関わると何かまずかったのだろうか? だがすぐにその考えは頭から消え失せていった。まるで触れてはならない禁忌に近づいたように――。
あとから何が起きるかわからないのならばと、アビスのいなかった元の世界、要は正常に戻すという選択をしたわけだな。
「でも俺が神様に会ってるってことは死んだんですよね? これってまずいんじゃ……」
「あなたはまだ死んでいないわ。彼女と歩み進んできた結果が運命として今を創った。そして私があなたと会った理由、それは今後の選択をあなたに問うため」
あなたは何を望み、何を捨てる?




