189話 『期日②』
「やっぱり……原因は俺だったんだな」
「あれがきたのはあなただけのせいではないわ。結果的にそうなってしまっただけ、そして神様はそれを変えることを禁止していない。ま、これからダメといわれる可能性もあるけどね」
アビスの正体――それは前世にいた怨念や悪霊、いうなればあの山に残留していた強い念。そいつらは俺に取り憑きこの世界にやってきた。
肉体そのものではなく魂や意識をこちらに転生させるという魔法ならば、霊や残留思念的なモノもまとめて一つとみてしまってもおかしくはないだろう。
しかし、こちらで与えられた肉体は一つ。俺以外の存在であるアビスは生命の根源ともいえる魔力を俺から吸い取り我がモノとし成長していった。
母さんの熱だって厳密には俺が原因ではあるが俺自身が何かしたわけではない。見た限り俺を身籠っていたというのが母さんの体調不良の原因と考えられる。
「それで、これを見せたってことは俺自身に対しこれから何か問題か、周りに何かが起きるってことだよな?」
「察しがよくて助かるわ。あなたはこの後、高熱にうなされる時期がくるのは知ってる?」
「アビスの王を倒した時期と同じだろ。あれがアビスと関係していたというわけか」
「えぇ、成長したアビスはあなたの身体を離れ自我を持ち始めた。そして唯一あなたをこの地に繋ぎ留めていたのがネーナが使った魔法、魂の契約だったのよ。だけど王がいなくなった今、あのアビスが契約ごと自分の力として奪い去っていったということ」
なるほど……本来であれば各王となりうる意思の強い霊が俺の力を奪い合い成長をしていた。だが、ライバルのいなくなった今の過去では出てきたのがあいつだったわけか。
「命綱を失くした俺は死ぬこととなる。だから時乃回廊へ連れていく必要があった、というわけか。事実上死人である俺を現代に戻すわけにはいかないだろうからな」
「そういうこと。周りが死んだと思い込んでいただけで実際は生きていたラーティアやヒュノスのように、生きているものを未来へ連れ出すのは可能だけど、死んだ者は連れていけないのよ」
あのアビス……生前は異世界に憧れ散っていったのかわからないが、なかなかに仕上がってたヤツだった。
負けイベントとかリアルにいうやつなんて見たことないぞ。スポーツでも『負けイベだったわー』なんて言う奴がいたら袋叩きもいいとこだ。
無名の剣豪さんのほうがどれほどラスボス感があったか、ある意味、あの人のためにも絶対にあんなやつに負けるわけにはいかない。
「とにかく、あのアビスを倒せばすべてのアビスを倒した世界線に変わるということでいいのか? そこでなら俺もアビスに魔力を取られず生きていけると?」
「残念ながらそういうわけにもいかないようなのよ。最初に私は三人の王を倒せばいいといったでしょ? それはあなたが言うようにアビスのいない世界に変わるからだと思っていた」
そこまでいうとメアさんは分かりやすいよう宙に線を描いた。点がついてある上には過去、現在、未来と書いてある。
曰く過去に変化を起こす場合、方法がいくつかありそれにより過去の変化が変わるらしい。
俺たちがやった王を倒すという行為――それはこの世界にやってきたアビスをいなかったことにする方法だったという。
アビスは『個であり全』という特徴があった。一見個性があるようにみえるがその実態は俺という個の魔力を持った集合体というわけだ。
まず、未来にいる王を倒すことにより現代にいる、本来、王に成り得たはずのアビスに変化が生じる。そのアビスは未来で倒されているため王になれなかったという未来が出来上がる。
だが、全であるアビスは未来で王となる変わりのアビスを現代で作り上げた。
それすら倒した場合どうなるか、その大元である過去のアビスに大きな変化が現れる。この世界に出現した瞬間からすぐに王となるべきアビスが選ばれ、それが未来を決定づけることになる。
そして……そのアビスを倒した場合、個としての大元である俺がいるためアビスが現れることはなくなるはずだった。万が一現れたとしても王となる脅威はなく、その力は俺が持っているはずだったらしい。
「それがどういうわけかアイツが現れた――」
「えぇ、考えられることとしては、どれだけ過去のアビスを倒そうと変わりが選ばれるという世界に入っている。要は倒せば倒すほど手が付けられなくなってしまう可能性があるということね」
「しかしなんでそんなことに……今までそのやり方で通用してたんだろ?」
「他の世界からきたことが関係しているのか、神様がそうさせているのか、はっきりとはわからないわ」
神のみぞ知るというやつか。となれば残るは俺が呼ばれるのを阻止するしかないが、そうすればリリアが生きられない世界線ができてしまう。
「ん-大元を絶とうにもリリアが生きられなければ意味がないし、かといってアビスを倒しても延々と現れる可能性がある……面倒なことになったな」
「さてと、それじゃあ戻りましょうか。ほかにも意見を聞いてみればいい案がでるかもしれないわ」