188話 『期日①』
中央にあったテーブルは隅においやられ、タオルや桶を運ぶ人、あれこれと何かを確認している人たちが家を頻繁に出入りしていた。
「熱があるって聞いてたけど大丈夫かしら……お腹の子にも影響がないといいんだけど……」
「あんたたち! うちの店で一番高い薬を持って来たから遠慮せず使っとくれ!」
そう言いながら両手で袋を抱え、大声で入ってきた女性は薬屋のおばちゃんだった。俺たちの姿を気にすることなくテーブルに薬を並べていく。
メアさん曰く今の俺たちは魔法陣を通して覗いてる状態のため、干渉することはもちろん、みられる心配もないということだった。
「これっていつ頃なんだ?」
「あなたが生まれる直前よ。あなたの母親は熱を出した状態で出産に挑み、そしてあなたが生まれた」
自分の出産の場にいるというのは変な気持ちになるな……。俺はこうして元気に生きているわけだが、母さんは大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。
事が進むのをジッと待つ間、気が気じゃなくソワソワしている俺の横では、メアさんが出入りする人々をチェックしていた。
「……そろそろね」
言葉に誘われるように部屋の奥から女性が慌てて飛び出してくる。みんなの注目が集まる中、俺も息をのんでその言葉を待った。
「みんな、産まれたわ! 早く旦那さんと神父様を呼んできて!!」
「二人とも身体は大丈夫なの!?」
「え、えぇ、ただ、元気というかなんというか……とにかく、母子ともに無事だから安心して!」
入り口近くにいた女性が外へ駆け出していくとすぐに父さんと神父様がやってきた。
この人が魔力測定をしてくれたはずだ。未だ聞こえぬ赤子の声を気にすることなく、俺は慌ただしい部屋の雰囲気にのまれていた。
「さ、移動するわよ」
メアさんが臆することなく二人のあとをついていくと我に返った俺もすぐに後を追う。奥の部屋では母さんと、その腕にはタオルにくるまれた赤ん坊が眠っていた。
「母さん!!! 身体は大丈夫か!? 子どもは!?」
「あなた、静かに…………ふふっ、この子ったら産まれてすぐ寝ちゃったのよ。泣き声一つあげずに……」
「おぉなんと立派な――おやっ? 母さん、なんだか顔色が良くなっているようだが」
「あらっ、そういえばやけに身体が軽いわね。気分もいいわ」
「まさか……この子が母さんを助けてくれたのか? 産まれてすぐというのに母さんを助けるとは……さすがは我が息子、よくやったぞおおおおぉぉぉ!!」
そんなに母さんの具合はよくなかったのか? 父さんが勝手に解釈し涙を流し大盛り上がりしているが、俺が何かしたというのはまずありえないだろう。なぜならこのあと、俺は魔力がないと判定されるのだから。
「さて、それでは魔力量を調べてみましょう」
「はい。よろしくお願いします」
神父様が赤ん坊の身体に手を添え何か呪文を唱える。そのときだった。
メアさんがよく見ていなさいと俺に指示すると、神父様の手から小さな強い光が放たれる。だがその光は赤ん坊の身体に吸い込まれ消えていく。
神父様は首を傾げながら何度か試すがやはり光は吸い込まれるように消えていった。まるで想定していなかったことが起きたかのように、静かに重苦しい空気が部屋中を包み込んでいく。
「あの、どうでしょうか? この子の魔力は――」
「……大変申し上げにくいのですが、この子からは魔力を感じ取れません」
母さんが眉間にしわを寄せ上げると父さんはすぐに聞き間違いとばかりに返した。
「す、少ないということでしょうか? 俺たちは気にしませんからはっきりとおっしゃってください!」
「この子は魔力を保有していないようなのです。私もたくさんの赤子を見て来ましたが……こんなことは初めてです」
「そんな……何かの間違いでは!?」
「残念ながら…………知っての通り、魔力とは生あるものだけでなく、大地、植物、鉱石に至るまで、ありとあらゆるモノが保有しています。そして魔力を多く失ったとき、人は魔欠損症となり最悪の場合、死に至ることがあるのはご存じでしょう」
「そ、それじゃあこの子は……」
「普通であれば魔力が枯渇してる状態、以て数日――いや、今夜にも覚悟をしておいたほうがよろしいかと…………」
絶望ともとれるその言葉に部屋の空気は一変したが、その沈黙を破ったのは母さんだった。
「あなた、無理をして私を助けてくれたの? こんなにちっちゃい体で……だから疲れちゃったのね」
そういうと寝ている赤ん坊の頭を優しく撫でほっぺに小さくキスをした。
「大丈夫よ、ゆっくり眠りなさい。ずっと側にいるから……」
父さんが黙って母さんと赤ん坊を包むようにすると二人の手を握る。これが俺たち家族の最初にできた絆だったのだろう。
周りの人たちが干渉に浸る中、俺はあらゆる可能性を考察し熟考していた。
確かにそこにいたアビス、体調が戻った母さん、メアさんから聞いていたアビスの正体(これはメアさん自身が立てた憶測も混ざっていたが)、それらが頭の中で繋がり合うのを俺は実感していた。




