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184話 『すんでいる世界』

 ストレッチで丹念に身体を伸ばし脳と筋肉を覚醒させていく。相手は無敗の剣豪、しかも万全の相手をすべて斬り伏せてきたという生粋の剣好きだ。

 盆地のため陽はまだみえていないが空もすでに明るくなってきており視界も良好、アビスがでたとしてもルークだけで十分相手にできる。


 今日の決闘に向けて話し合った結果、図体のでかいルークだと邪魔になるという判断から一対一での勝負をすることになった。

 むしろいたとしても一方的に狙われたらどうしようもないだろうという敵側からのアドバイスだった。



 正直にいえばルールもくそもないのだが、間違いなくこの人はルークを切れるだけの力を持っている。

 そのうえで教えてくれたことを考えると、根っからの決闘好きかバカまじめか、とにかく俺としても目の前の相手に集中できるというのはありがたかった。


 そんなこともありルークにはアビスを徹底して排除してもらい、俺たちの戦いを見届けてもらうという役を任せた。



「さてと、そっちの準備はいいか?」


「死んだはずの身でまた死合いができるとはなんと嬉し気ことかのう、お主に出会えてよかったぞ」


「はッ、負ける気ないくせに別れの挨拶なんて柄じゃないだろ? こっちだってみんなとの約束があるんだ。勝たせてもらうぞ」


「はっはっはっは!! さぁ隻腕の剣士よ、いざ参ろうか」



 向かい合うと笑っていた剣豪の雰囲気が変わる。これが何度も死地を潜り抜けてきた武士(もののふ)――表情がほとんどみえないはずが、こちらの一挙手一投足を見逃さんとしているのがわかる。



「ルーク、決着がつくまで絶対に手を出すなよ。変わりにほかのアビスを頼む」


「グルルルルルルルッ」



 目の前の相手から視線を逸らさずいうとルークが空へ飛び立ち風が巻き起こる。枝が揺れ花が舞い散ると、二人の間でスロー再生のように落ちていく。周りの音が消え最後の花びらが地面に落ちる直前――


≪スキル:ものまね(ヴァイス、剣聖)≫


 花びらが地に落ちたと同時に鍔迫り合いが起きる。刀は凝縮されたアビスでできているのか、徐々に霧散していたが壊れるまでには程遠い。

 不利と判断したのか、間合いをとられたため俺はすぐさま追撃を仕掛ける。だが、斬りかかる直前で足を止めると目の前を切っ先が通り過ぎていった。明らかな騙しであった。



「ほう、これを躱すか」


「攻めてるからといって有利とは限らないからな」



 深追いして痛い目をみるのはもう二度とごめんだ。後の先という言葉があるように、戦術というのはすでに精神面から始まっている。


 普段は周りの状況だけでなく仲間の身を案じ、極力危険な状況におかれないよう常にアンテナを張る必要があった。しかし今は目の前の敵を倒すことだけに集中できる。


 問題なのは万が一俺が切られたとしても身体的な傷は受けない。だがアビスに取り憑かれたらどうする、致命傷を何度も受けた場合、どれほど倒れていることになるのか……俺は一度たりとも深手を負ってはいけない。



 仕切り直しというように相手はこちらの右側を中心に攻めてくる。ときには枯れ木を利用し、こちらの剣の動きを制限しようとあらゆる手段できた。


 正々堂々とはなんだったのかと言いたいが、そんなもの始まってしまえばただのきれいごとだ。地形を利用するのも立派な技術というのは、何においても言える事。


 勝てば官軍負ければ賊軍とはよくぞいったものだが――。


≪秘剣:四方≫



「ぬっ!?」



 剣の軌道からうまく隠れた相手を枯れ木もろとも切り裂く。目の前の木がバラバラになると相手はずいぶん遠くにいるのがみえる。



「あの一瞬で避けたのか、ただものじゃないな」


「……その若さでこれほどの腕を持っているとは、お主とは共に生きる時代で会いたかったものだ」



 切られるのはごめんだが、友人としてなら悪くはないかもな――そんなことを思っていると相手の背後にアビスが現れる。襲い掛かろうと動き出したが、空から急降下してきたルークに踏み潰されると霧散し消えていった。

 ルークはほかにアビスがいないことを確認するとすぐに空へと飛び立っていった。



「なんと見事な忠義よ、大国の大名たちもほしがるであろう」


「ルークはやれないな。大事な家族なんだ」



 構えを変え正面から斬り合う。単純な武器だけの性能であれば圧倒的に俺のほうが有利たが、相手は緩急を付け最低限の間合いで避けつつ攻撃をねじ込んでくる。見たことのない技、動き、そして圧倒的な実戦力、すべてが常人の域を超えていた。


 普通にやりあっていればまず間違いなくやられていた。しかし、この人が戦っているのは人間よりも遥かに身体能力が高く、英雄と呼ばれた男の結晶(ちから)だ。



 この世界は様々な種族がいるだけではなく、職業やスキルがあり、常人のレベルでは計り知れないことのほうが多い。

 剣豪の技に対し英雄の技をぶつけていく――徐々に陽が昇り始める頃、無尽蔵に近かった互いの勝負にも決着がつこうとしていた。



「これほど楽しかった死合いはなかった、恩に着るぞ」


「あんたの技術は俺が受け継ぐよ。だから安心してくれ」


「……ならば、最後の一太刀、受けてみせいッ!!」



 本来、刀や剣の軌道というのは円を描くように斬りつける。もちろん突きであれば直線なのだが、剣豪の放った横切りは限りなく線に近いものになっており、突き以上の早さを出していた。


 全力を受けそのうえでなおも超えていく。これが剣豪のやり方、ならば俺もそれを超えるまで――



≪絶剣:桜花奉断≫


 十字でぶつかり合った剣と刀は、一方が半ばから折れ霧散し、もう一方は相対する敵を深く切りつけた。



「す……素晴らしい一撃だったぞ」



 そう言い残すと目の前のアビスは霧散し消えていった。俺の身体は長く続いた緊張により汗と震えで大変なことになっていた。解放されたように大きく息を吸い込む。


 ヤバい相手だった、もし俺じゃなかったらと思うと……正直一撃目の魔法くらいは当たるかもしれないが、倒し切れなかった場合、相手は同じ過ちは二度踏まないだろう。魔法すら斬り進んでいきそうなくらいだ。


 これが、才に恵まれ、それでも尚努力を続けた者たちの戦い。



「やっぱり本物には敵わないかぁー」



 改めて自分の力ではなかったことを認識すると緊張を解きどっと仰向けに倒れる。

 ルークのおかげで思う存分戦うことができた、戻ったらお礼にご馳走作ってやんなきゃな。


 そんなことを思いながら空を眺めていると突如飛んでいたルークが黒い槍のようなものに貫かれ、バランスを崩した飛行機のように地面へと落下していった。

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