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183話 『来訪者』

 山の頂がまだ白く染まるなか、早咲きの花々が大地を彩り、生き物たちが活発な動きをみせている。

 この時期だったな――俺が生まれてしばらく経ったある日のこと、謎の高熱をだし一時はもうダメなんじゃないかと言われたことがあった。


 当時は転生してすぐのためか意識がはっきりしておらず、あとから聞いた話では魔力を持たないこの身体が耐えられなくなったのでは、と思われていたらしい。

 まぁ熱がひいたあとは後遺症もなく元気に育ったわけだが……よくよく考えてみれば、神様に呼ばれたわけじゃないんだから死んでいてもおかしくなかったんだな。



 当時の懐かしい思い出を振り返っていると山に囲まれた小さな盆地がみえてくる。枯れた樹が乱立しており、しだれ桜のように見事な花を咲かせた樹が一つだけ生えていた。



「メアさんがいっていたのはあれのことだな。ルーク、周りに注意して降りてくれ」



 ここは地に通る魔力――前世であれば地脈や龍脈とでもいうのだろうか、それがいくつも重なり合っている場所の一つであり、最初のアビスが現れたところでもあるらしい。


 まだ明るいというのに煌々と光る樹はどこか懐かしいものすら感じさせ、近づいていくと上空からは確認できなかったが、何者かが樹を見上げている姿があった。


 樹の影ではっきりとは見えないが、模様のはいった着物を着ており腰には刀を付けている。背筋をしっかりと伸ばしたその立ち姿は自信と勇気に満ち溢れているようにもみえる。


 こんなところに人が……。



 声を掛けようとしたそのとき、横にあった枯れ樹からアビスが湧き出ると、声をかける間もなくその人に襲い掛かった。だが、アビスは真っ二つに切れると霧散し消えていく。


 その瞬間、俺はすぐに理解した――こいつがアビスの王だということを。



 居合いともいえるその動きは俺が前世で見ていたどの記憶よりも雄々しく、刀を鞘にしまう動作は美しさすら感じさせた。そして驚いたのはその容姿だった。

 俺のほうから見える側面は若干色づき姿形がはっきり出ていたが、それ以外は深淵のような影が人の姿を形作っていたのだ。


 初めてみるはっきりとした姿のアビス。色々な考えが頭をよぎるが、頭に残ったのはどうやってこいつを倒すかだった。



 まだこちらには気づいていないようだし、全力で不意打ちをすればいけるかもしれない。万が一避けられたときはルークに追撃をかけさせればいい。


 ルークもジッと息を殺しアビスを警戒している。よし今――――



「そこの者、一つ尋ねるが、ここは何処(いずこ)だろうか?」


「ッ!!」



 斬りかかろうと思った矢先に言葉をかけられた俺は呆気にとられ、半ばパニックになっていた。

 スキルはまだ使っていない……気配を悟られた? それに今、間違いなく喋ったが……まさか相手を油断させるための罠? いや、そんなことをアビスが考えるはずがない。


 思考の沼に落ちジッとしているとその異形な姿をした剣豪は振り返った。今まで出会ったどのアビスよりも人間的で自我を持っているようにみえる。



「なにやら目が覚めたらここにおってな。このような立派な樹を眺めておったら物の怪の類がでるわでるわ――っと、お主も(あやかし)使いであったか」


「あ、いや、こいつは敵じゃ……ない。というかなんというか……」



 しどろもどろになる俺にアビスは不思議そうにするが、樹を見上げると、影で作られた表情を輝かせた。



「それにしてもなんと素晴らしい。お主、酒は持っとらんか?」


「はっ? あ、いや、持ってないよ」


「そうか、ここで一杯やれればと思っとったんだがのう」



 話せるみたいだし念のため探りをいれてみよう。話して終わるのであればそれに越したことがないし、アビスという存在がどこからきたのかもわかるかもしれない。


 本当にアビスの王なのであれば倒さなければならないが、万が一別にいるようなら厄介だからな。



「あんたはどこからきたんだ? 見たところ、この世界の人間じゃないようだけど」


「山に住んでおったのだが女人の声が聞こえてな。狸に化かされたんじゃと思うて返事をしてみればこの有り様でのう」


「ほかに仲間は? それに失礼だけど……あんたのその姿、普通じゃない。アビス、さっきの物の怪と一緒だ」


「我は剣の道に生涯を捧げた身ゆえ仲間はおらぬ。同士たちはすべて斬り伏せてきたからな。ふむ……やはりこの身体、普通ではなかったか。元々病に侵され臥していたのだが何も感じぬわけだ、怨霊にでもなり果てたか」



 山に住んでいた剣豪、病、女の人の声が聞こえた――まさか……そんなはずがあるわけがない。そう思いながらも何かに導かれるように繋がっていく言葉。


 この時代は俺が転生してきてすぐの時間軸、こうして時間さえも超越する魔法があるのであれば、あのときの声が違う時代にも届いていた可能性がある。



「もしかして女性の声っていうのは、助けてくれっていう――」


「おぉその通りじゃ、お主は何か知っておるのか?」



 ビンゴだ、この人は俺と同じこの世界に呼ばれた転生者で間違いない……。しかも、俺がここにくるきっかけとなった山に伝わる、もう一つの隠れた伝説(・・)の人物に間違いないだろう。



 あの山では声が聞こえるという噂よりも前に、古くから言い伝えられた伝説があった。

 無名の剣豪が生涯に渡り剣の道を極め、その道半ばで病に侵されその生涯をとじたと――だが、その噂が公に広まることはなかった。


 妖刀の類や、かの剣豪、宮本武蔵のような素晴らしい戦績を残したという記録があったわけでもなく、ただその地に伝わる口伝だけが残っていただけだからだ。



 100歳を超えるようなお年寄りたちが辛うじて知っていた伝説だったため、世間はそんなものよりも新鮮な情報を信じて疑わなかった。

 もちろん伝説マニアの俺としてはその情報もきちんとインプットしてはいたのだが、遥か遠い時代の伝説というのは記録がなければ誇張された可能性も大きい、正直俺の中でもあったらいいな程度だった。



「たぶん、いや、十中八九あなたは俺と同じだ……ルーク、少しこの人と話す。空から周りの警戒をしてくれ」


「グルルルルルル」



 ルークが翼を羽ばたかせると樹が揺れ動き、花が舞うとまるで幻想郷を思わせた。空へ飛び立つのを確認すると俺は目の前の剣豪へ視線を戻す。

 物珍しくルークをみていた剣豪も視線を戻すと口を開いた。



「して、お主と同じとはどういうことじゃ?」


「あくまで俺の推測だが……ほぼ間違いないと思う。なぜあなただけがそんな姿なのかはわからないが……」



 俺がことの発端を話し始めると、ところどころ同意を得られる部分がいくつも存在した。

 一通り話終えた俺に驚く様子もなく、目の前の剣豪は確認するように自分の体を動かす。



「つまりこの肉体はその――アビスとかいう物の怪に取り憑かれておるか、もはやそうなっておるということじゃな。そしてそれが世界を滅ぼさんとしていると」


「……あぁ、だから俺はあんたを……倒さなければならない」



 剣豪は少し何か考えるとゆっくりと空を見た。



「ふむ、ならばこれから陽が落ちれば暗くなる。お主に不便もでるであろう。死合うのは明朝にして、一晩話そうではないか。なぁに、お主が休んどる間物の怪は儂が退治しておく、安心せい」



 まさか伝説の剣豪と話ができる日がくるとは思わなかったが相手はアビスの王、いくらルークが寝ずの番をできるといっても、寝込みを襲われたらたまったものではない。

 だが日が暮れれば暗い足場の中で戦うのは不利すぎる……。



「やはりこのような身体では信じきれぬか? まぁ無理もなかろう」


「……いや、俺はあんたを信じるよ。伝説の剣豪は寝込みを襲うなんて、そんな小細工はしないはずだ」


「お主、ようわかっとるのう! 勝てばいいという連中もいるがそれでは剣の道の頂には往けぬ、万全の相手を斬ってこそ――」



 嬉しそうに次々と持論を語り出す剣豪は子どものように楽しそうだった。話してみてわかったがこの人は純粋に剣が好きだということ。

 オタクやマニアという意味で共通してる俺たちは意気投合し、水しか持ち合わせていなかったが、花見をしながら夜を過ごした。

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