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175話 『好物』

 助けに行くか、信じて先に進むか、俺たちに残された選択肢は二つ。≪未来予知≫はあくまで現時点での先読みにすぎない、いくらだって変化する可能性が考えられる。それは必ずしも良い方向に動くとは限らないのだが。



「ねぇ……やっぱりみんなで助けにいったほうがいいんじゃないかな」


「今回ばかりはそうもいかないんだよ。一人だけ失敗したなんてわかったら、俺たちがよくてもミントのプライドがそれを許さないと思う」



 元々、実力のある奴ってのは良くも悪くもプライドを持っているものだ。ミントは決して自分の力を過信しすぎてはいないが、それでもそれ相応の力を持っていると理解はしている。

 それが崩れたとき、そんな姿を仲間に見られたとあっては今後の旅にも影響してしまうはずだ。


 ミントが死ぬのは絶対に阻止したい、だがそれと同時に俺は仲間を一人も欠かすことなく旅を続けていきたい。



「ねーバレないように助けるっていうのはダメー?」


「それだとミントの修行にならないからねぇ。それに勘のいいミントなら気づいてしまう可能性だってある、そんなことを知ったらミントはこのパーティから抜けてしまうだろう」


「シャル、もっとミントおじちゃんと一緒にいたーい」


「そうだね、パパもだ」



 シャルの頭を撫でながら何かいい案が浮かばないか考えてみるが無情にも時間だけが過ぎていく。何か奇跡を起こすようなきっかけが一つでもあれば……そこでリリアはハッとしたように手をあげた。



「そうだ、こんな作戦はどうかな?」


「ん? 何々――なるほど、確かにやってみる価値はあるな……リリア、ナイスアイディアだ!!」


「ミントおじちゃん食いしん坊だもんねー」



 それはシャルもだぞ。ついでにいえば俺以外全員な!


 しかしこれはやってみる価値がある。食べ物の恨みは恐ろしいと言われるくらいだし、生きるために一番必要な物は食への渇望ともいうくらいだ。

 ましてや相手がミントなら地獄の底からでも這いあがってくるはず。



「メアさん、修行の邪魔をするわけじゃないんだけど、ほんの少しだけミントに贈り物をするのはあり?」


「それくらいならいいわ。もちろん魔道具の類なんかは修行にならないから無理だけど」


「あぁそれなら大丈夫、よし、さっそく準備にとりかかろう! ルーク、王都に連れてってくれ」


「グウゥッ!!」



 俺たちは買い物に向かうと、さすがに王都はドラゴンに慣れているのか、多少の騒ぎがあったもののタイラーさんとソフィアさんのおかげで大事になることもなく、相変わらずの賑わいを見せていた。



「おっかいもの! おっかいもの!」


「シャル、材料を買いに来たんだから寄り道しないわよ」


「うん! 早く買ってかえろーー!」



 あれ、こんなに聞き分けよかったっけ……? 買い物といえば、暴れるとまではいかないが手が付けられないくらいだったのに……。

 テンションは上がっているものの、俺とリリアの間で繋いだ手を放さず、ちゃんと歩いている。


 心配になりリリアの顔をみたが、何かまずいものでも食べたのかというようにシャルを心配していた。これが修行の成果なのだろうか? そして気づけば買い物も終わりすぐに戻ることができた。


 竜の巣でやるわけにはいかないので外で買った材料を並べていく。卵にミルク、砂糖、あとは俺の知恵頼みだ。



「さぁいっちょ作るか!」


「おいおい、いったい何を始めるってんだ?」



 準備を始める俺たちの元へ何事かとみんなが出てくる。ヒュノスだけでなくフェンリルやニッグ、それに心なしかメアさんも興味深い目で見ているような気がする。



「ちょっとした料理だよ。リリア、すまんがミントが創ってた調理場を……ってそういや杖はどうした?」


「修行で壊れちゃって、でも大丈夫、えいッ!」



 そういってリリアが腕を広げるといつもミントが創ってくれていた料理場が現れる。シャルと一緒に驚き、二人の歓声を受けたリリアが少し照れたように笑顔を見せた。



「おー、ママすごーーーい!」


「ふふっ、これも修行の成果かな」


「それじゃあここからは二手に分かれてやろう」



 こうして俺たちはプリン作りを始めた。この世界は魔法で火や水を出せる分、料理に対する温度調理の知識はほとんどない。

 かくいう俺もどのくらいの温度で何を作るかなどはほとんど知らないが……唯一プリンに関しては、前世で一人暮らしをしていたときに作ったことがあったため覚えている。



『できる男は料理がうまい』という本を信じて練習したことがあったのだが、要は説明書通りにすればそれはうまくいくに決まっていた。


 結局のところ本物のできる男というのは、そこから己の味付けや新しい発想で料理を創りだしていくということであり、もちろん俺にはそんな才能などなかった。



「あとは冷やして完成だ」


「かんせいだー!」



 リリアが出してくれた雪だるまの腹にプリンの入った容器を収納ししばらく待つ。もちろん凍ってしまわないように細心の注意が必要だ。シャルが厳重に見張りをし、ついに完成する。


 容器に入ったプリンは皿の上で逆さにするとつるんと落ちてきた。上にはちゃんとカラメルソースが乗っている。



「さ、二人とも食べてみて」



 まずは手伝ってくれたシャルとリリアにスプーンを持たせ、苦いカラメルの部分はシャルに避けるように言い、リリアには一緒に掬って食べるように伝える。

 二人は初めてみるプリンに対しゆっくりスプーンを差し込み掬い取ると口に運んだ。



「あまーーーいッ!」


「んーとっても美味しい!」



 よし、うまくいったようだ。このまま二人に全部食べさせてあげたいところだが――



「さて、次はメアさんとヒュノスだ」


「お? 俺たちもいいのか」


「もちろん、ニッグたちにもこの後やるからもう少し待っててくれ」



 二人にスプーンを渡しリリアと同じように食べてもらう。口に運ぶと二人とも大人な反応だったが、メアさんが思ったよりも表情が豊かになった気がする。



「こりゃあ美味いな」


「ほんとね、どの時代でも食べたことのない味だわ。いや、材料だけでみれば似ている味もあるはずなんでしょうけど……」


「よかった、数が少ないからリリアとシャルの四人で分けて食べてくれ」



 次に俺は三つ分をリリアに手伝って運んでもらいニッグたちの前に持っていく。



「一口分もなくて悪いがこれで我慢してくれよ」


「グルルルルル!」



 ルークはすでにテンションが上がりよだれがヤバい。口の中に入れてあげると食感をほとんど感じなかったためか、首を傾げたが味を感じた瞬間舌をぺろぺろと何度も動かしていた。


 そしてリリアが二人に食べさせると、フェンリルは尻尾を振り回し、ニッグは感慨深いように唸っていた。



『とても美味しい! スライムみたいに不思議な食べ物だったわ』


『ふーむ……これが人間の食べ物か、思えば一度も喰ったことがなかったな。モンスターに似せ食べることで強者の気持ちになるということだろうか』



 そんなヤバい発想しないよ! 純粋にそういう食べ物なんですとフォローをすると今度また何か作ってみろと催促されてしまった。


 いいけど作ってくれたシャルとリリアに感謝しろよ。さすがに片腕じゃ難しいし、高速で動けばたぶんいけそうだけど、そこまでやってしまうと人として何か違う気がする……。

 それにみんなで作ってる時間が楽しいってのもあるからな。



「メアさんにお願いしたいのはこれを一口分だけミントに届けてほしいんだ。それと、残った二つはラーティアさんとミントの分だから保存してもらったりできるかな?」


「一口だけって……ふふ、あなた、なかなか酷いことするのね。いいわ、このままの状態でしまっておくから必要なときにいってちょうだい」



 これでミントの何かに火がついてくれればいいのだが……もしダメならプライドとか関係なしに助けにいくしかない……。さぁ頼んだぞ、プリン。




「はいこれー、パパの分ー」



 シャルがスプーンの上に大きな塊をゆらゆら乗せ持ってくる。俺の分だから多めにしてくれたのだろうか、なんて良い子なんだろう…………ミントの分、シャルにあげちゃおうかな。

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