170話 『真髄』
いくつもの爪痕やクレーターのようにいくつもの大きな穴ができた荒野で、ヒュノスは顔色一つ変えず攻撃を受けきっていた。
「グウウゥゥ…………ふー……」
「そうだ、その感覚のままゆっくり――おっと! 焦るなよ」
雑念を捨てひたすら声に意識を傾ける。難しいなんてもんじゃない――今だからわかるが、人間ってのはほんの少しでも己の力を感じた瞬間、無意識に気持ちが昂り優越感や高揚感としてやってくる。そして同時に不安、驕り、動揺などが煽り立ててくるのだ。
だが、なんとなくだがつかめてきた。
あれほど黒竜を形作っていた魔力は徐々に小さくなり随分と落ち着いている。まだまだ扱えるとはいえないが……制御するコツは見つけた。
「なかなかやるじゃないか」
ヒュノスは驚いたように言うが別に明鏡止水の極致に至ったわけでもない。
詳しくは分かりようもないが、今までニッグのものまねをすると押し寄せる感情に飲まれていた。だからその感情をまず受け入れ、ニッグとしてなりきることにしてみた。
ドラゴンであればこの力に疑問を持つことはない。そんなことでうまくいくのかとも思ったが、多分こっちに呼ばれた転生者ということが影響しているのだろう。
こっちの俺は俺であると同時に、レニという器に入った俺なのだ。ならば器がいくら変化しようと変わることはない、ドラゴンとして転生したとでも思えばいい――。
大きな翼を動かし飛んでみる。飛べることも尻尾があることも、当たり前だったというように神経を巡らせていく感覚。
力を込め魔力で形成された大きな爪を振り切ると大気が裂け地面に爪痕が入る。
「よし、段々分かってきた。さぁ続きをやろう」
「……これは俺も本気を出さねぇとな」
完全とは言い難いが暴れる身体を徐々に制御しつつ力を引き出していく。さすが黒竜、まだまだいける――そしてブレスを吐こうとした俺にヒュノスは手を出した。
「ストップ、意識はあるな?」
「あぁ大丈夫だ」
「これ以上は殺し合いになる。ここまで扱えれば十分だろう」
及第点に至っていたようだ――スキルを解除しても特に大きく変わった様子もない。なんか不思議な感じだな……。
「ふぅ、しかしあれほど便利だと思っていた職業がここまで扱いずらいものになるとはなぁ」
「職業が成長した結果だろう。力だけでなく、全盛期の力や感情までも引き出せるのかもしれない」
「なるほど……だったらもう一つ試させてくれ」
≪スキル:ものまね(ヴァイス、剣聖)≫
「うぉっ、まじか!」
驚いて声を出してしまったが、いくらなんでもまさか生前のヴァイスさんの力を使えるとは……。剣が呼応するように光出す。まさか喜んでいるのかな?
剣を一振りしてみると遠くにあった岩に線が入りずれていく。
「その者はなかなかの実力者だったようだな」
「そういえば、あんたの職業も特殊職だろ。一つ気になるのがその異常なまでの強さだ。今ならなんとなくわかるが……やっぱり秘密はその特性なのか?」
「あぁそうだ。代行者っていうのは誰かの変わりに何かを成すものだが、そこにもう一つ隠された条件がある」
「条件? 俺のように心次第とか?」
「いいや、もっと簡単な話さ。変わりになる者が支障をきたす分だけ俺は強くなる。例えば――死にいく者の願いなんかは絶対的な力を発揮する。今回はこの次元にいないメアだから同じくらい力はあった」
ただでさえ強いヒュノスが更に強化を促す特殊職だったからあんな人外じみた強さを発揮していたわけか。まだまだ職業ってのは奥が深いようだ。
「それじゃ戻るとしよう」
ヒュノスが本を取り出し開くと魔法陣が展開される。眩しい光に包まれ、気が付けばニッグの巣に戻っていた。
『ほう、やはりお主たちが一番だったか』
「ニッグ! メアさんはどこだ!? 早くこの修行を止めさせないとッ!」
『何をそんなに慌てておる?』
「このままじゃみんなが危ないんだよ!」
早くみんなを助けにいかないと――最悪、居場所だけでもわかればメアさんの力を使っていけるはずだ。
説明し心当たりのある場所がないか聞いてみるが首を横に振りため息をつく。
『まったく……お前も余計なことを言ったものだ』
「まさか俺の読みが外れるとは思わなかったんだよ。こいつのセンスは尋常じゃない」
ヒュノスもニッグに対し同じようにため息をついている。二人共何かわかっているようだが俺にはなんのことかまったくわからないぞ。
「お、おい、いったいどういうことだ?」
「そうだな、俺が言ったことは間違いないがお前は一つ大きな勘違いをしている」
「何……?」
「時間をかければっていうのは修行が思ったより難航しそうだと思ったからだ。だが、試練を乗り越えられなければ死ぬというのは本当のことだ」
それって、結局はみんなを助けにいかないとダメじゃないか! こいつはいったい何を言ってるんだ!?
「だからそんな危険な試練すぐにやめさせないと!」
『まぁ、落ち着け。お主の仲間はそれを望んでいるのか』
「そういう問題じゃないだろ! みんなだってまさか死ぬとは思っていないはずだ」
『ほう、今までお主らは死ぬかどうかを考えながら旅を続けてきたのか』
「――っんなわけあるか!!」
全員命をかけてついてきてくれた仲間であり、そんなことはとうの昔に乗り越えた。だからこそ俺はみんなが危険と分かれば助けなければいけないのだ。
熱くなる俺にヒュノスは冷静になるように促した。
「いいか、彼女は快楽殺人者でもなければ無理難題を押し付けて楽しむ人間でもない。俺が彼女をまともじゃないと言ったのは人間から見ればってことだ」
「だけどこんなこと……普通はやらせないだろ」
「そこだよ、君らが思う普通ってのは今しか知らないからだ。考えてみろ、破滅の未来が分かっていれば誰だって回避させる方法を探すだろ。だが彼女だけはいくらでも戻ることができる。彼女からすれば世界が滅ぶなんてのはどうでもいいことなんだよ」
あまりにもスケールの違いすぎるヒュノスの発言に納得してしまったのか、一切反論の言葉が出てこない。
だからって俺たちを巻き込むなと言いたいが、今だけでも楽に生きたいと思う俺と同じくらいに、メアさんにとっては現在も未来もどうでもいいことなんだろう。
「じゃあ俺たちを強くさせようとしているこの試練ってのは……」
「さっきも言ったが単に彼女の好奇心を引いたからだ。しかし、生存をかけて足掻くのは彼女じゃない、選ぶのは君たちだ」
「手取り足取り教えないといけないようなら生きる価値もないということか」
「はっはっは! 冷たいが言い方をかえればそうなるな」
確かに俺たちは世界を救うと決めた。だけど、もし、仮にだがあのとき死ぬかもしれないと聞かされていたらどうしていただろう……もちろん最初は拒否する。
だけどなんだかんだで結局、いつも通り助けようって……いや、絶対にそうなっていた気がするな……。
『永き日を生きるというのも容易ではないということだ』
「……あんたが言うと説得力があるよ」
「言わせてもらうが彼女は決して命を弄んでるわけじゃない、己はただの人間であり神ではないと分かっているからな」
だから過剰な干渉もしなければ強制もさせないということか。言葉足らずなところがある気もするが、こうなったら全員無事に戻ってくることを祈って待つしかない……。