168話 『メアの修行(リリア編)』
修行というからにはきっと何かを習得しなければならないのだろう。ノルンが言っていたことが本当であれば本筋を見失ってはいけない。
杖を握り直し絵本のような森を歩き続ける。しばらく進んでいくと騎士のような鎧がまるで眠っているかのように木の根元に置いてあった。側には古びた剣が置いてある。
モンスターかしら……まさかこれも私と同じ修行者……?
近づき見てみるとボロボロの甲冑の隙間からは空洞が見え、中には誰も入っていないのがわかる。安全とわかり手を触れた瞬間、パチッと電気のようなものが走り鎧が動き出した。
「これを倒せばいいのね」
確認するように言い放ち魔法を使おうとした瞬間、そこで初めて異変に気付く。
ま、魔力が練れない……!? むしろ元々存在しなかったように感じ取ることができない。同様にシトリーの力もまったく感じられない。
自分の中にいるはずのシトリーに何度も呼び掛けるが反応もなく、そうこうしているうちに目の前の騎士は置いてあった剣を手に取りゆっくりと立ち上がった。
このままじゃ勝ち目はない――いったんここは逃げよう。何も逃げることは恥ではない、これまでの経験から何か仕掛けがあるはず。幸い鎧の騎士はそこまで動きが早いようではなく、魔力が使えない状態の私が走ってもすぐに距離を離すことができた。
久しぶりに鼓動が大きくなるのを感じながら森を抜けると岩場が現れる。なんとなくどこかで見たことがあるような……。
そんなことを思いながら息を整えていると奥の陰から大きな熊のようなモンスターが現れた。
ブラッドベアーによく似ているが体は大きく、何よりも絵本のように面白おかしく描かれたその姿は狂気すら感じる。どこを視ているのかもわからないこぼれそうな眼をキョロキョロと動かし、開きっぱなしの口からはいつでも獲物を仕留められるよう真っ赤な牙が備えられていた。
む、無理だ……いくらなんでも魔力がない今、少しでも脅威があるモンスターには勝てる見込みはない……ゆっくりと後退ると足元でパキリと小枝が小さく音を鳴らした。
「グゲッ?」
「ッ……し、しまった……」
「ゲレレレレレレレ!!」
気味の悪い叫び声をあげながらモンスターはこちらへ走ってくる。すぐさま走り出し森に戻るとモンスターは私を見失ったようだった。しかしつかず離れずの距離でずっと声が聞こえる……たぶん匂いや足跡で追われているのだろう……なんとかしなければ。
周りに警戒をしながら森を抜けると目の前には崖が広がっていた。
「――ここは」
間違いない、あちこち変わっているようにも見えるが村にあった崖だ。そしてあのときを再現するかのようにモンスターが背後から現れる。
もう跳ぶしか逃げ場はない……覚悟をきめ崖下を見た私の目に入ってきたのは、水などなく砂利が敷き詰められた湖の底だった。
「……そ、そんなッ!」
「ゲエェェエエエ!!」
逃げ場を失った私はそのままモンスターに突進されると崖下へ落下していった。
* * * * *
「ぐっ……」
ぼやけた意識を激痛が呼び起こし目を覚ます。頭を打ったのかどうやら気絶していたようだ。全身は痛みで動かすこともやっと、そして内臓がダメージを受けているのか不快感とめまいがする。
奇跡的に骨折や大怪我はしていないようで、すぐ近くでは共に落下してきたであろうモンスターが横たわっていた。
もしかしてクッションにでもなったのか……とにかく、今のうちにここを離れなければ。転がっていた杖を拾うとよろよろと立ち上がり歩き出す。
魔法が使えない状態で生き抜くことが修行なのだろうか……ノルンは時間をかけてもよくないと言っていた。であれば生き抜くというのは成長するきっかけになりえないような気もする。何かを見つけなければ……。
「ゲレレレレエエエレレエレエレ!!」
「……ッ!」
森から先ほどと同じモンスターが現れ、その眼をぐりぐりと動かし、私を見つけると嬉しそうに走り出してきた。
襲いくる爪をとっさに杖で防ぎ辛うじて踏ん張る。目の前のモンスターは奇声を上げ更に暴れると、猛攻に耐えられなくなった杖はバキッと音を立て折れてしまった。
「きゃッ!」
バランスを崩し倒れ込んだ私を、どこを見ているのかもわからない眼を動かしながらモンスターは気味の悪い叫び声をあげ嬉しそうに見下ろしていた。
終わった――こんなところで……。
振り上げられた鋭い爪が自分に落ちてくると同時か、黒い影が目の前に立ちふさがり爪を防いだ。甲高い音が響きモンスターが後退る。
よく見るとそれは先ほど動き出した鎧だけの騎士だった。わき目もふらずそのままモンスターに斬りかかると、何度突き飛ばされてもすぐに立ち上がり向かっていく。
中身のない騎士はボロボロになりながらなんとかモンスターを退けるとこちらへゆっくりと歩いてきた。
「た……助けてくれたの……?」
近くで立ち止まった騎士は何も反応せずただひたすらジッとしている。もし横取りされた獲物を取り返したのであれば私も切られてるはず……きっと、今は味方と思っていいのだろう……。
「あ、ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
その場に座り体を休めるがそれでも騎士はその場から動くことはなかった。
魔力のない私が今できることは修行の目的である何かを成し遂げなければならない。しかし、魔力のない今の私は魔法が使えないだけでなく、身体能力も常人程度かそれ以下だ。
杖も折れてしまった今、私はもう魔法が使えない……今の私には何もすることができない。この空っぽの騎士に頼るほかないだろう。
「よし、そろそろいかなきゃ」
時間も経ち身体をゆっくりと動かす。痛みは残るがある程度動けるまでに回復したのを確認する。ずいぶん時間もかけてしまったため、目的はないが歩き出すと騎士も後をついてきた。
そして森の中を彷徨っていると一軒家がみえてくる。庭には奇妙な花が咲き誇っており、ここもなんとなく……決して似てるとは言い難いがお婆ちゃんの家を現しているようにみえなくもない。
「誰かいるのかな……あのーすいません! どなたかいらっしゃいませんか!?」
扉をノックし声をかけるが返事はない。人の気配もなく鍵もかかっていないようだ。修行のヒントを見つけようと家の中に入ると一つだけ等身大の鏡が置いてある。
これは――真実の鏡、なぜこんなところに……。鏡の前に立ってみたが何も映ることはなかった。
「ギャーーーーー!!」
「今度は何ッ!?」
悲鳴にも似た声が響き急いで外に出る。すぐ近くでは騎士が空を見上げ剣を構え、その先では火を纏い狂ったように騒いでいる大きな鳥が飛んでいた。
モンスターは急降下すると脚で器用に攻撃を仕掛けてくる。やはり、狙いは私のようだったがすぐに騎士が攻撃を防ぐ。
変わりに戦う騎士は剣を振るいながらも攻撃を受け傷が増えていく……そして、蹴り飛ばされるとガシャンと音を立て鎧の一部が壊れた。
「――ッ、私が狙いでしょ!? こっちにきなさい!!」
モンスターの前に立ちはだかり囮になろうとしたが、騎士はすぐに立ち上がると私の前に出ていく。
「も、もうやめて! このままじゃあなたが壊れちゃう!」
その言葉はやはり届くことはなく騎士はモンスターの前に立ち続ける。
そうだ、私がモンスターから逃げれば……!
あの騎士はなぜかわからないが私を守ってくれている。ならば私自身が危険から離れればあの騎士もやられることはないはず、そう思い森へ向かって走り出したそのときだった。
「ゲエエレエレレエレレ?」
「……ッ!!」
先ほどのモンスターが現れ、ゆっくり後退ると騎士が気づいたのかこちらに向かって走り出す。しかし鳥のモンスターはそれを見逃さず後ろからぶつかっていく。
中身のない鎧はガシャンと音を立て転がるがすぐに立ち上がるとこちらに走り出す。そしてモンスターに向かって斬りかかっていった。
こうして家の周囲から逃げ場がなくなると、私を守ろうとする騎士と、この場から逃がさぬよう遊ぶように攻撃を始めるモンスターの戦いは続いていった。
「狙いは私でしょ! くるならきなさい!!」
何度も敵の前に立つがその分だけ騎士は立ちあがり私を守ろうと前に立ちはだかる。どうやっても状況が好転する可能性はない。
そして、ついに騎士の片腕にモンスターの鋭い爪が当たると破壊され地面に転がり落ちる。しかし騎士は気にすることなく、もう片方の手で剣を持ち反撃をした。
「ダメ……それ以上は……もうやめて…………」
片腕を失った騎士の姿が彼と重なり、私は家の中へ逃げるように駆け込むと崩れ落ちた。




