167話 『メアの思惑』
見たこともないカラフルな模様をした生物が空を優雅に飛んでおり、その下ではお喋りをしている花々、二足歩行で歩く獣まで、まるで絵本のような世界に私たちはいた。
「リリアさま、シャルさま、ようこそおいでくださいました」
声のする方を向くと服をきた小さなピエロが姿勢を正し立っていた。辺りを見渡してもメアさんが見当たらない。危険はなさそうだが……シャルが物珍し気に駆け寄り顔を近づける。
「いらっしゃいましたー、あなたはだぁれ?」
「私はこの場を管理するノルンと申します。以後、お見知りおきを」
「はーい、わたしはシャルだよーよろしくねー」
シャルがノルンの手を取りぶんぶんと握手をする。
肝心のメアさんがいないし修行の内容だって全然わからないままだ。この子に聞けばいいのかな?
「ねぇノルン、ここはいったいどこなの?」
「こちらは始まりの魔女、メア様がお創りになった世界でございます」
そういうとノルンは後ろを振り返り、指をパチンと鳴らすと二つの大きな扉が現れる。
一つは本の模様が描かれており、もう一方にはハートの模様が描かれていた。
「お二人にはこれからこちらの中に入って頂きます。本が描かれているほうがリリアさま、こちらのハートがシャルさまとなっており、一度入ると修行を終えるまで出ることができなくなりますのでご注意ください」
「ちょっとまって! 出ることができないって……」
「おやっ? お聞きになっておりませんでしたか。成長とは決して一夜にしてはなりません。しかし、だからといって時間をかけすぎれば目的を見失ってしまう――あの者たちのようにね」
そういってノルンは手を広げ周りの生物や花を示した。その無機質とも思える笑顔は、まるで仲間が増えることを歓迎するかのようにも見え、背筋に冷たいものが走る。
そんな私をよそにシャルは元気に握った拳を振り上げた。
「それじゃあ、ちゃちゃちゃっとおわしちゃおー!」
話を聞いていなかったのか、シャルはまっすぐ扉に向かって歩き出した。私はすぐさまその小さな背中を追いかけ手を掴んだ。
「待ちなさい! 話を聞いていたの!? 入ったら二度とでれなくなっちゃうどころか、あんな風になっちゃうかもしれないのよ!」
私の言葉を聞いたシャルは首を傾げ何かを考えると口を開く。
「でも、しゅぎょーしなきゃみんな死んじゃうよー?」
「そ、そうだけど……ッ!」
「シャル、みんなを頼むーってパパに言われたの。だからね、もっと強くなるのーッ!」
もっと強く――そうだ。こんなところで立ち止まっていたら彼の隣に立つことはできない……それどころか今のままじゃ、お父さんとお母さんに笑われちゃう。
レニ君だけじゃない、みんなにも安心してもらえるように強くなるって決めたんだ。
「だからね、ママも一緒にがんばろー?」
シャルは握ったままの拳を嬉しそうにこちらへ突き付けてくる。その小さいはずの拳は一切迷いがなく、まっすぐ進んでいく彼のように私の心を叩いた。
「…………そうね。もっと強くなってパパに見てもらいましょう!」
「おーッ!!」
拳を握りグーを作るとレニ君がやっていたようにコツンと合わせる。
二人揃って扉の前に立ち顔を合わせ頷くと同時に中へ入っていく。光で満たされた扉の中に入ると吸い込まれるように辺りの景色は変わっていった。
* * * * * * * * * * * *
「これでよろしかったのですか?」
「もし、この修行が――もとい試練が失敗に終わるならそこまでということよ」
「相変わらずですねぇ。あなた様ならいくらでもやりようがあるでしょうに」
世界の終わり……か。本当に終わって困るというならばどこかの未来で神様とやらがでてきてもいいでしょうに。
ニッグが世界を滅ぼしたずっと先をみたこともあったが、どれほどいっても滅びた世界は変わることはなかった。
完全に滅び切ったどこかのタイミングで再度作り直したりするのかもしれないが、私の魔力ではそこまで見ることはできなかった。
そして何よりも、神様という存在に会おうといくら魔法を使ってみてもそれらが発動することはなかった。
何度か試した中で現れたのも、しょせんは私が作り出したニセモノだった。神という存在を魔法で呼び寄せようとしたところで、あくまで想像の範疇に過ぎないのだろう。……想像が魔法の源とはよくいったものである。
ま、うまくいったとしても神に止められるのでしょうけど。
こんな感じで私がやることといえば退屈凌ぎに世界を見て回るくらい。だからどんな事件が起きようと、自然の驚異が迫ろうと傍観していた。救おうと救うまいと私は神ではないからね。
まれに興味を引いた事にだけちょっかいを出すこともあったが、それすら単なる暇つぶしの一つだった。
だがあるとき、とある魔法使いが面白い魔法を使いだした。その魔法はこの世界にいなかった魔人という存在を呼び寄せ、のちに禁忌と言われ決して望んではいけない魔法となった――のだが。
神は異次元の存在を……この世界にいないものを許可した?
さっそく私も真似をしてみたができたのは魔人の召喚まで、やはりいないものを呼び出すには何かきっかけや違う想像力が必要みたいね……。
そして長い刻を探し回りついに見つけた。言動は賢い子どもに似せているが、ときおり誰も知らないようなことを言い放っており、この世界では見たこともない料理を作り出していた。
それから過去を探った私はその子どもが生まれ変わりの人間だと確信する。間違いなく、あれらはこの世に存在していなかったモノだ。
「……さぁ、異世界からの来訪者よ。この世界に何をもたらすのか、生き延びて私にみせなさい」




