155話 『帰郷①』
ドラゴンの話ではこの紅い空が村周辺に広がった日からアビスが湧くようになったらしい。つまり、村の外周を焼いたのはアビスから守るために……ということだった。
「なんでそこまでしてくれたんだ? わざわざ手をださなければこんなことにもならなかっただろ」
『古い知人に友を大事にしろとうるさい奴がおってな、それにお主にはルークのこともある』
あの妹竜のことかな……あのことはそのうち、話してくれそうなら聞いてみるか。とりあえず今は村のことが先決、なんとか元凶を突き止めなければ。
「シャル、この空を戻すことはできる?」
「んー別の魔力だから無理ー」
「どういうこと?」
「シャルはシャルの魔法、あれは違う魔法ー」
あれは誰かの魔法だと言いたいのか。それが本当ならアビスは誰かが召喚しているということになる。もしかしてさっき現れた女性が……しかしどこに消えていったかもわからないし、クマを呼び出してもあの変な亀裂の先まではわからないだろうな。
村はまだ食料が残ってるとはいえ何が起こるかわからない。下手をすれば兵士たちがドラゴンの炎に触れてしまう可能性もでてしまう。
「一度村の人々に事情を説明してきたほうがいいか」
「その必要はないわ」
「――ッ!!」
誰もいなかったはずの背後を振り向くと、民族衣装のような姿の女性が歩いてきた。
【ものまね士:状態(魔法使い)】
「久しぶりね」
『ここに来たということは何かあったのだな』
「あら、察しがよくて助かるわ」
この人も魔法使い……どこかで見たような…………そうだ、あの記憶で最後に現れた女性だ!
確か名前は――――
「ミア……さん?」
「あら、知ってるとは驚いた。痕跡は残してないはずなんだけど」
若干驚いて見せたが、それほど気にしていないのかミアさんは歩き出すと空を見つめた。そして魔法を使うとあっという間に紅い空が元に戻っていく。
「次はあっちね」
今度は村のほうを向きパチンと指を鳴らす。上がっていた炎が消え、もう一度指を鳴らすと今度は焼け跡が何もなかったかのように戻っていった。
同じ魔法使いのリリアとシャルもこれには驚いていた。二人と比べても異常なのがわかる、いくら想像力が力とはいえこれはそういうレベルではない気がする。
「これでよしっと。それじゃあまたあとでね」
「あ、ちょっと!」
一瞬というか、ミアさんは気づけばいなくなっていた。また後でって……俺たちに用でもあるのか。ドラゴンは特に気にする様子もなく巣へ戻っていった。またあとで来いと言い残して。
その後すぐにタイラーさんたちと合流した俺たちは村へと向かった。
「ということで、あのドラゴンは村を襲っていたわけではなかったんだ。結果オーライだとはいえないが許してやってほしい」
「そんな滅相もない……私たちは誰一人守護竜様を恨んでなどいませぬ」
村の人たちは村長の言葉に同意するように頷く。
なんとなく見知った顔もいるがみんなだいぶ老けたなぁ。何人俺とリリアに気づいていることだろう。
「それと良い報告がもう一つある。なんとなく気づいた者もいると思うが懐かしい顔が帰ってきた」
ルークとミントには後ろで待っててもらい俺たちはシャルを連れて前に出ていった。
「どうも、レニです」
「リリアです」
「シャルだよー」
簡単に挨拶をすると名前を聞いた大人たちが驚きをみせる。ざわざわと声が広がる中、後ろから年配の女性と男性が出てきた。
「あんた……連絡の一つも寄こさないで……!!」
「母さん、だから言ったろう? 連絡がないのは元気な証拠だと」
随分と老けたが見間違うはずがない、俺の両親は相変わらずだった。
「遅くなってごめんなさい。父さん、母さん、ただいま」
同じ目線まで成長した俺を両親は静かに迎え入れてくれた。そして、しばらくするともう一人年配の女性が声をあげる。
「ちょ、ちょっとあんた……腕がないじゃないの! うちの薬で腕を生やせるものなんてないわよ!」
この人は薬屋のおばちゃんか! 歳をとっても元気なのは相変わらずのようだ。実をいうと俺の姿を見たとき、みんなの視線は俺の腕に向いていたことは気づいている。だから誰もそれに触れないようにしようという空気があったのだが……。
「いやー旅の途中で転んじゃって、もうなんともないですよ」
「まったく、あんたが怪我をするなんてこれで二度目かしら。リリアちゃんに怪我がなくてよかったわ」
そういっておばちゃんが母さんを見ると俺が顔を怪我した頃を思い出したのか軽く微笑んだ。
「仕方ないわね、あんたはいつもそうなんだから。それよりも、どうしたんだいその頭!」
「あ、ちょっと切る機会がなくて……」
そういえばなんだかんだ伸びきった髪はそのまま結っていただけだった。ハサミがなかったし、あったとしても自分で切るなんてしたことがなかったからな。
「あとで切ってあげるわ。リリアちゃんにも教えておくからあとで家にきなさい」
なぜかリリアにも声をかけると両親はご年配の方々と俺のことを会話のネタにして雑談を始めた。
次に妙齢の女性たちがリリアの元に近づくと一人が前に出てくる。
「あ、あの……本当にリリアお姉ちゃんですか?」
「は、はい。えーっとあなたは……」
「わ、私です! 子供の頃一緒に遊んでもらっていた!」
そこでリリアは昔遊んでいた子供達だとわかったのか、成長した姿に驚いてみせた。
「みんな大きくなったわね!」
「お姉ちゃんは相変わらず綺麗で……というかなんか、若くないですか?」
「やっぱり、立派な旦那がいると違うものなのかしら」
「髪も相変わらず綺麗だわ~、私も染めようかなぁ」
「えっ、あ、えっと」
御婦人の方々に揉まれなれていないリリアはしどろもどろになっている。ごっこ遊びをしていた子供達も家庭を持ったり随分変わったが……ちゃんとリリアのことを覚えてくれていてよかった。
「きゃー可愛いー!」
「シャルちゃんは何歳になるのー?」
「んーーー……わかんないっ!」
そういって笑顔を作るシャルは若い世代に大人気だった。そういえばシャルのことをどう説明するか考えてなかったな……旅の途中で拾ったとでも言っておくか? 拾うという言葉は悪い気がするがこの世界では縁を拾うともいうし、まぁなんとかなるだろう。
その後、ルークとミントを紹介するとルークは子供たちに人気があり、ミントは年配の方々にありがたがられていた。
仲間を受け入れてもらいしばらく安堵していると、タイラーさんとソフィアさんに続きは宴会でも開いてやるようにと言われ、その場は解散することになった。
「さて、あんたたちはお婆さんに挨拶してきなさい。ルークちゃんとシャルちゃんはお家で待ってようね~」
母さんがルークをペットのように扱っている……一応ドラゴンだから気を付けてね。父さんもお手とか教えなくていいから! 怪我で済まないぞ。
「それでは私が案内しますね。こちらです」
女性について行くと、ついたのは共同墓地の一画だった。




