148話 『仮説①』
呪いの正体はアビスだった――しかしそれはあくまでも精霊に限定した話であり、本来であれば影に取り憑き獲物に影響を与える、まるで寄生虫のような存在だったはず。
「要するに実体という概念を持たない精霊だからこそ狙われたと?」
『憶測にすぎんがな』
確かに、実体があるのか怪しいアビスからすれば、精霊は取り憑きやすいと考えればそうなんだが……。一つ気になるのはアビスはあのとき何に取り憑いていたのかだ。
そもそもあの棺の中には何も入っていなかった――いや、正確にいえばあるにはあったのだが、それは真っ黒な液体というか影というか……言葉で表すのであればアビスが入っていたというべきだろう。
もしかするとあれがアビスの親玉という可能性も考えられる。だけどあんな霊をみたのは初めてだったし、本体だったからと分かれば納得もいくのだが。
「次は風のお姉ちゃんの番ー!」
『えぇッ!? あたしは』
『シルフ、ちゃんと加減するのよ』
遠くでは四大精霊とシャルが遊んでいる。暇そうにしていたしルークも一緒だから大丈夫だろう。
「オーランの遺産って結局なんだったんだろね」
「誰かがぶっ壊しちゃったからねぇ、まさか地面ごと粉砕するとは思わなかったよ」
あんな霊の溜まり場みたいな場所で落ち着いてろというほうが無理だろ。むしろミントだって全力で魔法ぶっ放してたのみてたからな!
『懐かしい名だな』
「オーランを知っているのか」
『人間にしてはなかなかに優れた魔力を持っていたからな、覚えておるぞ』
そういえば精霊って見た目以上に昔から生きてたんだっけ。何かヒントになるようなことがわかるかもしれない。
「ちょ、ちょっと待って! 子供なのにオーランを知ってるって……いったい何者?」
「まだ二人に紹介してなかったね。この人は精霊王様、見た目は子供だけど精霊の中で一番偉い人だよ」
一番偉いといっても四大精霊が一番だと思っていた二人はどうやらわかっていないが、無礼をしてはいけないというのは雰囲気だけでわかってるようだ。
『森の民よ、ルートニスは息災なく過ごしておるか?』
「……?」
『あ奴め、あれほど死なぬと大口を叩いておきながら等に死んでおったか』
誰だろう、二人も知らないようだし精霊王の知り合いなら凄そうな人だけど。
「もしかして……エルフの開祖と言われたあのルートニスでしょうか?」
『ほう?』
「元々閉鎖的なエルフの一族を率いて他種族と交流、エルフの生活と生き方を確立したという……エルフの子供たちに聞かせる、おとぎ話に出てくる人物なんですけど」
『……なるほど、肉体は死んでも名は死なぬということか。あ奴め最後まで面白いことを考えたな』
なんだか嬉しそうに笑っているがもしかしておとぎ話の人物を知ってたってこと? 色々と詮索したいが精霊王はそこで話を切ると話題を戻した。
『さて、オーランの遺産と言ったか。あの男は死去するまで封印術について研究をしていた。つまり、お主たちがみたという棺は何かを封じるために作られたものだろう』
俺たちがみた日記じゃオーランは初め魔術の探究をしていた。そしてあの事件があってからのことは何も情報がない。つまりあの事件をきっかけに封印術の研究を始めたということになる。
「オーランさんはもしかしてアビスのことを予知していた?」
「さすがにそれはないと思うが……絶対にないとも言えないってところだな」
あの事件のあと、占い師のように未来を視る職業持ちと出会ってる可能性もあるからだ。でも、それなら日記のように何か注意を促す言葉を残してくれてもいいと思うんだが。
さすがのミントも耳にしたことがないのか、何も知らないと示すように両手をあげ首を振った。
「もう少し詳しい情報はないの?」
『地の世界は地の者に、それが理というものだ』
「そうはいっても僕らでさえ他所とはほとんど干渉してないのに……そんなに昔のことを覚えてるヤツなんていないよ」
棺の中にいたアビスが本体とは到底思えないしまだまだわからないことだらけだな。さすがに妖精以上に長生きしてる種族なんて思いつかない。
『さて、そろそろ我らは戻るとしよう』
「長居させたようですまんな」
『本来であればお主の魔力が先に尽きるはずなんだが、魔力を持たぬはずが我らを召喚できるとは、まだまだ楽しみはあるものだ』
「はははは、そのうち種明かしでもするよ」
だいたい職業のおかげというのは察しがついているだろうけど精霊たちには今度教えておこう。俺を基準に考えでもされたらそれこそ大変なことになってしまうからな。
シャルとルークを呼び戻し精霊たちと別れの挨拶する。フリックさんはやはりシルフさん推しなのか、精霊王がいるというのにいつまでもシルフさんに声を掛けていた。
シルフさんだけめちゃくちゃ気まずい雰囲気になってるがその程度で精霊王は怒ったりはしないだろう。
『森の民よ、いつまでもくだらぬことでいがみ合ってる場合ではないぞ。今一度ルートニスの言葉を思い出せ』
「は、はい! お言葉を頂きありがとうございます!!」
「まったく、同じ種族同士くらい仲良くすればいいのに、どうしてこうも争いばかりするのかねぇ」
『なかなかに聡明だがそれは生物としての性というものだ。仕方なかろう』
ミントの場合はひたすらのんびりしたいだけなんだろうがな。出会った頃は魔族とか悪魔とか言ってたが旅をして随分変わったものだ。
元々の性根がめんどくさがり屋なだけでライムにも頼りにされてるみたいだったし、普段からちゃんとしてたら今頃女王様の護衛隊長にでもなってただろう。
……いや、むしろなってないからこそ今があるのかもしれない。
『そういえば今回の礼がまだであったな』
「旅のついでだったしいいよそんなの」
『そうもいかぬ。お主は鍛冶が堪能だったからな……あれがいいだろう』
精霊王は何か指示を出しすとノンちゃんは頷き地中から小さな魔力石を四つ取り出す。四大精霊が石を持つと発光し色が変わっていった。
『金に困れば売ってもよし、好きに使うといい』
いうなれば属性石ってところか、素霊石でも渡されたらどうしたもんかと思ったが、これならもらっても大丈夫だろう。
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
『うむ。では最後に一つだけ――お主はすでに古き地の民に出会っておる』
「えっ」
『ではさらばだ』
そういって精霊王が消えると四大精霊も消えていった。




