119話 『守る意志』
いい? 見たところあの身体は魔力でできているからまずはあれを斬る。そして愛しの彼に辿り着いたら……あとはよろしくね!
何をすればいいって? 知らないわよ。あんな人間見たことないし呼びかけでもしたら? 熱烈なキスでもいいんじゃない? ただし、無理だった場合その場で殺すわ。
「そんなことさせない!!」
「うわ、何ッ?!」
「あ、ごめんなさ……危ない!」
いくらベヒーモスが壁になっているといっても竜の攻撃から巻き起こされる細かい岩石などは防げない。ミントもバリアを張ってるが全方位は無理だ。シトリーに主導権を戻し集中しなければ。
ベヒーモスは竜の猛攻に耐え、ときには応戦、そしてついに竜の片腕を抑え込む。
『今だ、ゆけ!』
力は互角のように見えるがすぐさま竜はベヒーモスを押し返し始めていた。
竜の胸から心臓にかけて全員で切り開いていく。魔力が斬れては修復しようと繰り返すが、魔力を斬ることに特化してるのか剣の効果は素晴らしく、妖精の魔法の援護もあるおかげで私たちのほうが僅かに早い。そしてついに少年の姿が見えた。
「いた――おいバカ起きろ!!」
「レニ君目を覚まして!! レニ君!!!!」
ダメだまったく反応がない。あのときは身体に触れたら戻ったけど……今はなぜか感じる、魔力が拒絶しようと意志を持ってるようだ。
「パパ帰るよー」
ルークの背に乗ったシャルが指先で魔法陣を描く。鎖が身体に絡みつき容赦なく引っ張り始めたが、魔力の波がレニ君から溢れ、それは鎖を侵食しすべてを飲み込もうとしているようだった。
「まずいわね、いったん退くわよ」
……この子の呼びかけにも反応なし。
竜を作り出すほどの魔力、本来そんなことはありえない。魔力というのは全員が持っているものだが内包してくれるものがなければ徐々に消失していく。だからゴーレムのように自然界にある物質を触媒として使い維持するわけだが、例外として魔法使いという存在がいたわけだ。
だがこの竜は少年自身から魔力がでていた。つまりひたすら魔力を出し続け本物とも思えるような鱗まで再現していることになる。ありえないことが実際に目の前で起きている――永い刻を生き、これほど面白いことはなかった。
いや……これほど魅かれた存在がいただろうか。
「むーパパお寝坊さんなの!!」
「まったくねぇ、色々調べてみたいのに勿体ないわ」
私は魔人の中でもかなり友好的と言われている。だがそれは単純に興味や好奇心からくるものであり、それ以外のことなどどうでもいい。シャルという存在が私にとって興味深いものだったからこそ親の真似事などしてみたが、それが壊れようがどうなろうと何も思わない。そんな私の心はシャルを離れこの理不尽な存在に向いていた。
――見届けたい、この力を持った少年がどう生きるのか、何を思うのか。
『まずい、あれがくるぞ!!』
竜は己の存在を誇示するように翼を大きく広げ咆哮した。辺り一帯の魔力が削がれていきベヒーモスの鎧に亀裂がはいっていく。そしてあのときと同じくとてつもない魔力が全身から口へと集約される。
もっと……みていたかったわね。そう思った瞬間、身体が勝手に動き出す――これはあの子の意思か……ならば任せよう。
「シャル、ルーちゃんから降りてベヒーモスを守って!」
「えぇーやだーー!」
「いうことを聞きなさい!!!!」
「……ッ!!」
シャルは驚いたように目を見開くと徐々に顔が歪み涙目になっていく。すぐに私はシャルの肩を掴んだ。
「いい? あなたはここでベヒーモスを守るの。死んだら悲しいでしょ?」
「しぬ?」
「そ、あなたが守らないとね。私もパパも同じ、一度死んだら二度と会えないのよ」
「会えないのやだ……」
納得しているのかはわからないが渋々ルーちゃんから降りる。
「ベヒーモスを助けたら今度乗せてもらいましょう。大きいから楽しいわよ」
「ほんと?! わーい!」
ちょっとずるい気もするがやる気を出してくれたみたいでよかった。そうこうしているうちにベヒーモスが動き出す。
『行くのだろう? 次が最後だ、二度目はないぞ』
「ありがとう。ミント、ルーちゃん、今度は私たちがレニ君を助ける番よ」
「いつも通りだね、なんてことないよ」
「クゥー!!」
そしてついにそれは来る。
〖ドラゴンブレス〗
終焉の炎――それは遥か遠い昔、一匹の竜が放った炎。消えることはなくこの世のありとあらゆるものを燃やし奪い尽くした憎悪の証。
「させないもーん!」
シャルの声が聞こえたと同時に大きな盾が現れ炎を遮る。しかしすぐに溶け出していく。
「むー! パパずるーい!!」
そういうとシャルはでたらめな量の盾を大量に作り出していった。
『このまま近づく、タイミングをみて勝手にいけ』
竜に迫ると私たちは先ほどと同じように胸を斬り中に入る。さっきよりも簡単に切れた……もしかしてこの剣……どんどん進むとレニ君がみえてきた。
「いい加減にしろ、帰るぞ――って熱いいいいぃぃ!」
レニ君に触れたミントの手が赤くはれていく……だが私もここで退くわけには……。意を決してレニ君の体に触れると手に魔力が纏わりつき一気に焼かれていく。
「ぐううぅぅぅ……レニ君早く起きて……ッ!」
いくら揺さぶろうとやはり反応がない。この魔力をどうにかしないと。レニ君の職業はものまね士だ、大元を絶たない限り戻ることはない。だが魔力を絶つなんてそんなことどうやって――――剣が呼んでるわよ。
「えっ……」
一瞬だけシトリーの声が聞こえ剣を見るといつの間にか光り輝いている。そういえばこの剣は魔力を斬ることができていた。まさか私に……。
――ずっと側についてるから……安心して……――
なぜかあのときの声と彼の涙が蘇る。そうだった……今度は私が、言わなきゃ。
「今度は……私がそばにいるよ、ずっと……っ」
流れる涙をそのままに私は彼に剣を突き刺した。