118話 『黒い竜と希望の魔女』
魔人は決して協力しない、個としての存在が強すぎるためだ。例えばシャルに憑いた魔人……ヤツは純粋な戦闘力に長け勘が鋭い。逆に言えば強すぎるため弱者の気持ちなどわかるはずがなかった。しかし遥か遠い過去にたった一度だけ……ヤツの心すらも折った存在がいた。
それは世界のどこかに息を潜め、決して姿をみせず予兆すらなかった。
――共喰いの黒竜、またの名を『終焉』――
ヤツは決して倒すことができない。同じ竜の血肉を食べたことで不老不死となったと噂されているが、そもそも強すぎるためダメージというダメージを与えることができないのだ。
あいつを止めるにはまずシャルの力が必要になる。あの子を呼び戻さないといけない……それとちゃんと剣も拾っておかないと。この時代にあのレベルの武器を作れる鍛冶師がいるなんて驚きだわ。
竜から間合いをとろうと距離をとったベヒーモスの元にいく。
「あなた、あの竜を抑えられそう?」
『むっ? その気配はあやつと同じ魔人か』
「あの竜の中にこの子の思い人がいるのよ。あなたも会ってるんじゃない?」
『ドラゴンの子に妖精……なるほどそういうことか。まさか終焉が蘇るとは思いもしなかったがあの少年の力だったか』
「で、どう? なんとかなりそうかしら」
『無理だな、あの頃となんら変わりない力を持っている。あの魔人も加勢してくれてるがまったくもって力が足りん』
「そう、それじゃ私はあの子を止めてくるからもう少し頑張ってね」
『相変わらず人の話を聞かん奴らだな。長くは持たんぞ』
まったく……よりにもよってなんであの竜なのかしらねぇ。そんなにあなたのことが好きなのかしら?
――――ッ!!
わかってるわよ、むしろ冗談の一つでも言ってないとやってられないの。せっかくこっちの世界と繋がれたっていうのに。
「あいつの身体いったいどうなってやがる……魔力でできてんのか?!」
「は~い、頑張ってるわね」
「て、てめぇはッ?!」
〖ウィンドロック〗
背後から近づいた妖精が魔法を使うとシャルの身体は風の縄で拘束された。こんなに簡単に裏をかかれるなんてよっぽど焦ってるのねぇ……まぁあれが相手じゃ無理もないか。
「何かあるなら早くして、こんなの一瞬しか持たないよ!」
「なんのつもりだてめぇー」
その一瞬が大事だったのよ――シャルはすぐさま魔法を外したが私はすぐにその手を握り魔力を通す。
「いつまで寝てるの、起きなさい」
「あぁ?! 何を言って」
そこまでいうとシャルの身体はピタリと動きを止め、ぎこちなく目を合わせる。
「マ……マ…………?」
「久しぶりね。元気にしてた?」
「くっ……このガキ……ッ!」
「ほら早く起きないとお買い物連れて行かないわよ」
「ッ!! いや……私もいくーーーーーー!!」
まったく、相変わらずこの子は成長してないわね。以前人間の真似事をしてみたが子どもというのはお金を払って物を買うという行為に惹かれるものがあるようだ……私たちにはわからない文化だわ。
抱き着いてきたシャルから魔人の気配が消え魔力が戻っていく。
「あれれ、お家は~?」
「あそこは壊れたわ」
「えーーーーーー?!」
シャルは小さな口を大きく開けてみせると、すぐに何か気づいたように私の服を引っ張った。
「ねぇねぇ! それじゃあさ、もうあそこに帰らなくていいのー?」
「そういうことになるわね」
「わーいママとずっと一緒だー!!」
「そうね、でもその前に――パパがあの竜の中にいるのよ」
「えーどうしてー? あ、もしかして食べられちゃった?」
「ママが悪い人に襲われて怒ったの。もう大丈夫だよって言ってあげないといけないわ」
「パパ怒ると竜になるの?! すごーーーい!!」
そんなことあるわけないんだけど実際なってるし……まぁいっか。この子の力を使うにはこの子を信じさせることが重要だ。あとのことはリリアたちに全部任せてしまおう。
「ね、ねぇちょっと! 早く加勢にいかなくていいの?!」
「クゥー」
「ワンワンだ~。あなたはー……ちっちゃいお人形さん?」
「ぼ、僕はれっきとした妖精だ!」
「シャル、その子に乗りなさい。さっさといくわよ」
「わーい!!」
どれ、ここからが正念場か。ベヒーモスの力があるのはかなり大きいが相手が相手だ、短期決戦で押していくしかない。
「お待たせ、まだやれそう?」
『あぁ、だがそろそろ我を召喚した者の魔力が切れかけてきておる』
「はぁはぁはぁ……大丈夫、絶対に最後まで持たせてみせるわ!」
「それができなきゃ世界は終わりよ。根性みせなさい」
まだ若いのにベヒーモスを召喚できるとはね。召喚士というのは才能がはっきりと分かれる。確かに努力すれば徐々に強い魔獣を扱えるようになるわけだが、自分の魔力がなければ維持するのは無理だ。
「でっかいワンワンだー!」
「シャル、このベヒーモスに鎧をつけてあげて。絶対に壊れないやつ」
「はーい!」
シャルは元気に返事をするとスキップするようにベヒーモスの周りを走り出す。巨大な魔法陣がベヒーモスの足元に出来上がり身体に騎士のような鎧とマントが装着された。
「おー、おっきいワンワンかっこいい!!」
「なにこの魔法……むちゃくちゃすぎない……?」
イメージが強いほど魔力の消費も少なく効果も絶大、私たちにはない力――この子の力がどこまで通用するか見ものね。
『こんなもので大丈夫なのか』
「大事なのは気持ちよ、いつの世もそうでしょ」
そう、最後まで信じることよ。
中にいるもう一人に言い聞かせると私たちは竜に向け走りだした。




