108話 『捜索②』
報告書を片手に大きな地図に×を加えていく――大まかな区切りでまとめているとはいえ大小いくつも町はある。兵を使い情報を集めたが、本の存在がありそうな報告は見当たらなかった。
「お姉さま、リッド、飲み物をお持ちしました。休憩されてはどうですか?」
「アリス様、お心遣いありがとうございます」
リッドがアリスからグラスを受け取り持ってくる。とりあえずいったん休憩にするか。
「これといっておかしな報告はないし……いったいどこにあるのかしら」
多くの噂は犯罪者たちの目撃情報に横領疑惑、そして貴族同士の結婚から出産、別れ話などだ。中にはごく少数だが人間の子どもが狂暴なモンスターを連れ魔界を乗っ取ろうとしているとあった。
一つの噂でまとまってるところもいくつかあったが特に怪しいようには見えない。
「お姉さま、そこの空白は?」
「ここは――あった。これね」
報告書を机に置き確認する。
――噂等なし、本の所持者なし、以上。――
「この辺りは確かスラム街ね。情報もお金になるから誰も応えないのかもしれないわ」
「ですが人が住んでる以上、まったくないというのも怪しいですね。誰も答えないのか……あるいは答えられないのかもしれません」
「口止めされている可能性も考えられるわね。一度現地を調査してみるべきかしらね」
どのみち地図のほとんどが×印で埋まっている状態だ、ほかに検討のつきそうなところもない――ならば何もないというところを睨んでみるのもいいだろう。
「それではすぐに向かいましょう!」
「あなたは留守番よ」
「な、なぜですか?!」
「あそこは何が起きるかわからないからね。変わりに私がいない間、城を守ってちょうだい」
「むー……わかりました。お姉さまもお気をつけて」
自分ができることを理解してるようね。これならこっそりついてくるということもないだろう、安心して調査へいける。
私はフードを被りリッドと共にスラム街へと向かった。
「今のところ変わった様子は見当たりませんね」
「万が一本があった場合、あまり長居すると私たちも影響を受ける可能性がある――手早くいくわよ」
あの戦争以来か……ここは世捨て人や過去に犯罪を犯した者、訳があって表じゃ生きられないような人たちが暮らしている。もちろん、前回のような国に関わることを目論むような輩は即刻裁くが、それ以外はここのルールで解決させていた。
国が栄えれば必ずどこかでその代償を支払う者が現れる――陽が大きくなれば影も大きくなるのだ。そしてバランスが崩れたとき、それを直そうと世の中は動き出す。
路地裏の奥に進んでいくと物乞いが多くいた。そのなかで襤褸に身を包んだ老人の前へ立つ。
「おやおや……とんでもないお客さんが来たもんだ……」
「今日は情報を買いにきたわ。この辺りで本を拾った、または誰かにもらったという人はいないかしら? 噂話でもなんでもいい」
「そんな話は……そうだ、一つだけある。だがどこにでもあるしょうもない話だ」
私は硬貨を取り出すと老人は周りを警戒し受け取った。
「逆の路地に二人のガキが住んでいる小屋がある。そこに行ってみな」
「わかった……そうだわ。また前のようなことがあったら次はないからね。情報と信頼、頼りにしてるわよ」
怯える老人を背に私は言われた小屋に向かう。もちろん家など(あくまで簡易的な雨風を凌ぐもの)はいくらでもあったが、子どもが住んでるとなればある程度探しやすい。
すぐに兄妹が住んでいる小屋が一つあることを聞き扉を叩いた。
「返事がないわね。扉は……開いてる」
「私が先に入ります。お嬢様はお待ちください」
リッドが警戒し中に入っていく。
「おい、大丈夫か?!」
中からリッドの声が聞こえる。私はすぐに開いた扉の奥へと進む――そこでは倒れている女の子にリッドが声をかけていた。
「かなり衰弱してるわね……急いで回復薬を飲ませましょう」
「お待ちくださいお嬢様!」
こんな事態にどうしたんだ。リッドが私を止め子どもの手を指差す。そこには、この辺りでは見かけないような本が握られていた。
「もしやこれは例の本では?」
警戒するが触ろうと触るまいと効果がでるのであれば、今はすぐにこの子を助けよう。少量ずつ回復薬を飲ませると女の子は目を覚ました。
「あれ……お姉ちゃん、だれ……」
「この方は第一王女の」
相手は子どもだ、本のこともあるし変に警戒されてもよくないわ。私はすぐさまリッドの口を止める。
「私はレイラ、あなたが倒れていたのをこの人が見つけて助けたの」
「……おじさんありがとう」
「ッ!! 私はまだそんな歳じゃない」
「うふふ、子どもから見ればあなたもそうみえるのよ」
「レイラ様まで……それよりも君、具合のほうはどうだ? それにもう一人子どもがいると聞いていたがどこにいった?」
リッドの話を聞いた女の子は慌て始めた。
「そうだ、お兄ちゃん……ッ! お兄ちゃんを止めないと!」
「落ち着いて、あなたのお兄さんはどこにいったの?」
「お城に……今度こそこの国を終わらせてやるって!」
子どもが? 何をどうしたらそんな思想になるのかわからないけど……。
「一人じゃどう考えても無理よ。それに今度こそって前にも何かやってたの?」
「戦争……妖精との戦争はお兄ちゃんが周りの人を使って始めた……」
「君、大人をからかうのも大概にしなさい。いったいどうやって子どもがそんなことできるというんだ」
リッドの言う通りだ。いくら力が強かろうがあれほどの規模は無理がありすぎる。どうしても信用しきれない私に女の子は手に持っていた本をみせてきた。
「この本が……お兄ちゃんがこの本は僕らのお守りだって」
「ちょっと読ませてもらってもいいかしら?」
「……うん」
まるで悪いことをしてバレた子どものように本を手渡してくる。私の手に渡った本の表紙には[悪魔の契約 上]と書いてあった。