104話 『先輩の知恵』
「あの……話ってなんでしょうか」
「そんなに構えないでいいわ。そこに座って」
夕食のあと私はレイラさんに呼ばれアリスと一緒に部屋へと向かった。椅子に座るとレイラさんが机に飲み物を置く。
「どうぞ。リラックスできるわよ」
「ありがとうございます……」
「お姉さま、いったい何の話をするんですか?」
「それはね――男と女について、よ」
「ッ?!」
と、突然この人は何を言い出すんだ……。慌てる私とアリスをよそにレイラさんは軽く笑う。
「うふふ、冗談よ。話というのはさっきのあなたたちのこと、まぁ心のお勉強だとでも思ってもらえればいいわ」
「もうお姉さまったら! ですが、心といっても何をどう学べばいいのか……」
「アリスも一緒に考えてみなさい。さっき、彼はどうしてあんなに協力したがらなかったのかわかる?」
「それは仲間を危険にさらさないためにって、レニさん自身もそうおっしゃってたじゃないですか」
「えぇそうね。それじゃあリリアちゃんはどうしてその言葉に納得いかないのかしら」
「私たちを助けようとしてくれてるからじゃ?」
「うふふ、本当にそうかしら? リリアちゃんはなんとなくわかってるかな」
「…………はい」
確かに二人を助けたいというのもあった、だけど、本心は――昔のレニ君に戻ってほしいと思っている。
「彼、ずいぶんと変わったわ。よっぽどあなたのことが大切なのね」
「そんなんじゃないです……私はただ足を引っ張ってるだけで……それでも、隣に立てるように頑張ってるんですけど……」
「あの、レニさんはどう変わったのですか? 私には仲間を思っての行動であれば当たり前だと思うのですが」
「思い出してみて。ベヒーモス相手に楽しそうに立ち向かっていった人間が、仲間ができてから極端に危険を避けてると思わない?」
「それはそうですが……きっと皆さんのことが心配だからで」
「アリスちゃん、そうじゃないの」
私は砂漠の国であった出来事を説明した。あの出来事が起こるまでは……ここに飛ばされるまでレニ君は自分の道を歩いていた。先に何が待ち受けていようと、いつも目を輝かせていたあの姿が私の憧れでもあったのだ。
「――だから、私がレニ君の枷になっているんです」
「それはリリアさんのせいじゃないですよ! そんなに自分を責めないでください!」
アリスが励ましてくれるがこればかりは間違いなく自分自身の問題……だから早く強くなって一人でも安心して戦えると示さないといけないんだ。
心の中で再度自分に言い聞かせるとレイラさんが突然ため息をする。
「頭のいい男は大変ねぇ。妖精族くらい少しは頭を空っぽにすればいいのに」
「お姉さま、さすがにそれは失礼では……」
「例えよ。彼のことは私も少し関与してると思うの」
「レイラさんがですか?」
「私とヴァイスのこと、話してなかったわね。教えてあげる」
そういってレイラさんは婚約者だったというヴァイスさんについて話してくれた。人間のような姿で中身は妖精、世界を旅している途中でレイラさんと出会い一目ぼれしたらしい。だけど妖精との戦争で……。
「最後は彼のおかげでちゃんと別れができたっていってたけど、たぶんあの子、もし自分の仲間がそうなったらって心のどこかで感じていたんじゃないかしら」
「でもあのときのレニさん、そんなに落ち込んでいるようにはみえませんでしたけど」
「あのときはね。でもリリアちゃんの危機にぶつかって実感したんでしょう。いつか私たちのようになるって――頭がいいとはいえまだまだ子ども、理想と現実にぶつかってるところね」
旅は安全ばかりじゃない。そんなことはとっくの昔に覚悟したはずだった……だけど、レイラさんの話を聞くと仲間を失うという意味がはっきりわかる。
「やっぱり……もうどうしようもないんですね……」
「何を言ってるの? これからよ」
何ができるというのだ。強くなろうともすぐにはなれない、ましてやドラゴンやモンスターに真っ向から立ち向かっていけるレニ君を、安心させる方法なんてあるのかな。
「アリスも知っておくといいわ。人ってのはね、大切なものを得るほどそれを失いたくないと――臆病になってしまうのよ」
「それじゃあ私たちがいる限り……」
「臆病になるということは何も悪いことばかりじゃないわ。生きていくうえ、仲間を守るうえで決して忘れてはならないことなの」
だけどそれじゃあ旅を続けるなど到底無理な話だ。今一つレイラさんの話がわからない。アリスも同じだったようで難しい顔をしながら一息つけるレイラさんをみている。
「お姉さまどういうことですか? 守るものがあるほど人は強くなれると、昔ヴァイスさんはおっしゃってましたが」
「その通りよ。強さなくして旅をできるほどこの世はあまくない」
「それじゃあ力のない私がレニ君と旅をするなんて……やっぱり無茶だったんですね……」
「いいえ、二人ともよく聞きなさい。ヴァイスが言ったのは心の強さ――本当の強さというのは心があって初めて生まれるの」
いったいどうしろって言うんだ……私はレニ君のために強くなると決めたのに、努力しても彼を安心させることはたぶんできない。無性にむしゃくしゃした私はレイラさんに食って掛かる。
「でも、いくら心を強く持ったからってレニ君のように強くはなれません。頑張れば頑張るほど心配させてしまう……だけど今の私にはやれることをやるしかない……!」
「あなたは彼にその思いを伝えたの? それは彼に伝わった? 後悔はない?」
思い……は伝えたはず……何度も言ってある。もうこれ以上は……
「今、あなたが彼から別れを告げられたら諦められる?」
「ッ!!」
「お姉さまそんなこと!」
「できないわよね? それはちゃんと伝えきれていない証拠よ。だから一ついい方法を教えてあげる――これは私も使ったのよ。アリスも覚えてるでしょ、私がヴァイスと付き合い初めの頃にした……あれを」
いったいどんな方法だろう? アリスは少し思い出すように考えるとすぐに何のことかわかったのか、急に立ち上がる。
「ま、まさかリリアさんにもあれをやれと?!」
「男ってのはね、か弱いと思って心のどこかで女を見下してるのよ。だから一発伝えてあげなさい。あなたの強さを」
「でもどうやったら……」
いまだに話が分からない私に対しレイラさんは拳を突き出した。