ざまぁヒロインじゃない正ヒロインはもどかしい!②
あの日から学園ではカルラ・ハイネリーク男爵令嬢の話題で持ち切りだ
正確に言えば、前からコソコソと噂話があったが
そんな事が可愛いと思うレベルで方々で彼女の奇行が話題となっている
先日の事だ
ミハエル殿下と偶然裏庭で会ったカルラは何もない所でコケて殿下に抱きしめられたらしい
その様子は、彼女の倒れる時の声が大きくて思わず振り返った人が多数目撃していた
殿下は困った様に笑いながら気を付けて歩く様に助言したらしい
しかし、何を思ったのかカルラはソコで抱き着いたまま殿下の事を「素敵!」とか「思ったよりたくましいんですね!」とか「殿下の事、エルって呼んで良いですか?」等と捲くし立てる様に聞き出したらしい
コレには流石の殿下も困惑
隣にいたマルクが不敬だと注意したのでムスッとしながらも離れて軽く謝ったらしい
また違う日には
アズール先生の特別クラス【アイビー】での事
特別クラスのメンバーは基本的に非公式となっており、どんな人がいるのか所属している人間しか分からない様になっている
なので、アイビーについて何か話そうとすると嫉妬の対象となるのは暗黙の了解だった
カルラは一度アズール先生に直接勧誘を受けていたが、時間が経つにつれアレは先生の冗談だったと認識するようになっていた
が、カルラは事もあろうに昼休みの昼食時にやらかしたのだ
皆が集まる学食でモソモソと静かに昼食を食べていたキリオに大声で話しかけたのだ
「アイビーで特別室を持っているキリオ先輩ってズルくないですかぁ?」と
急に話しかけられたキリオはポカンとし、近くで昼食をとっていたアズール先生は噴き出した
その後、慌ててアズール先生に手を引かれて食堂を後にしたカルラは
【アイビー】の出禁を命じられたらしい
そして、キリオは個人研究室を没収となった
そしてつい2日前
色んな生徒に話しかけ、騒動を大なり小なり毎日起こすカルラに業を煮やしたマルク・ルグローブが動いた
彼は馬鹿みたいに真面目な人間なのだ
正義感でカルラを注意しようとしたらしい
最初は大人しく話を聞いていたカルラだが、マルクの畳みかけるような説教に泣き出してしまったらしい
しかも、大声で「私が成金の男爵令嬢だからって此処まで云われるなんて……未来の宰相と言われるマルク・ルグローブ君は公平な目を持ってないのですね。酷いわぁ!!!」と捲くし立てたらしい
これも、多くの目撃者がおり
マルクは泣かせるつもりが無かったのでアワアワするばかり
結局、騒動を聞き付けた殿下が仲裁に入って事なきを得たらしい
余談だが、その時のカルラは殿下の事を「エル」と呼んでいたと話題になっていた
アリアは思う
こんなにもカルラは非常識な人間だっただろうか?と
なので、久しぶりに通信機で呼び出す事にしたのだ
きっと彼も思う処がありそうだから
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「で?話って?」
あまりに素っ気ない態度にアリアは苦笑いしながらも内心ホッとした
この男は昔から優しい笑みを浮かべる相手はカルラと一緒に居る時だけだったからだ
「キリオは研究室を没収になったらしいじゃない?大丈夫?」
クスクス笑いながら問いかけると、茶色の瞳でギロリと睨まれる
「……研究室はまぁ、どうでもいい」
「そうね」
「……カルラからアリアに連絡はあった?通信機が壊れているのか応答がないんだ」
アリアは悩んだ
きっとキリオは通信機をカルラが所持していない事も壊れている事も理解している
けど、聞かずにはいられなかったのだろう
キリオの弱さに少し触れたような気がした
きっとこの弱さを知っていたのはカルラだけだったのだろう
何だか無性に嬉しくなる
「私が答える事に意味があるのかしら?」
「……ごめん。忘れて」
「アナタの目から見て今のカルラはどう思う?」
そう聞かれたキリオは酷く寂しそうな顔をして指先を見つめていた
「……俺の知っているカルラが消えちゃった気がする」
「うん。それで?」
「……俺の大好きなカルラの笑顔じゃない、見た事ないカルラの笑顔に吃驚している」
「うん。私もだわ」
「……カルラは今も実家に帰ってないんだ。帰り道を毎回尾行しても撒かれるらしくて、何処に住んでいるのか誰も分からない。学園の書類では実家から通っている事になっているけど……何が何やら」
キリオはきっともう既に色々と調べた後なのだろう
それでも何も掴めなかったから、今日こうしてアリアの誘いに乗ったのだろう
何か小さな手がかりでも欲しくて
「私新鮮だわ」
「何が?」
「弱っているアナタが」
「……何かすいませんね」
ムスッと年相応の顔を見せる
長年、友人をしていたが彼の新しい一面を見て何だか心が躍る
「フラーから連絡は?」
「あるわけないでしょう。彼なら大丈夫よ。簡単には死なないわ」
あれだけ涙を流したのに、それは大分前の事の様に感じる
アリアは自分の図太さに少し笑えた
「キリオはコレからどうしたい?」
「……また、カルラと一緒に過ごしたい」
「うん。それで?」
「アリアはどうしたい?」
「私?」
「そう」
そう言われて、アリアはニッコリ笑う
「私はね、これ以上仲間はずれが嫌なの」
「……それで?」
「でも、キリオが話してくれないのも十分に理解してるわ」
「それで?」
「だから、今日は本当は色々と聞き出そうとしていたけど、弱っているアナタを見たらどうでも良くなっちゃった」
「どうする気?」
アリアはそう問いかけられて真っ直ぐにキリオを見つめ返しハッキリ答える
「取り敢えず、私達の交流は続けましょう。2週間に1回、此処でお喋りするの」
「意味あるの?」
「無いかもしれない。でも、私達はきっと何かガス抜きが必要よ。お互いの事には干渉せず、ただ一緒にいる時間を作るだけ」
「……俺は何にも知らないよ?」
「良くてよ!私には目も耳も足も有るもの。自分で考えて行動するだけだわ」
そう聞いて、キリオは堪え切れず笑う
アリアもそれにつられて笑う
その後はお互いに特に話す事無くノンビリと数分間過ごしその場を後にした
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キリオと別れた後、アリアは校舎を歩いていた
ミハエルに会うために生徒会室を目指していたのだ
生徒会室学園の最上階にあり、アリアは長い階段を無言で登っていた
螺旋階段は何処か学園の中でも浮いていて
このまま違う場所へ連れていかれてしまいそうな不安が心の隙間に生まれる
「こんにちは」
ふと背後から声がかかる
振り返ると見慣れた人の姿が確認できた
幼い頃から王城を出入りしながら皇太子妃教育を受けているのだから当たり前だ
「お久しぶりでございます。第2皇子殿下」
ソコに居たのは第2皇子のマキシムだった
彼は兄であるミハエルとそっくりの金髪に碧眼をしている
しいて言うなら、彼は一般的に比べ小柄で剣術の才能が乏しかった
ただ、座学は得意で特に薬草学に精通していた
王室には彼専用の薬草園があると風の噂で聞いた事がある
「アリアローズ令嬢は何処へ行かれるのですか?」
この先にある場所は1つなのに何で聞くのかとも思ったが、答えないのは不敬になるので素直に答える事にする
「生徒会室に用がありまして」
「ミハエル兄上に会いに行かれるのですか?」
「まぁ……その……少しお話しできたらとは思っております」
「僕にもお時間を頂く事は出来ませんか?」
何だか何時もよりも積極的な様子に驚きを隠せないが
第1皇子筆頭婚約者候補の自分が気軽にマキシムと一緒に居るのは体裁が悪いと判断し丁重にお断りしようとした矢先、階段の下から大きな音がした
ドボン!!!!!!
ソレは明らかに何かが水の中に入った音
正直、かなり勢いよく水の中に入った様に感じた
「外からしましたね」
マキシム皇子は酷くつまらなさそうに言った
「アリアローズ令嬢!何の音ですか?」
困惑していると、生徒会室に居たはずのミハエルが階段を下りてきていた
アリアは困惑しながら外から水に何か落ちた音がしたと説明した
「そうですか。でしたら何かあると危険ですので、令嬢は生徒会室に居てください」
「……いえ。私もご一緒させてください」
「いやしかし」
「お願いします!殿下の側に居ますので」
「……分かりました」
そう言うと殿下と一緒に音のした方へ行く事になった
そして、何を思ったのかマキシムが後についてきていた
現場に到着すると、ソコにはびしょ濡れになっているカルラがドボドボになった制服を絞っていた
よく見ると、その背後には池があり、その縁は濡れていた
恐らくカルラは池に落ちたのだろう
よく見ると靴も片方無くなっていた
「……ハイネリーク男爵令嬢大丈夫ですか?」
ミハエルが声をかけるとカルラは花が咲いた様にパァと笑ったが、アリアを見た瞬間ポロポロと涙を流し始める
困惑しながらアリアはどう声を掛ければいいか悩んでいたらマキシムがアリアを守る様に体で視界を塞いだ
「アリアローズ・キンドレッド伯爵令嬢は私に何か恨みでもあるのですかぁ?」
「……どういうこと?」
「ご令嬢の胸に手をあてて聞いてみてください!!!」
「あの……本当にワケが分からないのだけれども……」
「何が【完璧令嬢】ですか?こんな汚い事をする人だなんて……!!!うぅぅぅ!!!」
そう言い残してカルラは泣きながらその場を走り去った
アリアとミハエルは呆然としながらカルラを見つめていたが
マキシムは酷く冷たい顔でカルラの去っていった方向を見つめていた
「何が起こっているんだ?」
そんなミハエルの言葉を聞きながらアリアはもう一度池の方を見る
それなりの大きさのある池の中心部分にカルラのモノと思われる学園指定の靴が浮かんでいた
それを見た瞬間、アリアは何か嫌な予感がしたが
カルラとの友情があるのだからきっと大丈夫だと自分に言い聞かせるのであった