ざまぁヒロインは成長したい!
『ざまぁヒロイン82日目』
今日はマダムの店へ来ている
理由は先日の《糖脳野郎》の事についてと、フラーについて何か情報が無いか聞くためだ
賄賂として、アリアに頼んでキンドレッド伯爵領にしかない紅茶の茶葉を分けて貰った
コレで懐柔できるとは思えないが、やらないよりはマシだと思って用意した
「お久しぶりですマダム」
「いらっしゃぁ~~~~~~い!」
ご機嫌なマダムは今日も美しい笑顔を見せる
しかも異常な程にご機嫌な姿を見て、マダムに話を切り出すのに好い日なのではとほくそ笑む
「コレ。お土産です」
「あら!キンドレッド伯爵領の茶葉じゃない!!!コレ、私好きなのよ」
「なら良かったです!この間飲んで美味しかったので飲んでほしくて用意しました」
「うふふふ。可愛いわね。何が聞きたいの?」
座る様に促しながらマダムはさっさと本題に入ってくれた
コレは好機なのだろうか……カルラの人生経験は中途半端なので判断に困ってしまう
「……あの。飲んでほしかったのは本当です」
「分かってるわよ!貴女には腹芸は似合わないもの」
「……それも何だか複雑なんですが」
「うふふふ。フラーの事でしょう?」
まるで小鳥の囀りの様に高らかに耳に衝撃の言葉が入ってくる
ギョッとして、マダムを見つめると
満面の笑みで此方を見ていた
「フラーの行方をご存じですか?」
「相変わらず駆け引きが苦手ね。まぁ、ソコが好きだけど……。答えは《yes》よ」
「何処にいるんですか!?」
「う~ん。カルラちゃんは何でフラー君が消えたと思う?」
「そんなの簡単ですよ。キンドレッド伯爵令嬢の為ですよね?」
「貴女って本当に目の前の事しか見てないのね。彼はね、アリア嬢以外の大切なモノの為に決断したのよ」
「大切なモノ?」
「そう、自分の手で手に入れた大切なモノよ」
クスクス笑いながらマダムは運ばれてきた紅茶を飲む
小さな声で「美味しい」と言った後、もう一口飲んだ
「……何でしょうか?学生生活とか?自由なお金とか?」
「貴女!わざと答えを遠くにやる癖は良くないわ。思い当たるんじゃない?」
そう
何となく感じている答えはある
けど、この言葉を発してしまったら【THE・G PROJECT】どころの話ではなくなる気がして仕方ないのだ
生き残る為に何でもやろうという心が簡単に崩れそうになる
「……フラーは私達、仲間の為に姿を消したのですか?」
「そうね。自分の手で手に入れた《友人》の未来を守りたいみたいよ」
「それは……殿下ですか?」
「いいえ。もっと身近な人間よ」
「……私ですか?」
そう聞くと、マダムは《よくできました》という顔で軽く頷いてくれた
「先日の糖脳野郎の事は聞いていますか?」
「もちろん。翌日には報告を受けているわ。体重はどうなった?お腹が大変だったみたいじゃない!」
「……恐くて体重計に乗ってません」
マダムはクスクス笑いながらサンドイッチを食べる様に進めてくれた
何となく居心地が悪いので素直に口に運ぶ
「……フラー君はね。危機感を感じていたわ」
「危機感ですか?」
「そう。貴女の身に何か悪い事が起こるのではとね」
「……私は自分の身は自分で守れます」
「彼はそう思って無かった。むしろ、近々もっと悪い事が起こると予想していたわ」
「あのハイハットって人の家紋がヤバいんですか?」
「そうね。綺麗な家紋ではないわね」
そう言って、カルラの前に小さな瓶を置いた
淡いオレンジ色の液体は、キラキラ光って綺麗だった
「……ハチミツですか?」
「うふふ。違うわ。コレね麻薬よ?」
「……麻薬?」
「えぇ。禁断症状がかなりキツイタイプの物ね。貴女のスイーツ地獄の後に、ハイハットの坊ちゃんが甘い物好きの貴女の為に用意したプレゼントの中に少しずつ入れて送っていたわ」
「プレゼント」
「最近あったでしょ?クッキー、ロールケーキ、飴、シュークリーム、ババロアだったかしら?」
「……どうしよう。食べてないけど、寮の共同冷蔵庫に入れていたら誰かが持っていってたヤツばかりです!」
カルラは誰かが勝手に食べてくれてラッキーぐらいの気持ちで、ワザと共同冷蔵庫の中に入れたのだ
多くの貴族は個室の中に個人専用の冷蔵庫があるので
基本的に共同冷蔵庫の使用は、平民か子爵家か男爵家といった下から数えた方が早い家の出身者が多いのが現実だった
共同冷蔵庫はモノが無くなっても文句を言ってはいけないと言う暗黙のルールがあったので、消えていても気にしていなかった
「……誰が食べちゃったんだろう」
「誰も食べていないわ」
「……え?」
「誰も食べていないわ。そもそも、贈り物の中身は事前にすり替えていたし、心配性の貴女の保護者がコッソリ全て処分していたから」
「保護者?」
「まぁ……彼はちょっと置いといて。取り敢えず被害者は居ないから安心しなさい」
何だか分からないけど一安心する
マダムは静かに此方を見つめながらジェスチャーをする
しきりと耳のアクセサリーを触り、腕輪を触る
「………………」
そして、視線に気が付いたマダムは自分のアクセサリーを外して箱の中に入れ、その箱を音をたてずにカルラの方へ押しやった
「………………」
正直迷った
しかし、此処で断ったら恐らくマダムの信頼は永遠に失われるだろうと判断した
心を決めたら早いもので、カルラはさっさと耳や腕のアクセサリーを外して箱の中に入れたのだった
中に入ったのを確認した後、マダムはニンマリ笑って静かに箱の蓋を閉めた
閉める瞬間何か微かに音がしたが聞かなかった事にした
「貴女が私の事を信頼してくれて嬉しいわ」
「……ここからが本題になりますか?」
「そうね。では先ずはコレを見てもらいましょうか?」
そう言って手元の銀で出来たベルを鳴らすとドアをノックする音がした
入室をマダムが許可するとゆっくりと1人の男性が入ってきた
真っ白な髪に、髪に負けないくらい青白い肌
真っ黒な衣装を身に纏ったその青年の藍色の瞳は良く知っている人そのものだった
「猿。お前少しは危機感持て」
「うるさい陰険野郎」
悪口を言いながらも、久しぶりのその姿を見てホッとしたせいなのかポロポロと涙が零れた
ヤレヤレと言った感じで側に来た青年は適当な布を投げて寄こしてきた
「自己紹介なさい」
マダムの一言で、その青年は居住まいを正し美しい一礼をした
「クローム財団で見習いをしています。ベルです。以後お見知りおきを」
ニヤリと笑ったベルを見て思わず抱き着くと、慣れた手つきで支えられた
「……髪の毛どうしたの?」
「元々はこの色だったんだよ」
「綺麗な水色だったのに」
「まぁ。悪目立ちしてたから丁度いいだろ?」
「白いのも悪目立ちしてるよ」
「うっさい猿」
何時までも泣き止まないカルラをマダムとベルは困った様に宥めてくれた
そして、静かな声でベルはカルラに言い放ったのだ
「これからお前もクローム財団の駒となって動かないか?」
何を言われているのか分からなかったが、涙目で見上げた先にあったその顔は苦々しいさを含みながらも確かな決意を滲ませていた
「さぁ。カルラちゃん。大人になる時間がやってきたわよ!生き残りをかけたゲームに挑みましょう」
そうマダムの声が響いた時、ブティックの前に一台の馬車が止まった
キンドレッド伯爵家の家紋の入ったその馬車は店の目の前に横付けし
待ちきれない様に馬車の扉が開け放たれた
出てきたのは社交界の憧れのご令嬢アリア・キンドレッド伯爵令嬢とマルク・ルグローブだった
「お客様!困ります!!!」
店員の静止を気にすることなく突き進んでいった令嬢達は
迷うことなくVIP専用の部屋の扉を開けた
しかし、ソコには人の姿は無く
食べかけのサンドイッチと飲みかけの紅茶が2人分置かれているだけだった
そして、令嬢の目には壊れ果てた友情の証のアクセサリーが2つ机に置いてあった
それを見つけたその目は燃えるような怒りを宿していた