ざまぁヒロインは楽園を目指したい!
カルラの発言にその場は静まり返った
物音1つ立たないその場を動かしたのは、やはりフラーだった
「死んだとは?ちゃんと考えがあっての事なんだろう?俺はお前と過去に長い事一緒に居た人間だ。お前が簡単に生を手放すなんてありえない」
そう言い切ると、ハッとコリンが動き出す
ミハエルもデニムも祈る様にカルラへ視線を向ける
「あたりまえじゃん!」
そう言って大笑いすると、カルラは内容について語り出す
「私は何度も死んでる事実を思い出して考えたんだよね。要するに、断罪劇は大体行われるのが大筋で、私とミハエルは死ぬ事が多い。と言うか、私は基本的に死ぬ。女神は私の死を求めている」
グッとコリンと繋いでいる手に力が入る
カルラはその手を親指で優しく撫でる
「猿にしては珍しく冷静な判断だな」
「でしょ?だから、私は私を殺す事にした。世間的にね」
デニムはポカンとしながらカルラに声をかける
「世間的に?」
「うん」
「どういう事?」
「だから、この物語の舞台から『カルラ・ハイネリーク男爵令嬢』は途中で消えるの。存在を無くすのよ」
「えっ……それってつまり……」
「うん。私は死んだことにして、違う人間になって生き残るって事にしたのよ」
カラカラと笑いながら話すカルラを、ミハエルは苦い顔をして見つめる
家族思いで家族大好きな彼女のこの決断を、残された家族はどう思うのだろうか
想像しただけで胸が痛くなる
「……そんなの駄目だ!」
珍しく声を荒げたのはコリンだった
「カルラの家族はどうなるんだ?皆悲しむ。従業員だって戸惑うにきまってる!」
「そうだね」
「なら、カルラがカルラとして生き残る道を探すべきだ!」
「今までならそれで良かったかもしれない」
ハッキリとした声でカルラがコリンの言葉を遮った
動揺しまくるコリンを見ていて、ミハエルは異常なまでに冷静さを保っていた
「猿。それはどういうことだ?」
フラーが聞くと、カルラは力なく微笑みながら話始める
「恐らく、女神には時間が残されていない。そして、万策が尽きていると思う」
「それで?」
「要するにネタ切れで、今後の動きもこれ以上縋るものがなくなってきてるって事だよ」
「……その根拠は?」
「私が前世で書いた物語を参考にしているって事。実際、双子の案は私がネタ元で間違いないと思う」
その言葉を聞いて動いたのはミハエルだった
「俺からも良いか?」
「殿下?どうぞ」
「先程、女神が成長しているって言っていたな」
「そういう意見もありましたね」
「俺が思うに、タイムリープはあと1回も無いかもしれない」
「どういう事ですか?」
その場の視線は全てミハエルへと注がれる
ミハエルは微笑みを深めながら言葉をつづける
「私が女神に逢ったのは数回前の【バンシーの涙】で意識が混濁してた時の事だ。彼女は幼子の姿形をしていて、とてもじゃないが女神としては幼かった」
「……さっき容姿の様子を気にしていたのはそのせいですか?」
「ああ。そして、恐らく一番最近で会ったのはコリン。10代になっていたという事だからゴールは近いと考えられる。つまり、やり直しのタイムリミットが近いという事だ。女神が完全体になるのは近い」
ミハエルは視線をカルラへやる
当のカルラは軽く頷くと言葉をつなげる
「ミハエルの言う通り、女神の祝福と言えるタイムリープは数回も無いと私も思っている。だから1回1回死なない方法を試す事が大切だと思っている」
「……猿は何故そこまで確信を持っているんだ?」
「私の確信の理由はコリンかな」
そう言ってカルラは優しくコリンを見つめた後フラーへ再び視線を向ける
「今世のコリンは余りにも感情が育ちすぎてる。今までの女神の愛した孤独な皇子様ではないと思うの」
「成程。他は?」
「アリアとフラーとの関係も今までとは全く違い過ぎる。友愛の思いも強いし、ハッキリ言って今のアリアに政略結婚なんてできるのか怪しいと私は思っている」
「猿はお子様だな。アリアお嬢様を先頭にこの場のメンバーの多くは貴族の矜持を持っているんだぞ?言葉は考えて話せ」
「そうだね。そして、私とフラーもそうだよね?」
「……なんだと?」
「私達も昔ほど純粋に物事を捉える事がもうできない。つまり、タイムリープ分、転生分の【生】の影響で皆年齢以上に考え方が大人になっている。でもそれは女神も同じ」
不安なのだろう
先程からカルラとコリンを繋いだ手が何度も握り直されている
もしかしたら、過去の孤独を思い出しているのかもしれない
自分はさっさと死んでしまっていたから、彼の孤独を本当の意味で理解しきっていない事実を痛感する
「私の答えは簡単。断罪劇には付き合うよ。アレはきっと女神にとって大切なワンシーンだから。その後はアリアを人質にしてその場を逃走する。アリアには事前に協力をお願いする予定。逃走先は勿論コリンの母国にする予定。帝国へ着いたら、コリンの力で戸籍でも新しく用意してもらうよ」
「……それは今までの中でも上手くいかなかった内容に似ているけど勝算はあるのかい?」
「ミハエルの言う通り、今までもあったパターンだけど、アリアを巻き込むのは今回が初めてだよ。女神のお気に入りだからアリアは大怪我をする事は無いと思うし、新しいパターンを引き寄せられると思うんだよね」
コリンは悩んでいた
カルラの事を考えると、戸籍なんか簡単に用意できる
しかし、このままで本当に良いのか?
一緒に居たい思いが強すぎて冷静になれない自分が腹ただしかった
「……なら、猿よ。今後はどうするんだ?」
「最初の国王様の命令通り。男爵令嬢ごっこの再開でもしようかな?」
「……それはつまり、俺は巻き込まれるんだな?」
「うふふ。私ぃ頑張っちゃうよん!」
その言葉を聞いてデニスはギョッとしたが
それ以上にフラーが遠い目をしていたので場の空気が更に冷え込んだのは言うまでもなかった
結局、しばらくはフラーとカルラが2人で行動して第二皇子側の様子を探り
その間にミハイルは王城内の膿を出し切る
コリンは帝国にカルラの新しい戸籍やら住処の手配をする
デニスはアリアとコンタクトを取り、護衛兼友人としてポジションを確立する事になった
「次の会合は1ヵ月後だ。それまで各々頑張ってくれ」
ミハエルの声に皆が頷く
そして、カルラはもう一度コリンの手を強く握り直し教会の中の十字架を見つめたのだった