ざまぁヒロインはお菓子を味わいたい!
あっと言う間にその日はやって来た
キリオと2人で訪れた伯爵邸は想像を絶する程の大きさだった事はご想像するに容易いことだろう
「カルラ様……俺帰りたいです」
「奇遇ねキリオ。私も帰りたいわ。誰が怒られる為に態々相手の陣地へ行くって言うのかしら。てか、言葉遣いが不安だわ……ボロ出てない?」
「本当に気を付けてねカルラ。俺も気を付けるから」
「そうね。今日は頑張って男爵令嬢モードよ!オーホッホッホッホ!」
「……高笑いは止めようね」
「貴族ムズ!」
口の悪さ、育ちの悪さなど簡単に隠せるなどと思えないが家族のため、従業員のために頑張るしかない。
そう、心を改めて向った先の庭園の東屋には件のご令嬢が座っていた
“_____黒髪に吊り上がり気味の紫色の目、赤のイメージカラー”
彼女を見た瞬間、私は確信した
この世界が、前世の私の愛読書の1つであった大人気恋愛小説【マテリアルワールド】の世界なのだと
どうやら私は今流行りの転生物の物語の人間になっていたらしい
あの日、頭の中に流れた沢山の映像の中にあった記憶と幸か不幸か一致したのだった
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大人気恋愛小説【マテリアルワールド】
西洋風の中に日本の醤油ときび砂糖を垂らし込んで作った様な乙女な世界観満載の小説だ
剣だ、魔法だ、妖精だ、魔王だ何でもござれ
小説は人気を博し、最初は短編だったのにも関わらず連載し
その後は登場人物も増え
物語も大河ドラマ的に長くなり
結果『終わりそうで終わらない物語』としてファンの間でも話題となっていた
私が死ぬ間際でも絶賛連載中でボロボロになるまで何度も身悶えしながら本を読んだものだ
主人公の悪役令嬢はある日、高熱で倒れ生死の境を彷徨う
無事目覚めた後、自分の居る世界が乙女ゲームの世界であり
自分が転生者だと気が付く
前世の記憶を駆使して
ヒロインである恋敵の男爵令嬢と浮気者婚約者の皇太子、自分の兄や皇太子の取り巻きの悪事を暴き
最後の悪役令嬢を断罪するための卒業パーティーでヒロイン達を『ざまぁ』する物語
その過程の中には隣国の大国の皇太子との密やかな愛を育む様子や
裏切り者になるはずだった従者が悪役令嬢の懐刀になったりだとか
まぁ、悪役令嬢をピュアに愛し、フォローするイケメンもワンサカ出てくる
また、悪役令嬢は皇太子の婚約者だったので王妃教育は完璧で
社交界でも淑女の鏡と呼ばれていた
完璧すぎる令嬢に負い目を感じる皇太子は
ちょいとアホでエロなヒロインとの未来の為に暴走し
最終的にはヒロインと2人で国外追放されるのだが
その道中に何者かに暗殺される
お察しかもしれないが黒幕は、悪役令嬢を一途に思いサポートしてきた隣国の皇太子なのだけれど
悪役令嬢は2人が死んだことを知らず
2人の幸せを祈りながら隣国の皇太子との愛を育み
新たなライバルとのバトルや冒険を繰り広げていくのである
……そう、つまり目の前にいる黒髪のご令嬢は
小説【マテリアルワールド】の主人公で悪役令嬢のアリアローズ・キンドレッド伯爵令嬢で
対する私は物語の序盤で命を落とす『ざまぁ』ヒロインのカルラ・ハイネリーク男爵令嬢なのである
「なんてこった……死にたくないよ……」
「まだ、そこまで酷い失敗はしてないですよカルラ様」
「いやぁ……そもそも出会いが失敗なのよ」
「いやいや、巻き込まれてる俺はどうなるんですか」
「うぅ……強制力こわ」
「いい加減、コソコソ話すのはおやめなさい!」
テーブルに着いてからコソコソとキリオと話していたのが良くなかったのか
悪役令嬢ことアリアローズ様に注意される
「ひぃぃぃぃぃ!ごめんなさい!いや!申し訳ありません!!!」
土下座しようと立ち上がったらアリアローズ様に睨まれる
「いいから座りなさい!私が良いと言ったら良いのです!」
「は……はいぃぃぃぃぃ」
泣きそうになりながら着席する
キリオも困惑を隠せていない
我々はどこまで行っても平民なのだ
ポーカーフェイス等産まれてこの方一度も持ち合わせていない
「コホン。えぇっと、カルラ様?貴方はキリオ様でよろしいかしら?」
「滅相もございません。俺……いや、私はカルラ様の従者ですので呼び捨てで結構です」
「私も、成金の男爵令嬢なのでカルラでお願いします」
「………………」
凄い顔して固まっている
この方は今後、淑女の鏡と呼ばれる方なのに固まっている
何かまずい事をしたかとキリオと目配せしながら様子を伺っていると
耐えきれないといった感じで笑い声が聞こえる
「お嬢様。2人が脅えるのも無理ないですよ。恐いですもん」
「お黙りなさいフラー!」
真っ赤な顔をしてアリアローズ様は怒っていた
フラーと呼ばれた少年を見た瞬間、懐刀の従者だと気が付く
しかし、小説とは違ってアリアローズ様とフレンドリーなのに驚きを隠せない
「ほら、お嬢様。何て言いたかったんですか?」
「あの……あの……その……」
「ほら、お嬢様頑張れ!」
「分かっているわ!煩いわね!」
「ほら、その意気ですよ!」
「だから……その……」
どうしようとしか言えない空気である
私もキリオも勉強は得意ではないけれど
この後言われるであろう言葉に予測はつく
チラチラと視線を合わせるとキリオから念を感じ始める
いや、圧とも言えるだろう
「えっ?マジで言ってるのキリオ?格差エグイよ?」
「カルラ様!声に出てる!!!」
「「………………」」
「あ!」
チラリとアリアローズ様を見ると顔を真っ赤にさせて俯いている
フラーと呼ばれた従者は背中をさすっているようだ
ヤバい
ツンデレの弱ってる姿萌える
しかし……妙に心に余裕が出てくると目の前のケーキが食べたくなってきた
あのケーキはオレンジムースが乗ってるみたいだし
キリオの前のケーキはピスタチオを使ってるのかな?
テーブル中央のチョコレートも緑色だけど、もしかしたら今流行りのライムのチョコレートかもしれない
どれもこれも非常に気になる
けど、この空気を何とか打破しない限り食べる事は難しいだろう
私は一か八か挑んでみる事にした
「えぇっと。アリアローズ様は今日は貴族の嗜みについて私に助言する為に呼ばれたので宜しいですか?」
「……何の話かしら?」
「私の噂を耳にされて、それで興味を持たれたのですよね?」
「えぇそうね」
「私の振る舞いが到底貴族らしくないので、その事についてお話があったのでは?」
「……私はそんな積もりは全く無いわ」
心外だと言わんばかりに首を左右に振る
では答えはやはり1つの様だ
私は思い切って問いかけるこ事にする
「ならば、何故お呼びになられましたか?高位貴族のご令嬢に名指しされて此方は本音、何か粗相したかもしれないと気が気じゃないです」
「コラ!カルラ!」
「えっ……」
「ビックリしました?でも、私もビックリしましたよ?病み上がりで来いと言われたことも、呼びつけられた理由もお話頂けない事も」
「申し訳ございませんアリアローズ様。カルラ!」
「キリオ、どうせ私達には無理よ。だって平民だもの。アリアローズ様のご期待には応えられないわ」
「お前なぁ。ちょっと黙れ!」
「だってさぁ!」
私とキリオの口喧嘩が始まりそうになった瞬間「アハハハハ」とフラーが大きな声で笑った
横にいるアリアローズ様は呆然としている
すると、ギリギリ聞き取れるくらいの声で「ごめんなさい」と聞こえた
先に反応したのは慌てたキリオだった
「とんでもないです!カルラ!お前も謝れ!!!」
「はぁ~い。申し訳ございませんでした」
「カルラ!!!」
「ププププッ!」
堪え切れなくなったフラーがギャハギャハ言いながら腹を抱えた後
アリアローズ様に話しかける
「何時まで助けてもらうつもりですか?お嬢様の為に此処までしてくれてますよ?」
「私だって分かっているわ!」
「なら、なんて言うの?」
アリアローズ様は深呼吸して私とキリオを見つめる
そして、震える声でハッキリと言った
「誤解させてごめんなさい。私が今日この場に呼んだのは他でもないの。私とお友達になってくれないかしら?」
息を詰めて答えを待つ姿はまるで子鹿の様で可愛い以外の言葉が見当たらない
困った顔のキリオは私の出方を待っているようだ
コレは恐らく原作にない展開のはずだ
きっとバグな筈だと思われる
死にたくない私には千載一遇のチャンスかもしれない
どんな手を使っても生き残りたい私にとって
自己アピールする良い機会である
(前世の知識を使って絶対に生き残ってやる!平民舐めんなよ)
【THE・G PROJECT】開始である
ちなみにGは茶色のアイツの事だけど
気にしないで欲しい
「こちらこそよろしくお願いします。アリアローズ様」
「あっ……俺も良いんですかね?よろしくお願いいたします!」
ニンマリ笑って軽く頭を下げるとホッとした表情のアリアローズ様とフラーが居た
「あの~早速なんですけど、お腹が空いたので目の前のケーキ食べていいですか?」
「カ~ル~ラ~!」
「だって、美味しそうじゃん!しかも食べないと勿体無いしさぁ」
「アハハ!お嬢様のお友達なんですから遠慮なくどうぞ。紅茶に砂糖とミルクはいりますか?」
「フラーさんがいれてくれるの?」
「はい。私目の事はフラーで結構です」
「どっちも欲しいです。フラーありがとう!」
「フラーさん厚かましくてすいません」
「いえいえ。素直でいいですねぇ」
そんなやり取りに目を丸くしていたアリアローズ様を見ると
目から宝石みたいな涙を沢山流していた
声も出さずにポロポロと
驚いていると今日一番の笑顔で私達に言うのであった
「私の事はこれから『アリア』と呼んでくださいませ。よろしくね。フラー、キリオ、カルラ」
こうして、私達の秘密のお茶会は始まったのだが
後日、ヨハン兄様に「友達になった」と伝えても暫く信じてもらえなかった事は言うまでもない