ざまぁヒロインは友達になりたい!
前世の私はしがない日本のテレビ番組ADだった
しかも外注業者のだ
毎日ネタ出しとアポイントに忙殺される日々
会社に泊まり込むのは当たり前
雑用は勿論、掃除に上司やゲストの送り迎え
はたまた、プレゼントを買うために休日返上で高級店に並んだりもした
馬鹿みたいに飲み会へ行ってはお酌をし
「なんて時代錯誤だ」などと嘆きながらも安い給料を片手に夢を追い続けていた
同級生が次々と結婚、出産を経験していく中
いつかヒットを飛ばして代表作を作りたい……
という、ただ一つのモチベーションを胸に書き上げた企画書を直属の上司に見せると
「この企画書、テレビ局側に出したらOK貰えたから担当はお前で行くぞ!」
と言われた
苦節6年目の事である
ネット時代の波に圧されながらも
テレビの可能性を信じ、浮かれて過ごす事数か月
あらゆる準備をし、撮影当日演者やスポンサーと一緒にロケ現場にバスで向かっていた
企画書が通った時は夏と秋の境目ぐらいだったのだが
バスの中から見える景色は白銀の世界だった
「綺麗ね」と今回のゲストである人気急上昇中の女優が呟く
新しく始まるドラマの番宣で参加していて、共演俳優と毎度噂が絶えない恋多き女だ
クールなイメージの彼女の何気ない言葉が嬉しくてパッと見つめた瞬間
ゴゴゴゴゴッ……と大きな音がしてあっという間に暗転した
そう、私たちの乗るバスは不運にも雪崩に巻き込まれてそのまま崖に落下したのだ
享年28歳
耀晶(アカルアキラ)の人生はそこで終わりを告げた
目を開けていないのにグルグル回っている感覚がする
ということは、恐らくは目を開けるともっとグルグルするのだろう
そんな事を考えていると、頭の近くで話声がする
その声は段々と大きくなってきて、次第と自分の意識が浮上してきたことにも気が付く
「だから、急にご令嬢に話しかけられて頭が痛いって感じで手を当てて倒れたんです」
「人の顔見て急に倒れるなんて……そんなに目力強い娘さんだった?」
「旦那様、大口の取引先のご令嬢です。あちらもかなり動揺しているようですし、どうされます?」
「父上、取り合えず今日は一度お帰りになって頂いて、後日此方から謝罪に伺わせていただくのではいかがでしょうか?」
「うぅ~ん。そう言ったんだけど、ご令嬢が納得しないんだよなぁ」
「しかし、カルラがいつ目を覚ますのか分かりませんし……」
大勢の人の声が聞こえる。恐らくは父と兄、グレゴリーとキリオと言ったメンバーだろう
私が急に倒れたことにより何やら困ったことになっているらしい
目を覚ましたいのだが、瞼が重くて開かない
「取り合えず、顔だけは良いのですか愛想振りまいて説得してきてくださいよ。旦那様が今出来る1番の特技じゃないですか?」
「グレゴリーが冷たい……」
「兎に角、もう一度先方に挨拶に行きましょう。此処に居ても時間の無駄ですよ。父上」
「カルラ様が目を覚ましたら直ぐにお知らせします」
「うん。キリオお願いするね」
しょんぼりしながら部屋を去る父や兄達の気配を感じながら
再びウトウトし始める私を励ますように寄り添う人の気配に安堵する
左手が温かさに気が付いた時、私はまた深い眠りについた
「って、気が付いたらもぉ夜じゃん!しかも3日のたってるの!?!?!?」
次に目を覚ました時にはすっかり元気になっていた
まぁ、寝すぎた感は否まないが
頭の中はまだ幾らかは混乱はしているもの2度寝の効果か
前世の記憶はそのままに今の私と折り合いが付いている感覚がある
元々それ程深く物事を考え込む性格でもないのが良かったのかもしれない
まぁ……ちょっと気になることもあるのだけれども
しかし取り合えず、目の前の現状をどうしようかな……
「何時までも目を覚まさないから心配したよぉ」
兎みたいに目を真っ赤にして涙を流す父はうっとおしい事この上なかった
兄はドン引きし、キリオはバタバタと何やら動き回っていた
「旦那様、カルラ様が困ってますよ」
「あぁカルラの顔を見た瞬間気が緩んでしまって……頭は痛くないかい?」
グレゴリーに諭されて、スンスン言いながら漸く話始めた父に苦笑いしながら頷く
「また、頭が痛いときは遠慮せず言うんだよ。父様が直ぐに駆け付けるから!」
「父上、それよりご令嬢からの伝言を」
「えぇ~カルラは今目覚めたばかりなんだよ!急かすなんて可哀想じゃないか!!!」
「しかし、あちらは大口先のご令嬢です。カルラも我が家の一員ならその意味はしっかりと理解しているはずです」
ギロリと、兄に睨まれ
反射的に頷きまくる
3日寝込んでいた妹を前にしても、兄は通常運転のようだ
ご令嬢って……黒髪のあの女の子の事だろうか?
「カルラ……何て健気な!」
「お父さん、取り合えず話して。お兄ちゃんが恐いし」
「兄様な、あと言葉遣い」
「ヨハン兄様のお望み通りにして下さい」
命の危機を感じ、ジッと父を見つめる
ぶつくさ文句を言いながらも、父は私に真面目な顔をして言った
「カルラが倒れる前に出会ったご令嬢の事、覚えているかな?」
「黒い髪で紫色の目をした子の事ですか?」
「そうそう、名前をアリアローズ・キンドレッド伯爵令嬢と言うんだけど……」
「高位貴族の方でしたか……。なんか納得かも」
「うん。そうなんだけど……ちょっと困ったことになっててね」
「困ったこと?何でしょう?」
「うん……そのご令嬢がカルラの話を何処かで聞きつけたらしいのだよ」
「私の話?」
はて?何の事だと疑問符が浮かぶ
チラリとキリオを見ると、困った顔をされる
「お前の話は領内ではそれなりに有名だからね。勝手に貿易船に乗り込んで何日も船旅をしたとか、他国の子供と仲良くなって10歳にしては外国語が幾つかできるとか、家業の手伝いで習った計算を領内の孤児院で教えているとか……まぁキリがないわけだよ」
「……それって変わったことですの?」
「一般的では無いね。(うちの)(男爵※同じことの繰り返しなのでどちらか一つ)領内で周知されているだけだろうと甘く見すぎていた感は否めないかな」
「甘すぎですよ。慎重に動けと何度も注意しただろうが。バカルラ」
兄の機嫌の悪い理由はコレかと気付く
キリオもグレゴリーに怒られたのだろう
でも、それが何なのだろう?
エキセントリックな人間に由緒正しい血筋のご令嬢が気に掛ける理由が見当たらない
「カルラ……ご令嬢自ら出向いてお前を指名したんだぞ。意味が分かるか?」
「兄様……残念ながら意味が分かりません。関わりたくないなら分かるのですが……」
ハァっと、大きく溜息をつかれ
兄の背中から禍々しいものを感じ取る
父は困ったように笑いながら続ける
「要するに、ご令嬢が一度カルラと話がしたいそうなんだ。出来れば2人でと言われている」
「2人で?何故?」
「あぁ~やっぱりバカ!呼び出しだよ!呼び出し!」
「ん?何で?」
「元々平民でも、我が家は今は貴族なんだぞ!?お前の行動はそれに見合ってるのか!?」
「貴族のご令嬢は貿易船で冒険しないのですか?」
「するわけないだろう!!!」
兄の血管がキレそうだ
やばいやばい
アタフタしていると父が頭を優しく撫でながら続ける
「まぁ怒られる可能性は高いけど、これも勉強と思って一度会って話を聞いてみてくれないかい?大切な取引先のご令嬢でもあるんだよ。病み上がりにごめんね」
「……友達にはなれないかしら?」
「お前の頭は鳥なのか?」
こうして、私は1週間後に噂のアリアローズ・キンドレッド伯爵令嬢と会うことになった
ただ、やはり周りが心配してお供にキリオを付けることになったのが解せない
(確かめたい事もあったし、丁度いいかもしれない)
心の中でそう思いながら
来る日の為に付け焼刃で礼儀作法を身につけたのは言うまでもない