告白のやり方
さくっと読める短編恋愛小説。
ちょっとおかしな恋愛感。
「好き好き大好き超愛してる」
隣に立ってそう告げると、蒔田さんは腰をかがめたままの姿勢でこちらを見上げた。
「ありますか?」
言葉をつなげる。彼は冷静に背筋をのばし、
「舞城王太郎さんの小説ですね。こちらです」
焦ることなく文庫の棚へ案内してくれた。
「ありがとうございます」
目的を果たした彼は軽く会釈をして、元いた場所へ戻っていった。
今日もグリーンのエプロンがよく似合っている。彼が作業を再開したのを見届けて、私は文庫をしっかりと胸に抱いたままレジへ向かった。
翌日も、蒔田さんは出勤していた。本屋が開店する午前十時から午後六時頃までが勤務時間のようだ。
彼はあまりレジには立たない。それよりも、棚の整理をしたり、在庫のチェックをしていることが多く、バックヤードから出てこなくなることもある。
彼はすべての本の場所を把握しているのだろう。長い期間ここで働いている店員より、検索機にかけるより、彼に聞いたほうがはやいのは間違いない。だから、探している本について彼に声をかけるのだ。やましい気持ちは、もちろんあるけれど。
尋ねた本はきちんと購入しているし、迷惑なことはしていないと思う。たぶん。
働く彼に声をかけるようになったのは、三ヶ月くらい前からだ。
なんとしてでも話をしたかったのだが、本屋の店員と客の関係では、できる会話に限界があった。毎日足繁く本屋に通っていたとしても、カフェや飲み屋じゃあるまいし、気軽に声を掛けることはできない。それに彼は過度なコミュニケーションを好むようなタイプの人間ではなさそうなので、変に話しかけても嫌われて避けられてしまう可能性があった。
なので私にはこの方法しかなかったのだ。
「わたし恋をしている。」
しゃがんでいる蒔田さんのそばに寄って呟くと、彼は弾けるようにすばやく顔をあげた。黒縁メガネの奥に見える目には、あきらかに戸惑いの色が浮かんでいた。
「えっと、なんでしょう?」
「わたし恋をしている。」もう一度、意地悪く呟いて、一呼吸あけてから「置いてますか?」と微笑んだ。
あぁ、と安心したように顔をほころばせた蒔田さんは、いつものクールな態度からは想像ができないくらいに子供っぽくみえた。
「益田ミリさんの小説ですね。こちらです」
正直、正確な場所まで把握しているとは思っていなかったので、今度はこちらが驚く番だった。彼は迷いなく本棚の間を闊歩し、客と客の間を縫うように抜けていき、時々、私がついてきているかを横目で確認してくれた。
エプロンの後ろで結われた、不細工な形のリボン。ほんのわずかに跳ねた襟足。履き古してかかとのすり減った靴。
数歩後ろから彼についていきながら、あぁ、やっぱりすきだなぁと実感して胸が苦しくなった。ここで働いているということ以外、彼のことはなにもしらないのに、彼のなにがそんなにいいのか、自分でもうまく説明はできないのだけれど、あの後ろ姿を眺めるのはとてもいい感覚だった。頬が緩んでしまうのを堪えるのに苦労した。
案内を終えるまでたった数秒だったけれど、たしかに彼と私はともに目的の場所を目指したのだ。今までただ見ていることしかできなかった私にとって、これは大きな一歩だった。私は気持ちを伝える手段を得ることができた。
「片思い」
「いとしい」
「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う」
二度目以降、蒔田さんはあまり驚かなくなった。とはいえ、私のほうは毎回心臓がいたくなるくらい緊張する。
それもそのはず、私は毎回本を介して告白をしているのだ。
彼はあくまで店員として行動しているだけで、必要以上に話しかけてくることもない。
とはいえ、いつ会話をするシチュエーションが訪れるともわからないから、きちんと返事ができるように想像だけは済ませておく。
「恋愛小説、お好きなんですね」と聞かれるとする。
「はい、最近ハマっていて。店員さんは(ネームプレートを見てすでに名前を知っていることは伏せる)どんな本が好きですか?」
「僕はSFですね(あくまでイメージである)」
「へぇ、私、SFには詳しくないの。よかったらなにかお勧めしてもらえますか?」
こうやって交流を深め、何気ない日常会話なんかもしていく想像なら、もう何百回とした。
しかし、そんな日がくることはなかった。
私の気持ちが届いているかすらわからないけれど、私はただひたすら気持ちのこもった本のタイトルを伝え、彼は本の在り処を教えてくれる。それ以上になることはないのだ。
この本屋でいったい何冊の本を買ったのだろう。自宅の本棚はとっくの昔にいっぱいになり、読書時間が追いつかなくなった。もともと本は好きだったけれど、これも全部蒔田さんのせいだ。蒔田さんが現れてから、私はすこしおかしくなった。蒔田さんが清潔そうな白い指をうごかして、丁寧に本を本棚に納めていくのをみるだけで、どの本も以前よりずっと愛おしくなった。
他の店員ともほとんど会話をせず、ただ黙々と本だけをみつめる蒔田さん。その姿をみつめる私。
この関係はずっと続くのだろうと思っていた。
「恋愛中毒」
いつものように私が呟くと、蒔田さんはなにも言わずに小さく頷いて歩きだした。
慌ててあとを追う。なんだろう、いつもと違う。日常が崩れるこのいつもと違う雰囲気は私を不安にさせる。
本棚の前につき、彼が文庫を渡してくれた。卒業証書みたいに両手で渡してくるので、私も両手で受け取る。
私の手に載せられたのは「恋愛中毒」とは違う本だった。
「春にして君を離れ」
アガサクリスティの小説だ。私ははっと顔をあげた。
「僕、来週から関西の書店に移動になりました」
蒔田さんは静かに頭をさげる。「今まで、お世話になりました」
周囲の音が一瞬、すべて途切れた。彼の右巻きのつむじをはじめてみて、愛おしいと思ったらふわっと目元が熱くなった。
あくまで店員の距離を保ちながら、彼なりに精一杯、気持ちに答えてくれたのだ。まさか私のやり方に気づいてくれているとは思ってはいなかった。どうやったって、返事などもらえるはずがないと思っていた。
まさかその答えが、別れの挨拶になるとは思わなかったけれど。
私は姿勢を戻した蒔田さんの瞳をまっすぐにみつめる。
「もう一冊、探してもらってもいいですか?」
私も自分の言葉をタイトルにのせて返すことしかできない。
「サヨナライツカ」
今後も短編の恋愛小説をガンガンあげていきます!
よろしくお願いします。