表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

豚の丸焼き

作者: おぐら小町

【ホロコースト】と言う言葉をご存知だろうか?


この言葉を聞けば大概の人間が、第二次世界対戦中の国家社会主義ドイツ労働者党率いるナチス・ドイツが行った大量虐殺を思い浮かべるだろう。


私もそうだ。


だが【ホロコースト】の語源を掘り下げると、元来は、古代ユダヤ教の祭事に用いられた【獣の丸焼き】に由来する。

それがやがて殉教者の意味合いを持ち、転じて火災による破壊・犠牲を指す様になったのだ。


つまり、本来の意味合いは【大量虐殺ジェノサイド】では無い。


その【言葉】とユダヤ人虐殺を結びつけたのは、1978年アメリカで放映されたテレビドラマ【ホロコースト】がきっかけだ。


テレビから流されるナチスの非道を綴った映像…それを当時の人々は視聴した。


【音声つき映像】の影響力は計り知れない。

それは目と耳を支配し、否応なしに脳に【言葉】と【歴史】を結びつけ刷り込む。


これによって本来は宗教的な語源である筈の【ホロコースト】がユダヤ人大量虐殺を意味するものにすり替えられたのだ。


さて…


話を変えよう。


今私は【駅】に向かっている。


この【駅】は私にとって終着点であり、解放の場でもある。

私は長きに渡り、考え、悩み、苦しんだ。


時間は無情だ。

それは唯々流れ過ぎ、人を堕落させては老いさせる。

時は金なりとはよく言ったもの…

いくら大金をはたこうが、過ぎ去りし時間も、若さも、情熱さえも戻りはしない…

あの時、ああしていれば…

この時、ああしていれば…

悔いるばかりで取り戻す事叶わず、諦めと言う名の【死】が迫る。



………また話を変えよう。



畜産に関わった事が無い人はあまり知らない事実なのだが、実は私達が普段食べている【豚肉】の豚の雄は生後一週間以内に【去勢】される。


去勢の方法はいたって単純だ。

鋭利な刃物で切開し、睾丸を取り出した後、一気に引き抜き切除する。


麻酔は一切無しだ。


この時の子豚達の悲鳴と言ったら…何と言うか…

一度聞くと…脳細胞にこびりついたかの様に離れてはくれない。


私は以前、農業高校に通っていた時に、授業と称した残忍な去勢手術を請け負う事になった。


けたたましく悲痛な子豚達の悲鳴…


その場の空気を震わせ、助けを呼ぶ声…


あれは今でもトラウマだ。


もう二度聞きたくないと思っていた声を、私はつい数ヶ月前に耳にした。


その叫び声は、私の中にある前世の記憶を呼び覚まし、私が【誰】であるかを思い出させる。













私が誰かって?


私は日本で生まれ、日本で育ち、日本の学校に通い、極々普通の生活を営んでいた普通のサラリーマンだ。


ある日私は営業に向かう途中、トラックにひかれ【人間】としての生を終えた。


そして転生し……【豚】として生まれ変わった。


今日は皮肉にもトラックに乗せられ、食肉工場に向かう所だ。


ここが私の【豚】としての生涯の【終着駅】になる。


幸いな事と言えばメスに生まれて来た事ぐらいで、後はニートの様な堕落した食っては寝る生活だったが…


だが、それも今日で終わる。


今日が私の命日だ。


私達、豚にとってはこの工場が【ホロコースト】に等しい。


前世の授業で学んだ、ユダヤ人達は一体何を思い、何を考え、何を悔やみ、何を悲しんだのだろう?


私は今、虚無に支配されている。


前世の記憶を取り戻した当初は、運命に足掻き、苦しみ、何としても脱け出そうと必死だったが……それも今となってはどうでもいい。


家畜風情が英知輝かしい人間様に敵うわけなく…私の努力はことごとくじかれ、心を何度も折られ……遂に私は諦めるに至る………








もう一度言う。


時間は無情だ。

それは唯々流れ過ぎ、【豚】を堕落させては【思考】を老いさせた。

時は金なりとはよく言ったもの…

しかし、豚に金など不要だ。

あったとしても、過ぎ去りし時間も、若さも、情熱さえも戻りはしない…



もし、人間としての人生をやり直せるのであれば、真っ先に【豚】の保護を訴えるだろう。


さて…


無駄話は終わりだ。


トラックから私達は降ろされ、建物の奥へと招かれる。


私達ぶたたちの終着駅。


今、ここにたどり着く……


これから……人間の胃を満たす為の、尊い殉教が待っている……



最後に一つ…言わせて欲しい……














あんたが食べてる、その豚肉……









それは【誰】の肉?









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ