第3章 第6話 夏の到来
〇きらら
「テスト前に呼び出してごめんね」
環奈さんたちとごはんに行った翌日の放課後。自分たちバレー部員はコーチである小内未来さんに集められていました。
「いや気にしなくていいッスよ。うちのテストそんなに難しくないんで」
部室の床にそのまま座りながら現部長の一ノ瀬朝陽さんが笑います。
花美高校は学生が少ない割には敷地は広く、部室もそれなりの大きさです。部室棟の二階の真ん中。そこが花美高校女子バレーボール部の部室です。
普通の教室の半分ほどの広さの部室には誰が持ってきたのかわからないような古い雑誌やポスターが散らかっており、とても床に座りたいとは思えません。滞在時間は少なく、着替えやミーティングくらいでしか使わないので誰も掃除する気はないようです。
「そう。そのテスト絡みの話よ。大事な話だからメモしておいて」
誰かの落書きが残ったままのホワイトボードの前のパイプ椅子に座りながら小内さんは脚を組みます。夏らしくミニスカートなので少し際どいです。別に見えてもなんとも思わないのですが。
「まずは来たる春高予選の話から」
小内さんがその名を口にした瞬間空気がひりつきます。
三年生にとって最後の試合。それが一月半後から始まります。
「試合の日程は知ってると思うけど、日数以上に時間はないわ。テスト期間があるからね」
テスト、という単語が出るたびに隣に立っている新世珠緒さんがビクつきます。どれだけ余裕ないのでしょうか。
「そして高校のテストが終わる辺りから大学でテストが始まる。だからあーしが参加できるのは八月初めからになるわ」
小内さんは大人ではなく、普通の大学生。自分たちと同じように試験が待っています。そうなると全員で練習できるのは約半月……。
いえ、それでも全員ではありません。
日向さんが来ないのですから。
今日も日向さんだけ不参加です。受験がある胡桃さんですら来ているというのに。
「あーしはしばらく来れないから大事な話は早めにしておこうと思ったの」
そう言うと小内さんは立ち上がり、ホワイトボードに書き込むためマーカーを探します。しかし見当たらなかったようで、立ったまま話を続けました。
「春高予選の試合表が出たわ。一回戦目の相手は日回高校。軽く調べてみた感じ、毎回一、二回戦負けの弱小校。つまり格上よ」
弱小校と言われながら格上というのも変な気がしますが、紛れもない事実です。花美高校は毎回一回戦負け。最近は一度も勝っていないようです。
「それにとある事情で今年はかなり気合いが入ってるらしいわ。油断してると一瞬で負けるから覚悟しておいて」
日回高校……聞いたことはありませんが要注意ですね。メモに書き加えておきます。
「そしてそれに勝つことができたら、二回戦。これに勝てば九月に行われる二次予選に進むことができる。うちにシードはないからどこが来るかはまだわからないけど、十中八九ここで決まりよ。古豪、藍根女学院」
「藍根っ!?」
思わず声を上げてしまいました。だってそこって『金断の伍』である深沢雷菜さん、木葉織華さんがいる高校です。
「まじですの……」
「はぁ……めんどくさ」
自分に続き、珠緒さんと環奈さんが苦々しい顔をします。それほど強い学校なのでしょうか。
「でも自分たちは練習試合とはいえ優勝候補の紗茎を倒しましたっ。なんとかなるはずですっ!」
いくら強いとは言ってもさすがにあの紗茎ほどではないでしょう。だったら戦えると思うのですが、小内さんの表情は暗いです。
「その条件なら向こうも同じよ」
「同じってどういう……?」
「つまり、藍根も紗茎を倒してるってこと。それも先月のインハイ予選でね」
インハイ予選で紗茎を倒した……。ってことは、まさか!
「県内二強の一角にして、インハイ予選優勝校。それが藍根女学院よ」
……! 思わず絶句してしまいます。確か双蜂天音さんはストレート負けをしていたと言っていました。いくら流火さんが欠けていたと言っても、自分たちが手も足も出なかった紗茎相手に一セットも渡さずに勝つなんて……尋常じゃありません。
「おまけにメンバーは『金断の伍』が二人。『銀遊の参』が一人。あとなんだっけ、現高三のトップ三……トリ……」
「……クイーントリニティ」
「そうそうそれそれ。キャプテンはその内の一人らしい。つまりレギュラーの質では紗茎に勝るとも劣らないわ」
胡桃さんに補足してもらいながら説明を加える小内さん。もうわけがわかりませんが、とにかくやばいことだけは伝わりました。
「あんま気にすんな」
すっかり雰囲気が暗くなっていると、朝陽さんが馬鹿みたいに明るい声で笑いました。
「うちらにとってはどこが来たって格上。前にも言った通り一戦一戦勝つことに変わりはないんだ。何の心配もいらないよ」
「そうね」
朝陽さんの全てをぶん投げた発言に小内さんも乗っかります。
「状況が悪いのは今に始まったことじゃない。それに練習試合だとしても紗茎に勝ったのは事実。絶対に勝てないということは絶対ないわ」
「…………」
確かに朝陽さんや小内さんの言うことはもっともです。確かにその通りなのですが……それでも完全に不安を拭うことはできません。その空気を察した小内さんはさらに付け足します。
「それでも現時点で勝ちの目が薄いのは事実。そこで短時間で急速にレベルアップするわよ」
「そんなことできたら苦労しませんわよ……」
珠緒さんが当然の愚痴をこぼしますが、小内さんはドヤ顔で笑っています。
「ふっふっふ……あるのよそれがっ!」
バン、とホワイトボードを叩き、小内さんが叫びます。
天国と地獄。どちらのイメージも持ち合わせるあの言葉を。
「合宿よっ!」
「おおっ」
「そして場所は海よっ!」
「おおっ!」
「つまり、ビーチバレーよっ!」
「おお……ぉ?」
途中まですごく盛り上がっていましたが……え?
「あなたたちに、ビーチバレーをやってもらうわ」




