第3章 第4話 交差
「うぅ……もうおなかいっぱいです……」
四枚ものパンケーキとドリンクをほとんど一人で食べ終わり、自分はナプキンで口を拭きます。まだまだおなかがすいていたらしい風美さんに手伝ってもらったのですが、さすがに二人前の量を食べるのはしんどかったです。
「環奈さん、キーホルダーいりますか?」
自分が頼んだセットにはバレーボールのマスコットキャラクターキーホルダーが二つ付いてきます。一人で二つ持っていても仕方ないのでそう提案したのですが、
「ううん……あたしはいい……」
やはり真っ赤な顔を横に振り断られてしまいました。仕方ないので二つとももらってしまいましょう。
「ねー、まだ食べ終わらないのー?」
口を拭いたナプキンを新しいナプキンで包んでいると、木葉さんが膝の上の深沢さんに何の遠慮もなく文句を垂れました。
「……ちょっと待っていてください。見ればわかるでしょう」
深沢さんは体格と同じくお口もちっちゃいので、まだパフェの三分の二ほどしか食べられていません。ほとんど同じ身長の環奈さんは食べ終わっているのですが、それは環奈さんが早いのではなく、深沢さんが一口食べるごとに幸せそうに顔をほころばせているからです。……口調は大人びていますが、こう見ると完全に小学五年生ですね。かわいらしいです。
「あれ、かんちゃんときららんだ」
微笑ましく深沢さんを眺めていると、自分たちを呼ぶ声が聞こえました。もちろん本名は違います。これはあだ名です。しかもこの呼び方をするのはお一人だけ。
「日向さんっ」
見てみると、ウェイトレス姿の日向さんがテーブルの横で手を振っていました。
「やっほー、きららん。それに……飛龍さんと蝶野さんだっけ」
「この人だれー?」
自分の横の木葉さんが訊ねてきます。でもその顔は完全に興味なさげ。身長がそこまで高くないからでしょうか。
「二年生の外川日向さんです。ポ……それよりどうしてここにいるんですか?」
「ん? ここひーのバイト先」
あぶないあぶないです。思わずポジションまで紹介しそうになってしまいました。なんとか見ればわかることに話を逸らしましたが、油断は禁物です。バレーの話に行かないようにさらに遠ざけなくては。
「試験前なのにバイトなんてしてて大丈夫なんですか?」
「うん。ひー、そこそこ成績いいし、花美のテストなんて勉強しなくてもある程度できるしね」
そうなんですよね。どうして珠緒さんはできないのでしょうか。謎です。
「そんなことよりー」
日向さんは屈み、なぜかずっと俯いて黙っている環奈さんを覗き込みます。
「……余計なこと言わないでくださいね」
「余計なことってなにかな? ひー、全然わかんないや」
環奈さんは冷や汗をだらだらと垂らしながら気まずそうにしています。ここに来てから様子がおかしいことになにか関係があるのでしょうか。
「ほら、雷菜もう食べ終わったでしょ? もう行くよ」
そして環奈さんは目ざとく深沢さんの状況を確認し、さっさと会計に向かってしまいました。
「んー、やっぱおもしろいなー、かんちゃんは」
その様子に日向さんは満足げです。ほんとなにがあったのでしょうか。
「それではまた試験後に」
自分も環奈さんの後を追うために日向さんに挨拶します。しかし日向さんは応えてくれず、気まずそうに頬をかきます。
「あー。ひー、夏休み結構バイト入れちゃってさー。しばらく部活行けないかも」
八月の真ん中辺りから春高の予選が始まります。
三年生の胡桃さんと朝陽さんにとって、最後の試合が。
それなのに……。
「そう……ですか……」
でも自分に責める資格はありません。自分は後輩ですし、そもそも強制できることではありません。部活にどれだけ熱を入れるかは個人の自由ですから。
「では自分はこれで……」
「うん。……ごめんね」
でも。それでも部活には来てほしいと思いました。
だってやっぱり毎日部活に来ている梨々花さんがレギュラーではないのに、日向さんが試合に出られるのはおかしいと思うから。
「大変ですね、花美も」
日向さんに別れを告げて会計へと向かうと、深沢さんがなにか思うところがあるような感じで隣に並びました。
「いえ……これが自分たちの学校ですから」
多かれ少なかれ部活にはなにかしらのトラブルがつきものです。紗茎だってボイコット騒動がありましたし、きっと藍根にもなにかあるのでしょう。
それでも仕方ないのです。
自分がこの学校を。この部活を。
花美高校女子バレーボール部を選んだのですから。




