第3章 第3話 ヘルプミー珠緒さん
「そういえばさー、流火ちゃんの腕ってもう大丈夫なのー?」
「んー。日常生活では問題ないかな。でもこの前の練習試合でまた少し痛めちゃった」
「それは大変ね。ところで環奈さんの学校に負けたらしいじゃない。敗因の分析は済んだのかしら? 蝶野さん」
「ぅぇっ!? ん、んーやっぱりあれかな……。おの……」
「紗茎のメンバーが六人だったからだよ。最初から流火が出てたら普通に負けてたんじゃないかな」
気まずいです。
とっても気まずいです。
ここまでくれば、今日の会の目的が自分にもわかりました。
八月から始まる、今年度最後の公式戦、春の高校バレー。その予選に向け、それぞれのチームの現状を探るつもりなのでしょう。全員普通に話しているように見えますが、会話の節々に緊張感が滲み出ています。
おそらく自分を呼んだのもそのためでしょう。自分の身長は百八十五センチ。初心者とはいえかなりの脅威のはずです。知っておいて損はない。
「きららちゃん的にはどうだったの? この前の紗茎との練習試合」
「ぅうっ!? そ、そうですねー……」
いけません、ボロを出してはいけないと黙っていましたが、木葉さんに話しかけられてしまいました。
「や、やっぱりみなさんうまかったです……自分なんてまだまだでしたよ……? それより藍根は……」
「あははっ! やめた方がいいって! きららちゃん頭悪そうだしこういう騙し合い苦手でしょ?」
なんとか話題を逸らそうとしましたが、木葉さんの大きな笑い声にかき消されてしまいました。そして思わずかちんときてしまう悪口。風美さんはナチュラルに時々口が悪いですが、木葉さんは意図的に罵倒して自分の冷静さを奪おうとしているのでしょう。やっぱりこの人、苦手です。
「じ、自分は学年一位なんですよ?」
でも馬鹿にされたままは悔しいです。これだけは言っておかないと……!
「でも花美って頭悪かったよね? そんなこと自慢されても滑稽にしか映らないけど?」
うぅ、以前自分で言ったことがそのまま返ってきました。なにも言えません。
藍根女学院といえば県内でも有数の進学校であり、お嬢様学校。確か全寮制で文武両道を地で行くお手本のような学校です。紗茎も普通に入ろうとしたら中々難しいですし、完全に負けた気分です。
「それよりきららちゃんのことだよ。実際のとこどうだったのー?」
しかも話題を戻されてしまいました。実際のところと言っても自分の実力がまだまだなのは事実です。
でも……ここは警戒させておいた方がいいのでしょうか……? 自分に視線が集まれば他の方が打ちやすくなるでしょうし……。
でもでも! いざ試合となったら油断しておいてもらった方がいいに決まってます!
うぅ……どうしましょう……。
そうだ! 今ここには環奈さんがいます! 環奈さんに助けを求めましょうっ!
「か、環奈さんは自分のことどう思いますかっ!? 強豪校相手に通じてましたかっ!?」
そう言って、自分の膝に座っている環奈さんに話を振りました。
「まぁそこそこいけてるんじゃない?」
環奈さんの答えはかなり曖昧なもの。どちらともとれるような周りを惑わすものでした。きっと環奈さんも動き方を迷っているのでしょう。
「そこそこ……ね。そこそこ程度で紗茎に勝てるとは思えませんが」
不信感を露わにした表情で深沢さんは自分たちに目をやります。木葉さんの膝の上で。
そう。ここは四人席。店内は混み合っていて他の席に移ることはできません。
そこで苦肉の策として選んだのは、背の低い人たちが膝の上に乗る作戦。環奈さんが自分の上に、深沢さんが木葉さんの上に乗っています。
二人はその待遇に不満気ですが、どうしようもないのでむすーっとした顔でおとなしくしています。
「ね、ねぇ……わたしも流火ちゃんの上、乗ってもいいかな……?」
「え? 殺す気?」
「ぅぅぇっ!」
隣同士に座っていた風美さんが流火さんに頼み込んだが一蹴どころか一息に殺されてしまいました。
「ぅう……やっぱりもっとダイエットした方がいいのかなぁ……?」
切り捨てられた風美さんはうらめしそうに自分のおなかをつまんでそう漏らします。確かに風美さんは痩せてはいないかもしれませんが、その体重があのパワーを生み出しているのでなんとも言い難いです。
「大丈夫だよ、風美」
少し心配になっていると、流火さんが風美さんの耳元に唇を近づけました。そしてふっ、と一息。
「そんな風美が私は大好きだから」
「ふわぁっ、流火ちゃんっ、しゅきぃっ」
そう告げられたことで一瞬で風美さんが復活しました。びっくりするほどちょろいです。
「そんなことよりそろそろ注文しようよ。何がいい?」
悦びに悶えている風美さんをそんなこと呼びし、流火さんはメニューを広げます。大きな紙の中にはどれも目移りしてしまうようなおいしそうなスイーツばかり。でも特に目を引くのが一つ。
「自分、この『ラブラブ! あなたのことが大好きなのセット』ってやつがいいですっ!」
「ふぇあっ」
一際大きく載っているパンケーキを指差すと、突然膝の上の環奈さんが変な声を上げました。
「……どうしました?」
「う……ううん、なんでもない……」
なぜか環奈さんは顔を真っ赤にして俯いてしまっています。以前なにかあったのでしょうか?
「スポーツのキャラのキーホルダーもらえるんだね、かわいー」
この『ラブラブ! あなたのことが大好きなのセット』には生クリームがたっぷりと盛られているパンケーキと、ハート型のストローが付いたドリンクが付いてくるようです。そしてなにより、色々なスポーツに対応したマスコットキャラのキーホルダーが付いてくるのが魅力的です。バレーボールはボール型のマスコット。どこか見覚えがありますが、とってもかわいいです。
「私もそれにしようかな」
「る、流火ちゃん、わたっ、わたしといっしょにっ」
「うん、いいよ」
カップルセットなので一つで二人分になるようで、流火さんと風美さんで一つ注文するようです。
「環奈さん、一緒に食べませんか?」
そうなると自分一人では困ってしまいます。なので環奈さんをお誘いしたのですが、
「い、いや、あたしは……いらない……」
すごくしどろもどろな様子で断られてしまいました。なぜでしょう。
「織華もいらないかなー。ずっとバレーと一緒なんて気持ち悪いもん」
「私も遠慮します。キーホルダーなんていらないので」
どうやら深沢さんと木葉さんも一緒に注文してはくれないようです。弱りましたね……。
「私に任せて、きらら」
仕方ないので別メニューを選んでいると、流火さんがそう言って注文ボタンを押しました。
「このカップル専用メニューを二つお願いします」
そしてやってきた店員さんにそう告げます。
「どのお客様の注文でしょうか?」
「私と、この二人です」
流火さんは自分と風美さんを指しましたが、店員さんは困った顔を見せます。
「こちらはカップル専用となりますのでお二人ずつとなりますが……」
「大丈夫です」
店員さんの当然の言葉に流火さんはキメ顔を作ると、こう言いました。
「どっちも私の女なので」
「しゅきぃっ」
流火さんに腰に手を回され、風美さんは断末魔のような声を上げソファーに倒れてしまいました。自分からしてみればなに言ってるんですかこの人なのですが、なぜかそれで注文が通ったようです。それでいいんですか、このお店。
「織華はチョコパフェをおねがいしまーす」
「あたしもそれを一つ」
環奈さんと木葉さんも注文を終え、残りは深沢さん一人です。
「困りましたね。甘いものが苦手だというのにメニューにはスイーツしかないわ」
……なぜか深沢さんが突然とんちんかんなことを言い出しました。
「なら仕方ありませんね。スイーツは本当に、ほんっとうに苦手なのですが、注文しないわけにはいきません。この、『ホイップたっぷり! あまあまイチゴパフェ』を一つお願いします」
すごく言い訳じみた注文をし、深沢さんは満足そうに笑みを浮かべました。さっきまでクールな表情をしていたのに、今は顔相応の子どものようです。
「雷菜ちゃんってほんとはあまいものだーいすきなのにかっこつけたがるんだよねー」
「失礼なことを言うのはやめて。本当に甘いものが苦手なのよ」
木葉さんにほっぺをむにゅむにゅされながら、深沢さんは澄ました顔を見せます。
「うそだー。好きなものも嫌いなものも全部おこちゃまなくせにー」
「そうだね。胸もずっと子どものままだし、もっと栄養あるもの食べなきゃだめだよ?」
なんでしょう、さっきまでどこかピリピリしていましたが、今はとても朗らかで楽しいです。この空気なら自分も気を張らなくてよさそうですね。
「そうだ、今度花美と藍根で練習試合やろうよ。いつなら空いてるー?」
「練習試合の予定なんてないのでいつでもだいじょ……はっ!」
しまったです! 油断して余計なことを口走ってしまいましたっ!
「へー。練習試合、ないんだー」
恐る恐る隣を見ると、木葉さんがニヤリと口角を上げていました。
「は、はめましたね……!」
「はめたなんて人聞き悪いなー。ただの世間話だよー」
「ま、織華に練習試合を決める権限なんてないんだけどねー」と木葉さんは楽しそうに笑います。ど、どうしましょう……これで試合経験の少なさが露呈してしまいました……!
「まだ周知されてないだけで練習試合の予定はあるよ。小内さんが色々動いてるみたいだし」
か、環奈さん! ナイスフォローです!
「そう。小内さんがコーチになったのね」
「あぁぁっ!」
か、環奈さん! フォローのつもりがさらに情報を与えてしまいました! 小内さんはみなさんと同じ紗茎学園出身なのでどういう練習をしているかばれてしまったかもしれませんっ!
「こ、小内さんって言ってもみんなが知ってる小内さんじゃないからね……?」
「水空さんのようなずっと一軍の人が小内さんを知っているわけないでしょう。もう答え合わせしているようなものよ」
「ぁうぅ……」
や、やられました……! さすがは名門藍根女学院……とても厄介です……!
「……実は流火の腕、ほとんど完治してるんだよね……」
「環奈ぁっ!?」
うわ、当てつけとばかりに環奈さんが流火さんの情報を流しました。やることが小物くさいです。
「そっちがそのつもりならいいよ。花美はね……!」
「いいのかなっ!? こっちは天音ちゃんのあの情報を持ってるんだよっ!? 先輩の恥ずかしい過去を漏らされたくないなら黙ってるんだねっ!」
「花美で一番厄介なのは二年の小野塚梨々花さんっ!」
「うわ、言いやがったねっ! ならいいよっ、天音ちゃんは勘違いでボイコットしてたんだよっ!」
うわー……もうめちゃくちゃです……。
そして環奈さんは気づいているのでしょうか。
自分たちにとって未知の、藍根女学院の情報を全く聞きだせていないことを。




