第3章 第2話 全員集結、激突クラッシュ!
「やぁ、きららちゃん。ひさしぶり」
環奈さんの発言的に、もしかしたらとっても暗く怖いところに連れていかれるかと思ってましたが、よく考えたらこんな田舎にそんなアウトローなところはありませんでした。あってもコソコソ隠れたりしません。隠れるところなんて顔を上げればどこにだってあるというのにです。
ではどこに連れていかれたのかといえば、よく遊びにいく紗茎のショッピングモールでした。そこの三階にあるスイーツショップ、「esercizio」。入店する前になぜか環奈さんの顔が真っ赤になっていたのが気になりましたが、先に入って待っていた方々の顔を見たらそんなことは忘れてしまいました。
「流火さんっ、おひさしぶりですっ!」
奥の四人掛けのテーブルで手を上げていたのは、紗茎学園高等部というとってもバレーが強い学校で、一年生であるにもかかわらずベンチ入りを果たしているすごい人、飛龍流火さんでした。
「それに風美さんもっ。また会えてうれしいですっ」
「ぅえっ!? あの……その……そ、だね……」
流火さんの奥側で大きな身体を小さく丸めているのは、流火さんと同じ紗茎学園のレギュラー選手、蝶野風美さん。メッセージ上では結構饒舌だったのに直面すると目も合わせてくれません。少しさみしいです。
「なんだ、このメンバーならそう言ってくれればよかったじゃないですか」
一週間前の週末に行われた花美高校と紗茎学園の練習試合。その後その場にいた一年生だけで『仲良し同期組♡』というグループを作り、結構頻繁に連絡を取り合っていました。その中で今度ごはんを食べにいこうという話が出ていたので、今日はその集まりなのでしょう。
「あれ? でも昴さんがいませんね」
紗茎学園側の一年生組にはもう一人、リベロの液祭昴さんという方がいるのですが、どこにも姿が見えません。
「そういえば珠緒さんもいませんし……はっ、まさか環奈さん、珠緒さんをハブったんですかっ!?」
「人聞きが悪い」
先に席の方に向かってしまった自分の代わりに受付を済ませてくれた環奈さんにそう詰め寄ると、めんどくさそうに目をそらしました。
「普通に誘ってないだけだよ。呼んだとしても、『限られた時間を無意味に使うなんてずいぶん余裕ですわね。あなたたちがサボっている間にわたくしはさらに上へといかせていただきますわっ!』とか言いそうだし」
口元に手をやり、あまり似ていないものまねを披露する環奈さん。確か珠緒さんって成績悪かったはずですし呼んでいないのは賛成ですが……、
「じゃあこれはなんの集まりなんですか?」
一年生でのごはんでないのなら自分たちに集まる理由はありません。いえ別に遊ぶことに理由は不要なのですが、自分に会いたいという人にも心当たりもありませんし、謎だらけです。
「うわー、ほんとにおおきいねー」
自分がうーん、と考えていると、突然後ろからそう声をかけられました。その声に驚いて振り返ります。
自分が驚いたのは突然話しかけられたからではありません。
その声が、自分の耳のちょうど後ろからしたからです。
身長百八十五センチの、自分の顔と同じ位置から。
「よかったー、こんな早く会えて」
自分の後ろにいたのは、とってもかわいらしい女子でした。
刺々しさが一切存在しない顔立ちに、包み込むような柔らかな笑顔。
それでも身長は、自分とほとんど同等。
さすがに自分より少しは低いけれど、百八十近い風美さんよりも高い。たぶん百八十二か三か。
風美さんほどがっしりとした身体つきではないですが、しっかりと筋肉がついていることが制服の上からでもわかります。
これだけで、彼女が何者かわかりました。
「『金断の伍』……の、方ですか?」
『金断の伍』とは、この県の現高校一年生の中で特に優れた五人の選手を指す言葉、らしいです。
自分がそう訊ねると、彼女は聞いた人の耳をとろけさせてしまうようなかわいらしい声で返してきました。
「うん。藍根女学院一年生、木葉織華だよ。環奈ちゃんたちとは中学の同級生だったんだ。今日は来てくれてありがとね、翠川きららちゃん」
自分はバレーでは初心者ですが、小中とスポーツをやっていました。全国には届きませんでしたが、それなりの実力だったと自負しています。
だからなんとなくわかってしまいます。
強者特有の雰囲気やオーラ。それがこんなかわいらしい表情の女の子からビシビシと発せられていることを。
なるほど、ようやくわかりました。環奈さんが言っていたことが。
自分に内緒にしておいてほしいと言った人物。それがこの木葉さんなのでしょう。
そして環奈さん曰く、信用できなくて、いい人じゃなくて、悪いことを企んでいる人。
なんとなく、直感で思ってしまいました。
自分、この人と相性悪いです。
「これで『金断の伍』が全員揃ったね」
自分が無意識に木葉さんを睨んでいると、流火さんがそう口にしました。
「え? でも『金断の伍』って言うくらいだから五人なんじゃないんですか?」
ここにいるのは環奈さん、流火さん、風美さん、木葉さんの四人だけ。あと一人足りないはずですが……。
「いるじゃん、ここに」
そう声に出した環奈さんの顔を見てみると、木葉さんの隣に人が立っていることに気がつきました。
目の前にいるのに気づかなかったなんてあるわけがないと思うかもしれませんが、ほんとにわからなかったんです。
だって、すごいちっちゃかったから。
「……リベロの方ですか?」
「っ!」
自分がそう訊ねると、その女の子はイラつきに満ちた顔で自分を見上げました。
「アウトサイドヒッターよ。全国制覇をした時の、正レギュラー」
「またまたー。だってその身長じゃスパイクなんて打てないじゃないですかー」
その子はさすがに環奈さんよりは高いとはいえ、百五十四センチの美樹さんよりも低いです。たぶん百五十センチあるかないか。顔立ちも中学生か小学生くらいですごいかわいいです。そんな人が高さが重要だというバレーボールで全国区のわけが……、
自分の視界から、その人の顔が消えました。
見えるのはその人のローファーの先だけ。
つまり。
女の子は跳んでいました。
自分の顔より、遥かに高く。
「自己紹介がまだでしたね」
その女の子は着地すると制服をぱぱっと払い、再び自分を見上げました。
「藍根女学院一年、深沢雷菜」
そして深沢さんは敵意に満ちた瞳で自分にこう告げました。
「身長こそが高さだと思い込んでいる愚か者を倒す者よ」




