第1章 第5話 死刑囚への差し入れ
〇環奈
「うぅー、もう立てません……」
二時間の練習中ずっとブロックを飛んでいたきららちゃんがへなへなとあたしの前に倒れ込んできた。
「胡桃さんは鬼ですー……悪魔ですー……」
泣きそうな顔をしてきららちゃんは床に顔をつける。いつもあんなに元気いっぱいなきららちゃんがこんなになるなんて。リベロでよかったー。
「翠川さん、ストレッチを忘れないようにね」
そんなきららちゃんに追い打ちをかけるように、真中さんが指導を続けてくる。ほんとに疲れてるとストレッチも面倒になるんだよね。わかるわかる。
「いま翠川さんの筋肉は疲れでかちかちに固まってるの。その筋肉たちをほぐしてあげないと思わぬ怪我に繋がることもあるのよ?」
「そんなこと言われたってもう動けませんっ! 断固拒否しますっ!」
「叫ぶ元気があるなら大丈夫。ほら四つん這いになって」
「嫌ですっ! 体勢が卑猥ですっ!」
「バレーボールは基本的になにをやっても卑猥になるものよ。露出の多い格好をして飛んだり跳ねたりするのだから。たくさん卑猥なことをしてたくさん上手くなりなさい」
「それならバレーボール辞めますっ!」
「はいはい、いいからストレッチするわよ」
「ふぇぇぇーん、助けてください環奈さーんっ!」
このミドルブロッカーコンビは仲良いなぁ……。それに比べてリベロのあたしと小野塚さんはどうにもだめ。今日もまだ一度も話してないし、一緒に遊びに行く約束をしたもののその日が来るとは思えない。
「おい胡桃、そろそろ行くぞ」
きららちゃんと真中さんが必死の攻防を見せているところに、帰り支度を済ませた一ノ瀬さんが疲れを感じさせない歩調で歩いてきた。
「そうね。翠川さん、ストレッチはしっかりしておくのよ」
「お二人ともどこか行かれるんですか?」
真中さんが離れたことで露骨に嬉しそうな顔をしたきららちゃんが二人に訊ねる。その態度にいらっとした表情を見せつつも言葉にはせずに真中さんは答える。
「誕生日プレゼントを買いに行くのよ。梨々花さんのね」
「小野塚さん誕生日なんですか?」
さっき小野塚さんのことを考えていたせいで思わず声が出てしまった。これがあたしと真中さんの初会話になる。少し気まずい。
「明日な。ほんとはもっと早く買いに行きたかったんだけど胡桃が今日しか空いてないって言うからさー」
あたしと同じく気まずそうな顔をしていた真中さんに代わって一ノ瀬さんが笑いながら答えてくれた。こういう時コミュ力高い人がいると助かるなー。助かったのは真中さんも同じだったようで、少しホッとした顔を滲ませている。
「しょうがないでしょ、予備校があるのだから。朝陽もそろそろ受験のこと考えた方がいいわよ」
「ウチは就職組だから勉強しなくてオッケー」
「あぁそうだったわね。絵里はどうだったかしら?」
「ん? 確かあいつは推薦組だよ。だからまぁ、勉強はしなくて大丈夫なはず。春高までは残らないらしいけどな」
「春高ね……。ボクもそろそろ考えておかないと」
へー、部長さんインハイで引退なんだ。そしたら次は誰がセッターをやるんだろう。余ってるあたしか小野塚さんかな。個人的にはやっぱりリベロがいいけど、セッターも楽しいかもしれない。サーブって憧れなんだよねー。リベロは基本レシーブ以外のプレーは禁止されてるから。
「じゃあそういうわけで二人とも、今日はウチ先帰るから」
「おつかれさまでーす」
「おつかれさまでしたっ!」
「翠川さん、ブロックより先に感情を顔に出さないことを覚えなさい」
最後にそんなやり取りをして、先輩たちは体育館から出て行った。あたしもストレッチ終わったしそろそろ着替えるかな。
「環奈さんっ、環奈さんっ」
立ち上がろうとしたあたしを嬉しそうな顔をしたままのきららちゃんが呼び止める。四つん這いになって腰を落とそうとしているので一応ストレッチはやるようだ。
「自分たちもなにか小野塚さんにプレゼントを渡しませんかっ!?」
あー、真中さんが帰ったことじゃなくてプレゼントのことを考えてたから目を輝かせてたんだ。だとすると怒られ損でちょっとかわいそうだな。
「んー、そうだね、オッケー」
小野塚さんのために少ないお小遣いを使うのもなんかもったいない気もするけど、このままだとロクに話したことないまま遊びに行くことになる。仲良くない先輩と二人っきりで遊ぶとか辛すぎる。これをきっかけにして仲良くとまではいかなくてもちゃんと話せるようにはなっておけたら後が楽だ。
「そうと決まればさっそく行きましょうっ!」
「いやまだストレッチ足りてないから……」




