第2章 第39話 わたくしたちの夢想曲
〇珠緒
「すみませんでしたぁっ!」
環奈さんが土下座していた。
「去年の全中のこと。その後の態度。あたしが悪かったです。許してください!」
体育館を損壊させてしまったことで後の練習試合がパーになり、わたくしたちは紗茎の食堂で昼食をとっていた。そんな中、突然環奈さんが一緒に食事をしている流火さんたちに土下座をかました。
「いや土下座なんかしなくていいって。……ていうか本当にやめて? 他の部活の人見てるから……」
「ひぃっ。やっぱり花美はヤンキー校だったんだよ流火ちゃんっ。毎日先輩たちに土下座させられてるんだっ。環奈ちゃんが不良になっちゃったぁっ」
「あひゃひゃひゃひゃっ! 生の土下座初めて見たっ! おもしろーっ!」
「我も初見だが……昴さん、さすがに写真を撮るのは……」
「あの環奈が土下座してるんだよ……。これ一生の弱みになるって。雷菜たちにも送ってあげなきゃ……」
今いる高一、中三勢が環奈さんの姿に様々な反応を見せる中、わたくしは無視して天音さん、知朱さんとうどんを食べていた。久しぶりに食べましたけどやはりおいしい。これで普通に入れたら毎週通うのに。
「珠緒ちゃん、花美はたのしい?」
小食の天音ちゃんは既にごはんを片付けており、シェイカーをシャカシャカと振りプロテインを作っている。
「……どうでしょう。まだバレー部に入って日が浅いですからね。まだ何とも言えませんわ」
別のテーブルで学食のおいしさに過剰な反応を見せている小野塚さんたちを見ながらわたくしはそう口にする。
「そっか。でも最後の方は楽しそうだったよ」
「あれは……無理矢理『色持ち』に加えられたからですわ。あんな風に言われて不甲斐ないプレーを見せるわけにはいきませんもの」
「あ、『幻影の虹』ってやつ? さっき志穂が花美の人たちに名付けて回ってたよ。いいなー、これで珠緒も『色持ち』か。しかも最高位。うらやましいよ」
この中で最高学年にも関わらず、後輩に『色持ち』がたくさんいることを気にしているのだろう。知朱さんが自嘲気味にそう言って水を口に含んだ。
「わたくしなんかお情けですわよ。それにどう考えても『虹』の方々より他の方が……一応最下層扱いの『銅』の方が上手いでしょう。色なんて形だけですわ」
「形だけでも、上なのは事実だよ」
天音さんの腕が止まった。シェイカーの中身のプロテインがゆっくりと底に落ちていく。
「わたしは、下がよかった」
「天音さん……?」
「ごめん、なんでもないっ」
一瞬影を落としたかと思った天音さんの顔はすぐに光を取り戻し、プロテインをぐいっと飲み込んだ。
「じゃあわたしそろそろ行くからっ。また春高で試合しようねっ」
そして口早にそう言うと食堂から逃げるように出ていく。
すれ違いざまに「まっず……」とだけ言い残して。
「そろそろウチらもいくぞ」
天音さんたちと話していたから気づかなかったが、どうやらみんなもう食べ終わっているようだった。急いで残りをかきこみ、席を立つ。そして流火さんたちとも再戦を約束し、紗茎学園を後にした。
「じゃあここで解散な。またあした」
わたくしと環奈さんの家は紗茎から徒歩の距離にある。駅までみなさんを見送りし、わたくしたちも帰路につくことにする。
「ではわたくしもこれで」
わたくしと環奈さんの家は近所と言えど、一緒に帰ったことはなかった。わたくしの方が長く練習していたし、そもそも元々が仲良くない。だから先に帰ろうとすると、わたくしの袖を環奈さんが掴んだ。
「……何ですの?」
わたくしと環奈さんの関係は、どっちかというと環奈さんがわたくしを苦手に思っているというところが大きい。だからこんなことは起こりえないはず。なのに、
「い……一緒に帰ろ……?」
環奈さんは視線を逸らし、顔を赤らめて上目遣いにそう言ってきた。
「……ずいぶん壮大なツンデレでしたわね」
「はぁっ!? なにそれっ、やっぱりあんたうざいっ!」
何はともあれ。
三年かかってようやく、環奈さんと友だちになれた気がした。




