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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第2章 讃美歌パフォーミング
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第2章 第34話 地獄・凡庸な時間

〇珠緒



 わたくしの夢はプロのバレーボール選手になることだ。


 バレーボールは高さが命のスポーツ。でも日本の選手は海外の選手に比べて身長で劣る。


 それでも日本は強かった。勝てるはずがないのに、テレビで観る選手たちは勝っていた。


 なぜ勝てたのかはわからない。それでも勝っていた。


 かっこよかった。


 特別だと思った。


 わたくしもそうなりたいと思った。


 それがいつからの夢だったかは覚えていない。それでも物心ついた頃には既にバレーをやっていた気がする。


 それくらいわたくしはバレーが好きだった。一生をバレーに捧げる覚悟はできていた。


 でもバレーの神様はわたくしに微笑まなかった。


 身長が伸びなかった。体格が悪かった。才能がなかった。


 そして何より、飛龍流火がいた。


 地元一番の強豪校、紗茎学園。その同期にとんでもない天才がいた。


 中一の時からチームの司令塔であるセッターを務めていた特別な存在。


 あれに、勝ちたい。


 あれに勝てれば、今度はわたくしが特別になれる。


 だからたくさん練習した。他人よりも多く、とにかく多く。


 ずっとずっと、練習し続けた。


 辛かった。何が辛かったって、周りからの目が辛かった。


 周りの嫌々部活に来ている二軍の連中。ハナから勝てないと決めつけ、現状に甘んじている凡庸な奴ら。


 なに必死こいて練習してるんだ。天才に勝てるわけないのに。無駄にがんばって馬鹿みたい。


 無視しようとした。でもどうしても耳には入ってきて。とにかく辛かった。


 でも練習は続けた。特別になりたいから。特別になれると思っていたから。


 でも結果は二軍の奴らが言っている通りだった。わたくしは飛龍流火には勝てなかった。


 だから戦い方を変えた。正攻法では勝てないから、ツーアタックや相手を騙すプレーを中心に技を磨いた。


 そして、三年生に上がる頃。わたくしは一軍に上がれた。


 うれしかった。涙が出た。やっと追いついたと思った。


 でも近づいたことで、余計距離があることに気づいた。


 飛龍流火は特別だった。


 わたくしは凡庸だった。


 眩しくて、仕方なかった。


 そして時は進み、あの日がやってくる。


 全中ベスト十六の直前。飛龍流火が怪我をした、あの日が。


 飛龍流火の姿を最初に見た時、わたくしは恐怖した。


 死んじゃうかもしれない。死んでほしくない。助かってほしい。


 そう思って数秒後、飛龍流火の代わりに控えのわたくしに出番が訪れるということに気づいた。


 うれしかった。同時に悔しかった。


 試合に出られると期待してしまったからではない。


 最初に飛龍流火の心配をしてしまったからだ。


 何で試合のことを真っ先に思い浮べなかったんだ。


 どうしても特別になりたかったのなら試合に出られることを喜びなさいよ。


 凡庸でありきたりな思考をしてんじゃねぇよ。


 それから先のことはよく覚えていない。


 環奈さんと喧嘩をしたが、試合への高揚一割不安九割で何も考えられなかった。


 それは試合の最中も同じで、ただ周りの熱についていくだけで精一杯だった初公式戦は一瞬の内で終わっていった。


 次の試合も負けたというのに何も感じず、わたくしの中学生活はいつの間にか終わりを迎えた。


 中学の三年間で気づいたことが大きく二つ。


 まず経験不足。練習試合こそそれなりに数をこなしていたが、本番の緊張感に慣れていなかった。わたくしの相手の隙を突くプレースタイル的に試合不足は致命的。紗茎を離れることは絶対だ。


 できれば弱いところがいい。わたくしが確実にセッターになれる弱小校。でもそういうところはたいてい年功序列制。なら人数も少ないところがいい。最初は仕方ないとして、インハイ終わりには確実にセッターになっていたいところ。それまでは近所のママさんバレーで練習させてもらおう。


 そして気づいた点、最後にして最大の一つ。


 わたくしは、特別ではない。


 どこまでも凡庸で、どうしようもない普通の人間。


 でもそれは大前提の話。


 わたくしが凡庸だとしても。


 飛龍流火という特別に敵わないとしても。


「特別を諦める理由にはならなくてよっ!」


 わたくしのツーアタックが紗茎のコートに放られる。でもボールは天音さんに簡単に拾われ、昴さんに代わってコートに入った流火さんの頭上へ。


「ずっと言ってると思うけど、焦るとツーに走る癖、直した方がいいよ」


 上を見ながら。わたくしには目もくれず。流火さんは言う。


「バレーは一人じゃ勝てないんだから。味方に繋ぐことが仕事のセッターがそんなプレーしちゃだめでしょ?」


 ボールが高度を失いゆっくりと落ちてくる。その動きをうっとりとした瞳で追い、流火さんはニヤリと微笑んだ。


 バレーボールに恋をしているかのような官能的な笑み。


 わたくしとは住む世界が違うということをとことん突き付けられる。


「これが、セッターのお手本だよ」


 そして十本の指でボールを捉えると、再びボールが宙に舞い上がる。まったく回転せず、高くも低くも近くも遠くもない完璧としか言えないトス。


 これがお手本。


 ――そんなかわいらしい言い方しないでよ。


 これが、崇高だよ。


「あぁっ!」


 燃え上がる火が強烈な風を巻き起こす。


 今までのスパイクは手を抜いていたのか。


 そう思ってしまうほどに今までとは段違いの威力、角度で、抉るようにボールが花美のコートを突き刺す。


 これが蝶野風美の真の実力。


 そして飛龍流火の普通のプレー。


 流火さんのプレースタイルは瀬田さんとよく似ている。


 教科書通りの基礎を突き詰めたセットアップ。


 ただ教科書のレベルは大学生と小学生ほどにかけ離れている。


 基本通り、ただの普通のトス。セッターとして最も大切で、最も難しいこと。


 つまり、スパイカーが一番打ちやすい最善のトスを流火さんは絶対に上げてくれる。


 だから選手一人一人の実力差が如実に現れてくる。


 流火さんが上げるトスはスパイカーの実力の最大値を引き出す。それは相手にとって絶望の証明。


 なんせ練習の七割しか本番で力を発揮できないと言われているのに、マックスフルパワーを引き出してくるんだ。よほど圧倒していないと対抗することはできない。


 そしてそれは同時に味方側への脅迫にもなる。


 流火さんが完璧なトスを上げてくれるのだから、もしミスしたら百パーセント自分の力不足。そのプレッシャーは強豪校であればあるほど大きい。


 相手も味方も関係なくその苛烈な火は全てを焼き尽くす。


 少しでも臆した者を容赦なくその猛火で。


 これが『金断の伍(きんだんのご)』のリーダー格。『猛火苛烈(もうかかれつ)』、飛龍流火。


「わた、くしは……」


「新世……!」


 外へ行っていた環奈さんが戻ってきた。それでも勝てるビジョンが見えない。あの光に立ち向かうことができない。


「わた、しは……!」


 特別になりたかった。


 まずは形からと偉そうな口調をしてみた。


 でも仮初の鎧は熱に当てられ簡単に溶けていく。


 ありのままの自分が姿を現す。


「わたしは――!」


 わかっていた。


 わかっていたんだ。ずっと。最初から。


 どれだけ凡庸が努力しようが、努力する特別には敵わないと。


 どれだけやっても絶対に勝てないんだと。


 だから最初からゲームオーバーだったんだ。


 それでも諦めたくなくて。いつか特別になれると信じていたけれど。


 もう、つかれちゃった。


「わたしは――特別には至れない」


 わたしの胸に燃える小さな火は、苛烈な猛火に呑み込まれて消えてしまった。

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