第2章 第27話 『運命』 水空環奈・ウェイクアップ
「それじゃあ試合再開!」
小野塚さんの息が安定してきたことを確認し、わたくしたちが失点したところから試合が再開される。
点差は七対十。こちらが三点差つけられている。点差的にはそれほど離されていませんが、これで向こうのローテーションは一周。風美さんが前衛に出てくる。ここからが正念場ですわ。
「えいっ」
このローテでは元来リベロの昴さんがサーブというだけが救いですわね。環奈さんが確実にボールを上げてくれる。こちらの前衛は真中さん、朝陽さん、わたくし。誰を使うか……。
「一ノ瀬さんっ」
一度休憩が挟まったせいで場がノっていない。まずはエースに場を暖めていただきましょうっ!
「っしゃゴラッ!」
「ワァンチッ!」
万全の体勢でスパイクは放たれましたが、三枚ブロックに捕まってワンタッチに終わってしまう。
「チャンスボール!」
「風美……!」
場を盛り上げたいのは向こうも同じ。昴さんは最強の矛、風美さんにトスを上げる。
「締めるわよ!」
このラリーを制した方が流れを掴む。そう判断したのか、真中さんは積極的にわたくしたちにそう指示した。
「せー……のっ!」
風美さんは先程までと同じようにストレートが空くと思っていたせいかブロックを避けれない。さぁ、真っ向勝負ですわ!
「っぁ!」
「ぁぐっ!」
風美さんの風すら斬り裂く一撃はわたくしの腕を貫いた。痛すぎですわよほんと……!
「っ」
スピードをほとんど落とさないままボールはわたくしの後方へ。しかし先程まで誰もいなかった場所に環奈さんが飛びついていた。
「ナイスレシーブですわ!」
あんなどこに落ちるかわからないボールを綺麗にわたくしに返すなんて……! さすがすぎて何も言えませんわ、ほんと。
「もう一本! よこせーっ!」
エースがボールを呼んでいる。これを上げなければセッターではありませんわ!
だなんて、殊勝なこと言ってたまるもんですかっ! 食らいなさいっ!
「っぁっ!」
わたくしが選択したのはツーアタック。でもただのツーじゃない。
助走から姿勢まで完全なスパイク。渾身の強打ですわよっ!
「っそ!」
ツーは警戒していたようですが、わたくしについているのは音羽さん一枚だけ。これを決めなければわたくしはもう二度とツーは打てない!
「……!」
ブロックがいないところに打ったはず。
でも、音羽さんの腕が移動した。
ボールは腕のど真ん中に当たり、再びわたくしの後ろへ――!
「っぁ!」
しかし、ボールは上がった。
「環奈さん……!」
ボールを上げたのは再びの環奈さん。そしてまた綺麗なAパス。
「一ノ瀬さんっ」
今度は素直に一ノ瀬さんへとボールを託す。しかしスパイクは天音さんに上げられ、志穂さんの速攻がくる!
「ワンチ!」
一ノ瀬さんがそれに反応してブロックしたものの、ボールはエンドラインの外へ。やられましたわ……!
しかし、
「何で、そこにいる――!」
スパイクを打った直後、まだ空中にいる志穂さんがそう驚愕の声を漏らした。
「んっ!」
慌てて後ろを振り向くと、コートの外でボールに飛びついている人が見えた。
「環奈さん……?」
先程までわたくしの後ろで構えていたはずなのに、ほんと何で……!
「珠緒!」
しかもあんなに離れていたのに、また綺麗にわたくしに返してきた……!
「真中さん!」
紗茎のブロッカーの表情にはまだ驚きの表情が見えている。なら速さで勝負! ミドルブロッカーの速攻ですわ!
「っ、ごめんなさい低い!」
しかし驚いていたのはわたくしも同じでしたわ。トスがいつもより低くなってしまった。
「こ、のっ」
それでもなんとかスパイクを打つが、音羽さんのブロックに阻まれ高速でこちらのコートに――、
「ふっ」
しかし、ボールはまだ落ちない。
「うそでしょ……?」
先程まで、確かにコートの外にいた。
それなのに今。
環奈さんはアタックラインよりも前にいる。
まるでボールがここに落ちるとわかっているかのように、飛びついていた。
しかしボールはわたくしの先、紗茎のコートへ……、
「!」
風美さんが、跳んでいる。
トスを介さず、こちらが取り逃したボールをダイレクトで叩いてくる!
ブロックは、間に合わな……!
「ふぅっ!」
環奈さんが、そこにいた。
当然風美さんは環奈さんのいないところにスパイクしていた。
それなのに、環奈さんはいる。
一秒にも満たない一寸前、高校最強レベルのスパイクを上げたのに、再び、ボールを捉えている。
決して絶えることのない海のように、そこにいるのが当たり前のように、そこに環奈さんは待ち構えていた。
「一ノ瀬さんっ」
「っしゃゴラッ!」
今度こそ一ノ瀬さんのスパイクが紗茎のコートに落ちる。長い長いラリーは、花美が制した。
「っしゃゴラァァァァッ!」
ボールを振り下ろした腕をそのまま高く突き上げ叫ぶ一ノ瀬さん。
でも真の功労者は、別にいる。
この長いラリー中。風美さんのスパイク。遠いブロックアウト。連続の強力な一撃。全てのボールを繋いでみせた立役者。
「こんなの恥ずかしくて言いたくなかったけどさ、」
環奈さんはゆっくりと腕を上げ、紗茎を指差す。
「あえて、言わせてもらうよ」
環奈さんの雰囲気がいつもと違う。
静かで穏やかで、それでいてどこか激しい激流を思わせるオーラが身体中に満ちている。
こんな環奈さん、見たことがない。
いや、違う。
戻ったんだ。
中学生の時に。
今の腑抜けた環奈さんではなく。
昔の刃のような環奈さんに。
「自ら選んだ花咲く川。されど全ては水の泡」
いや、そうではない。
あの時の環奈さんとよく似ているけれど、中学生の環奈さんは間違っても試合中に口上を述べるなんてしなかった。
だって、怒られるから。
これは、おそらく。
中学から解き放たれ、高校で目覚めた環奈さん本来の力。
「岩をも斬り裂く水刃が、全てを砕いて押し流す」
その動きはまるで激流。呑み込まれたもの全てを砕くかのように、とにかくボールを落とさない。仲間を押しのけてひたすらに繋ぐその姿は、触れるもの全てを斬り裂く水の刃。
その時の環奈さんを、志穂さんはこう名付けたのだ。
「『激流水刃』、水空環奈」
『金断の伍』。そして、中学ナンバー2リベロと呼ばれた天才バレーボーラー。
「――全部、これで終わり」
水空環奈が、覚醒した。




