第2章 第26話 失意への遁走曲
〇珠緒
「環奈さん、申し訳ありませんわ」
小野塚さんの容態が安定してからしばらく。一人アンダーハンドでボールをポンポンと跳ねていた環奈さんに頭を下げた。
「なんで新世があたしに謝んの? あたしかんけーないじゃん」
「そうかもしれませんが……インハイ予選と同じような接触をしてしまったし小野塚さんもあの調子でしたし……一応謝らなければと思って」
でも環奈さんの様子はいたって冷静。ただ無心にボールに目を向けている。
「まぁそうだけどあれを気にしてるのは梨々花先輩の問題であんたが気にすることじゃないよ。まぁ接触はよくないから試合終わったらもう一度梨々花先輩に謝っとけば?」
それだけ言うと環奈さんは器用にボールを跳ね続けながら向こうに歩いていってしまう。でもまだ訊かなければならないことが一つ。
「小野塚さんは! ……何なんですの?」
元々その疑問は常に頭の片隅にあった。
中学時代無名だったのにもかかわらず、『色持ち』たちに勝るとも劣らない能力。
練習で見たことのないキレキレのサーブ。
そして、どう見てもリベロのはずなのに高すぎるトス技術。
身長以外。バレーボールで最も大切な身長以外の全てを持っている。
あれは、一体何者なんですの……?
「決まってるよ」
環奈さんは振り返らない。
まるで当たり前かのように。そうであって当然かのように。ただ告げる。
「バレーボールの天才」
そう短く告げると今度こそどこかにいってしまった。
天才。
バレーボールの、天才。
「翠川きららちゃん、だっけ。すごい身長高いね」
「ありがとうございますっ! でも蝶野さんもすごいですっ! 自分の方が高いはずなのに、全然勝てませんっ!」
「ぅえ!? ぁ……あ、ありがとうございますっ」
「あはは。正面から褒められるとうれしいねー風美」
流火さん、風美さんと翠川さんが話している声が聞こえる。素晴らしい才能を持つ一年生たち。わたくしは入っていけない。
「あの、わたしのこと覚えてますか? 中二の時……だからあなたが三年生の時の全中予選で一度試合したことありますよね?」
「……そうね。覚えているわ。引退試合だもの」
「わたしあれが初公式戦だったんですけど真中さんのブロックにばんばん止められちゃって……すごく嫌だったのを覚えてます! もう一度試合できて光栄ですっ!」
「でもラストはあなたのスパイクがボクのブロックをぶち破ったじゃない」
天音さんと真中さんが話している声が聞こえる。才能溢れる後輩を持ちながら自身もできることを必死に取り組む上級生。わたくしは入っていけない。
「――わかってますわよ」
わかっている。
全部、わかっている。
だから。
わたくしのやるべきことは、決まっている。




