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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第2章 讃美歌パフォーミング
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第2章 第24話 慟哭への舞曲

「うー……どうしよう梨々花ちゃん……みきたちの最強合体技が止められちゃったよぉー……」


 志穂さんが『一手飛ばしの速攻(ファストクイック)』と名付けた攻撃を破られ、扇さんは小野塚さんに駆け寄る。異次元技術すぎて打てば必勝というイメージが大きかったが故に破られた時のダメージはでかいですわね。


「まぁいいんでねぇか? 元々お遊び的な技だったし」


 しかし当の小野塚さんはいたって冷静。そう静かに言うと自分の立ち位置に戻っていく。


「えぇー……せっかくの愛の共同技だったのにぃ……」


 小野塚さんの言葉を聞いて扇さんもぶつぶつ言いながら戻っていった。


 これで向こうのローテーションは前衛に志穂さん、音羽さん、昴さん。サーブは知朱さんになる。


「いくよ」

 知朱さんのサーブは普通のフローターサーブ。軽く環奈さんが上げると、ボールはわたくしの方に上がっていく。


 さてどうしますか……。とりあえずエースの一ノ瀬さんに……、


「きららちゃん、入ってっ!」


 と思っていると、突然小野塚さんがわたくしの方へ走りながらそう叫んだ。


「!? は、はいっ!」


 いきなり呼ばれた翠川さんは焦りながらも助走を始める。


「小野塚さん!? 危ないですわよっ!?」

「ごめんっ。でも、」


 小野塚さんがわたくしに代わってボールを上げると同時に翠川さんと志穂さんが跳び上がる。


「「たっ、か……」」


 そう声が聞こえたのはほぼ同時。翠川さんからすればトスが高かった。志穂さんからすれば翠川さんが高かった。


 それでもスパイクは翠川さんの手の芯に当たり、志穂さんのブロックの上から振り抜かれる。


 高い地点から振り下ろされるスパイクの軌道はとてつもない超鋭角。誰もボールに触れることはできず、ボールは固い床を跳ねた。


「これで、おかえしだべ」


 ボールの弾道を悔しそうに睨む志穂さんに小野塚さんはそうニヤリと笑みを浮かべる。


「たった一本で調子乗んないでくれる?」


 その煽りに対し、志穂さんはかっこつけることも忘れ上から小野塚さんを見下ろした。


 でもしてやられた時に相手を見下ろすほど屈辱なことはない。


 なんせバレーは身長の競技。身長が高ければそれだけで誰よりも格上。


 なのに負けたということは、完敗を喫したことを表す。


 こんなに悔しいことは、ない。


 わたくしは小野塚さんを見下ろしながら次のローテに進んだ。


「やりましたーっ、でも、小野塚さんのトス、いっつも少し高いですよ!?」


 翠川さんからすればそう思ったでしょう。わたくしもそう思いましたわ。


 でも翠川さんのスパイクは完璧だった。


 それが意味するところは、翠川さんの本来の打点は普段よりも少し高いということ。


 それを知っていた。いや、直観と言った方がいいのかもしれない。


 とにかく翠川さんの最高打点を見出したことに変わりはない。


「どうだべね。それより次きららちゃんサーブだべ?」

「はっ、そうでしたっ」


 翠川さんが後衛に移り、同時に環奈さんがリベロは前衛に回れないというルールにより真中さんと交代でコートを出る。前衛は真中さん、一ノ瀬さん、わたくしという初期と同じローテーション。


 点差は七対九と少し追い上げましたが、紗茎は次のローテであの風美さんが前衛に回ってくる。後衛にいてなお厄介なのに前衛に出てきたら手に負えませんわ。なんとかここで連続得点をしておきたいところ。


「いきますっ、ていっ」

 翠川さんのサーブはまだ未熟なフローター。天音さんに簡単に拾われ、昴さんへとレシーブが上がる。


「風美……」

 昴さんがボールを上げた先はまたもや風美さん。ワンパターンですがこれが一番嫌なんですのよね……!


「クロス! せーのっ!」

 でも今度は三枚のブロックがきっちり揃い、ボールはストレート方向で待ち構えている小野塚さんへ。


「くぅぅっ」

 ドバン、という音を立てて小野塚さんの腕に激突したボールは先程までの勢いをなくし、緩やかにわたくしの元へ上がってくる。悔しいですが完璧なAパスですわ。


「――チッ」

 今一瞬、邪念がわたくしの脳内をよぎった。


 悔しい、と。味方のプレーを見て思った。


 失敗すればいいと、心の底から思ってしまった。


 『でも梨々花はバレーボールの天才なんだ。今はまだ新世さんの方が上手いかもしれないけど、すぐにわかるよ。梨々花の天才性には敵わないって』。


「――わかってますわよ」


 耳元で響く過去の邪念に短く返事をし、わたくしは跳び上がる。体勢はもちろんトスの形。


 もうこれまでで十分すぎるほどによくわかった。


 小野塚梨々花は天才である。これはもう揺らぎようがない。


 ――でも。


「わたくしはっ!」


 負けない、と続けたかった声は行き場を失い口の中で消えていく。


 わたくしの渾身の不意を突くツーアタックは、音羽さんのブロックに阻まれわたくしの前を横切っていった。


「なんで……!」


 なんで、届かない!


 ずっとこれだけを練習していたんですのよ。三年間、これだけを。


 なのになんで、こんなにも易々と……!


「ふっ」

「また、あなたですの……!」


 コートの前衛と後衛を分けるアタックライン沿いに落ちてきたボールを小野塚さんがフライングレシーブで拾い上げた。ボールはネットの近く、レフト方向へ。


「い、くぞゴラッ!」

 近くには一ノ瀬さんがいるが、少しボールがネットから遠いか。それでも構わず一ノ瀬さんはそのままボールを叩く。そのスパイクは攻撃を決めるというより、一度ブロックに当ててわざと自陣のコートに跳ね返させ、改めてレシーブからスタートさせるためのもの。


「チャンボ!」

 その目論見は上手くいき、近くにいた真中さんがレシーブを上げる。


 ボールは高く、わたくしのほ……、


「オーライ!」


 そう答えたのはわたくしではなく、小野塚さん。


 でもそれも仕方ない。


 だって、ボールに近かったのはわたくしでなく、わたくしより真中さんに近い小野塚さんだったのだから。


 それは偶然か、あるいは。


 わたくしよりも、小野塚さんがトスを上げた方がいいと真中さんが判断したからなのか。


 わかりませんが、それも仕方のないこと。


 わたくしはずっと失敗続きだから仕方ない。


 正セッターを決める必要もあるし分散させるのは仕方ない。


 わたくしよりも、小野塚さんの方が上手いから仕方ない。


 ――いけない。


 思考が、抑えられない。


 暗く、凡庸な思考が。


「朝陽さんっ」


 冷静になれ珠緒! 今は試合に集中ですわ!


 わたくしと小野塚さん、どちらが正セッターになるかは今考えることではない。


 どちらもセッターになりたいのは同じ。なら答えはいずれ出るはず。今はただ――。


「なんっ、で……」


 それなのに、何であなたは。


 リベロのように!


 アタックラインの後ろから跳び上がっているんですの……!


「――レシーブが短くてよ……!」


 そんなにリベロになりたいのなら譲りなさい。


 トスを上げるのはセッターの領分ですわ!


 だからわたくしは跳び上がる。


 トスを上げるために。


 セッターとして、試合に出るために。


 その結果。


 わたくしと小野塚さんはぶつかった。


「しまっ……!」


 わたくしは、何を……!


「っ」


 声にならない小さな悲鳴と共にわたくしの目の前に小野塚さんが倒れ込んだ。わたくしの方がだいぶ身体が大きいからそれが自然の摂理だ。


 ピッ、という笛の音でボールが既に床に落ちていたことに気づいた。空中でぶつかったせいで二人とも触れなかったんだ。


 これはまるで、インハイ予選での最後のプレーのよう。


 まさかあんなセッターと同じプレーをしてしまうなんて。反省ですわ。


「ごめんなさい、小野塚さん」


 何はともあれ悪いのは小野塚さんが跳んでいるのに気づきながらぶつかっていたわたくし。慌てて小野塚さんに手を差し伸べましたが……、


「……?」


 小野塚さんの様子がおかしい。ぺたんと床に座り込み、どこか宙を見ながら呆然としている。もしかして怪我を……!


「ちが……ちがうんです……」


 そう小さく漏らした小野塚さんの身体は次第に細かく震え始める。瞳が揺れ、突如として汗が噴き出し、口の端からはよだれが垂れている。


「ごめんなさい……ごめんなさい……! わたしそんなつもりじゃ……!」


 小野塚さんが何を言っているのかはわかりませんが、何かまずいことが起きているということだけは理解できた。


 声は震えているし、涙も溢れ出している。呼吸が次第に荒くなり、苦しそうにうずくまった。


「やだ……はぁはぁはぁはぁ……っぁぐ、やぁ、はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ、ぅぁ、ゃ、ぁ、はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……!」


 まずい。


 これは、かなりやばい。


 「梨々花ちゃん!」「梨々花!」「リリー!」「梨々花さん!」。他の方も小野塚さんの異変に気づき、口々に名前を呼びながら駆け寄ってくる。


 そんな中ただ一人。まるで死刑宣告を食らったかのような表情で。


 彼女だけは全てを悟ったようにコートの外で立ち尽くしていた。


「梨々花先輩……?」


 その声は小野塚さんには届かない。


 荒い呼吸でうずくまり、腕だけ何かを求めるように差し出す。


 そしてまともに声も発せない状態なのに、確かに一言。


「え、りっ、せんぱ……い――」


 既に終わったはずの人の名を呼んだ。

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