第2章 第21話 『円舞曲』 練習試合 花美高校VS紗茎学園反逆者連合
〇珠緒
「よし、とりあえず一戦目はこのスタメンでいくぞ」
練習着に着替えアップを終わらせると、一ノ瀬さんは六人のメンバーをローテーション順に並べた。
後衛ライトにミドルブロッカー、翠川きららさん。後衛センターにアウトサイドヒッター、外川日向さん。後衛レフトにオポジット、扇美樹さん。前衛レフトにミドルブロッカー、真中胡桃さん。前衛センターにアウトサイドヒッター、一ノ瀬朝陽さん。前衛ライトにわたくし新世珠緒。レシーブ側からスタートなので後衛ライトの翠川さんはリベロの水空環奈さんへと交代するというローテーション。
初心者の翠川さんの出番を減らし、スパイカーで一番上手い真中さん、次いで上手い一ノ瀬さんを多く前衛に出すのが目的のローテーションですわね。
「なんで梨々花先輩がセッターじゃないんですか」
「練習試合だからな。色々なことを試してみたいんだ。次の試合は梨々花をセッターとして出すよ」
さっきから環奈さんが小野塚さんを試合に出せ出せうるさいですわね。
バレーの他校との練習というのは基本的に延々と試合を続けていくだけ。まだ午前中ですし六、七試合はできますわ。その間でわたくしの方が上手いということを証明してさしあげますわ。
「風美。いつも通り私の言う通りのバレーをやればいいからね」
「――うん。わかってる」
流火さんが自分のカチューシャを風美さんへ着けてあげている声が聞こえる。向こうを見てみると、既に紗茎の面々はローテーション順に並んでいた。
「準備できました?」
「はい、いつでもどうぞ」
後衛ライトにセッター、液祭昴さん。後衛センターにミドルブロッカー、輪投知朱さん。後衛レフトにアウトサイドヒッター、双蜂天音さん。前衛レフトにオポジット、蝶野風美さん。前衛センターにミドルブロッカー、皇志穂さん。前衛ライトにアウトサイドヒッター、双蜂音羽さん。飛龍流火さんはマネージャーなのでリベロなしという編成ですわ。
おそらく向こうの狙いは本来のポジションがリベロの昴さんを後衛に長く置きたいのと、それ以上にスーパーエースの風美さんを長く前衛に置くこと。一切手加減なしのローテーションですわね。
「言っとくけどあーし何もやんないかんね」
「わかってますって。ただ得点板だけ動かしてもらえたらそれでいいッス」
一度は保護者として付いてきてくださった小内さんに監督としての仕事を頼みましたが、あんたたちの手助けをする気はないと断られてしまいましたわ。それでも主審を流火さんが務めるのでどうしても必要な得点板の操作だけはめんどうそうに引き受けてくれた。
「それじゃあ、お願いしまーすっ!」
こうして花美高校対紗茎学園反逆軍の練習試合が始まった。
「いきますよー……」
覇気のない掛け声を上げた昴さんのサーブから試合が始まる。昴さんの元来のポジションはサーブの打つ機会のないリベロ。初心者染みた緩いボールが環奈さんに向かって飛んでくる。
「オーライ!」
そのボールを難なく上げると、トスポジションに着いたわたくしの頭上にボールがやってくる。完璧なAパスですわ。
さて、どうしましょうか。ここは相手のホームグラウンド。まずは一本確実に決めて盛り上げていきたいところですわね。なら、
「一ノ瀬さんっ」
エースである一ノ瀬さんにトスを上げる。
と見せかけて、ツーアタックですわ!
わたくしは跳び上がると、いかにも一ノ瀬さんにボールを上げるようなフォームを取り、左手でボールを向こうのコートに押し込んだ。
まさかいきなりツーアタックとは思わないでしょう? 完全に虚を突かれた紗茎のブロッカーたちは何の反応もすることができず……。
「え?」
ボールはわたくしたちのコートに落下した。それと同時に流火さんが紗茎に得点が入ったことを示す笛を吹く。
「何で……」
「ククク……甘いわね、新世珠緒っ!」
そう仰々しく言葉を放ったのは、中三のミドルブロッカー、皇志穂さん。見てみるとわたくしの前方にいるのは彼女ただ一人。つまり完全に志穂さんにわたくしの策略が読まれていたということですわ。
「……先輩には敬称をつけなさいな」
思わず負け惜しみみたいなことを言ってしまうと、志穂さんはわざとらしく「ククク……」と笑うと、ばっばっと全身を動かしてポーズを取りながら『あれ』を行った。
「夜空に輝く六つ星。我も加えて七大罪。せせらぎ煌めき、さざめき轟け!」
そして、宣言する。
自身が最高のバレーボーラーだと。
「『至高嫉妬』、皇志穂。至高の技巧をご覧入れよう」
……出ましたわね、あの口上。相変わらず嫌味ったらしいことこの上ないですわ。
「……『至高嫉妬』とか『金断の伍』とか何なんだ……」
「訊かないでください朝陽さんっ! ほんと、やめてっ!」
一ノ瀬さんがぽかんとした顔でそう言うと、後ろで環奈さんが大声で懇願してきた。そんなんで志穂さんが止まるわけないでしょうに。
「ククク……教えてしんぜよう!」
「志穂が説明すると長いから私が説明しますね」
「いいから! ほんといいから流火ぁっ!」
審判である流火さんが話を始めてしまったら次のプレーに移れない。環奈さんは思わず名前の方を呼んでしまうほどに焦って止めようとしますが、流火さんは気にせず語り始める。
「志穂が中一の頃、県内でトップクラスの実力を持つ選手を学年ごとにこう呼んだんです。現高一の五人を『金断の伍』。現高二の三人を『銀遊の参』。現中三の七人を『殿銅の漆』と。ちなみに実力は基本的に金、銀、銅の順になります」
中一でありながら中二病を発症した志穂さんのこの呼び名は、各大会での布教もあいまっていまや上位校にも浸透しており、既に色の名前だけで通用することもある。でも言われる側からしてみたら結構恥ずかしいんですのよね。知っていますわよ、環奈さん。
「で、『至高嫉妬』とか『激流水刃』は志穂がつけた通り名的なやつです。志穂みたいに口上を述べてから名乗るのがルールなんですよ」
「じゃあ環奈さんもあのかっこいいやつがあるんですねっ!?」
「絶対言わないかんねっ! あんな恥ずかしいやつっ!」
目を輝かせて今にもせがまんばかりの翠川さんを環奈さんが牽制する。当時は結構ノリノリで言ってたんですけれどね。ま、ちょうど中学二年生でしたし若気の至りというやつですわね。
「そしてこの場にいる『色持ちの超人』は、『金』が三人。『銀』が一人。『銅』が二人。結構ハイレベルな戦いなんですよ?」
「へぇ……じゃあ君もかなり上手いんだ」
さっきからずっとポーズをとりながらキメ顔をしている志穂さんに一ノ瀬さんが話しかける。だが褒められた当の志穂さんは少し気まずそうな顔で目を背けた。
「クク……我は『色持ち』の中でも最弱……。ただかっこいいから無理矢理入っただけ。他の『色持ち』たちは我のようにはいかないぞ……!」
そして「ばたっ」と声に出し倒れると、よじよじ身をくねらせながら元のポジションに戻っていった。
『色持ち』の中でも最弱……よく言ったものですわ。
確かに志穂さんの当時の実力は他の方々に比べて頭一つ二つ劣っていた。でも今では十分『殿銅の漆』を名乗れるほどの実力をつけている。
身長こそまだトップレベルで戦うには足りませんが、それを補って余りある飛蝗のような跳躍力。そしてわたくしのツーアタックを止めた時のような異常に精度の高い勘で文字通り場を荒らしていく。
嫉妬から始まった志穂さんのバレーは、神話の時代から人々を苦しめてきた蝗害を思わせるようにとどまるところを知らず、常識では考えられない至高の結果を生む。
その姿、まさに『至高嫉妬』。
初っ端から厄介な悪魔を目覚めさせてしまいましたわね。




