第2章 第17話 酒樽舞曲・ノーアルコール
〇珠緒
「それじゃあ珠緒の入部を祝して、かんぱーい!」
「かんぱーいっ!」
不審者騒動から始まり、コーチ候補の離脱を挟んで、普通に練習を終えたわたくしたちは喫茶花美というお店に集まっていた。お客さんがわたくしたちしかいなかったので一瞬貸し切りかと思いましたが、昨日環奈さんがこのお店はいつ行ってもガラガラだと言っていたのでまぁ普段からこんななのでしょう。
「いやー、それにしても珠緒が入ってくれてマジ助かったな」
一ノ瀬さんが豪快にもストローも使わずコーラを一気に飲み干す。女子にはあるまじき姿だが、やけに似合っていて少しおもしろい。
「なにそれ。わたしじゃ不満だってことですか?」
「んなこと言ってないだろ。バレーにケガはつきものだし控え要因は絶対必要って意味だよ」
わたくしと小野塚さんのどちらが正セッターになるかまだ決まっていないというのに中々無神経な発言ですわね、一ノ瀬さん。練習時とかは結構頼りになる感じでしたが……意識していないと駄目ってことでしょうか。
「そうでしょう! もっとわたくしに感謝してもいいんですのよ!」
「はいはいありがとよ、乾杯」
今は楽しい会の最中。ママさんバレーはお休みですが、それとは別の自主練時間を減らしてまで参加したのですからぎくしゃくするのは勘弁ですわ。ま、小野塚さんも真面目に取り合うつもりはなかったようですが。
そもそも小野塚さんからはどうしてもセッターになりたいという強い意志を感じないんですのよね。ただバレーができれば満足……というより環奈さんといられれば何でもいいといった感じでしょうか。あれだけの才能があるのにもったいないですわね。
まだこの部に入って二日目ですがだいたい部内の人間関係もわかってきましたわね。たとえば……。
「扇さーん、ナプキン取ってもらえますー?」
「あはは! お口にクリームつけて赤ちゃんみたい! 水空ちゃーん、自分で拭けまちゅかー?」
小野塚さんを挟んで言い合う二人。環奈さんと扇さんは仲が悪い。というよりわざと張り合っていると言うべきでしょうか。その理由はもちろん……。
「そんな煽ったってあたしは乗りませんよ。梨々花先輩! あたしの口、拭いてください!」
「ぶぱっ! 梨々花ちゃん、先にみきの拭いてけろっ!」
「きたなっ! パフェに頭突っ込むなんて卑怯ですよっ! 負けるかぶぱっ!」
小野塚さんを取り合って喧嘩する環奈さん……昔はあんな馬鹿じゃなかったのに……。
「こらきららさん、お肉ばっかり食べちゃ駄目よ。食事だって立派な練習の一つ。しっかりバランスを考えて……」
「もー! ごはんくらい自由に食べさせてください! 野菜は後で食べますからっ!」
「それも駄目よ。三角食べって言ってね、ごはん、おかず、汁物と……」
「うぇーん、助けて環奈さんっ!」
環奈さんたちの正面では翠川さんと真中さんのミドルブロッカーコンビが親子のようなやり取りを繰り広げていた。真中さんとは今日がはじめましてですが、翠川さんをかなり気にかけているのは練習を見ているだけでわかりましたわ。三年生ですし、遺していく同ポジションの後輩が心配なのでしょう。残念ながら翠川さんにはあまり真意が伝わっていないようですが。
「そもそも三角食べはマナー違反なんですよ! 料理人さんが一品一品趣向を凝らして作った料理をばらばらに食べるだなんて失礼に当たります!」
「こんな田舎の喫茶店の野菜炒めにマナーなんて必要ないでしょう」
「うわ、失礼です! ……あれ? そもそもなんで喫茶店に野菜炒めと白米とおみおつけがあるんですか……?」
「考えてみたらそうね。わけがわからないわ……」
あそこは色々大変そうですが、放っておいて大丈夫でしょう。翠川さんが本格的に反発し始めたらめんどうですが、現状は微笑ましい師弟関係を築けていますもの。
「マオちゃーん、なにか食べたいものある? 今日は先輩のおごりだから好きなもの食べてもいいからね」
遠くの光景を眺めていると、隣に座った外川さんがメニュー表を開いて見せてくれた。この方にマオと名乗った覚えはないのですが……確か他の人もあだ名で呼んでいたしそれがこの人なりの距離の詰め方なのでしょう。部活には滅多に顔を出さないらしいのですが、それでもみなさんと仲良くできているのはこの方の人柄ですわね。
「お、ずいぶん気前いいな。じゃあウチの分も……」
「あっさんはダメに決まってるでしょ。ひーが払うのは後輩の分だけ。後は三年で割ってね」
「わーってるって」
新入部員のわたくしに気を遣ってか、一ノ瀬さんと外川さんが積極的に話しかけてくれる。言いたくないですがとてもありがたいですわ。同級生の環奈さんは相変わらずあれですし、翠川さんはテンションが高くてあまり話が合わなそう。
そんな中こういう方々は本当に助かる。おそらく外川さんが次期部長なのでしょうね。
「はいからあげお待ちどうー。空の皿持ってくね」
「マスターあざっす。うおうまそー」
談笑を続けていると、店長さんが大皿に乗ったからあげを持ってきてくれた。練習で疲れ果てた身体を癒す油の香り……いけませんわ! 真中さんも言っていた通り食事も練習の内。先程野菜炒めのお肉をつまみましたし、我慢しなくては……!
「あれ? そういえば今日新しいバイトの人来るって言ってませんでした?」
何の葛藤もなくからあげに箸を伸ばした小野塚さんが口に物を入れながらそう言った。お行儀が悪いですわね。
「今配達中。そろそろ戻ってくると思うけど……」
「配達終わりましたー」
「あ、ほら帰ってきたよ」
カランコロンと鈴が鳴り、フルフェイスヘルメットを被った女性が店内に入ってくる。おそらくバイクで配達してたでしょうにミニスカートにブーツとは中々攻めていますわね。
「おつかれー。じゃあ今日は上がっていいよ」
「はーい。今日ちょっと嫌なことあったんでハイボールもらえます?」
「ん。いいよ」
新人のくせに仕事終わりにそのままお酒だなんてずいぶんいい根性してますわね。ま、わたくしとは関係のない人なのでどうでもいいのですが。
「ふー」
ヘルメットを脱ぎ、女性は髪を少し振るうとカウンター席に座る。その様子を見てわたくしの前に座っていた一ノ瀬さんが突然声を上げた。
「小内さん!?」
「げ……」
その声に女性が振り返り、わたくしにも顔が見えた。
確かにそこにいたのは、コーチを断った小内さんだった。




