第2章 第16話 助奏?
〇環奈
「昨日飛龍さんに指導者つけた方がいいって言われたべ? だからバレーやってた未来ちゃんに来てもらったんだ」
不審者の正体がコーチだったという驚きも束の間、あたしたちはさっそく練習を始めていた。
「いや、あーしマジでコーチなんてできないんで。普段授業あるしこの後もバイトあるんで」
あたしたちが練習を続けていると、端で先生たちが話している声が聞こえる。ボンボンとボールの跳ねる音が反響する中会話を盗み聞いてる限り小内さんはコーチをやる気はないらしい。
小内さんが通っているらしい桜庭大学といえば、ここから車で十五分ほど田舎方面に走らせた場所にあるあんまり頭がよくない大学だったはず。まぁあんまり忙しくはないと思うけど、大学生だし遊びたいんだろう。
「ならバイト始まるまで見てってけろ。どうせ暇だべ?」
「まぁ暇っちゃ暇っすけど……。でもあーしが教えられることなんてないっすよ。あーし中高ずっと試合出られなかったんで」
「でもおらが見るよりずっとマシだ。だから頼むよ未来ちゃん」
正直な話、コーチはいてくれたら助かる。今日は部員全員が来てくれたからいいけど、こんなに集まりがいいのは週に一度あるかないか。基本的に上級生の方が来られないうちに指導できる人が増えるのは助かる。
でも中途半端な指導者ならいない方がずっといい。飛龍も言ってたけど、一人のコーチの存在がチームを崩壊させることなんてザラだ。
小内さんがコーチをやるとしてどういうタイプの指導をするのかはわからないけど、現時点だとあんまり期待できないというのが本音になる。
あたしはあんまり気にしないけど、見るからにやる気のない指導者は選手のやる気も削いでいく。そして本気で取り組むタイプ……朝陽さんとかが反発して部が崩壊することは想像に難くない。
「……あーしには無理ですよ」
そう言って小内さんはどこか陰りのある表情で前を向いた。ていうかチラチラ様子を窺っていたあたしを見た。一瞬目が合った。
強豪校だとそれだけで集中してないって怒られちゃうところだけど、小内さんはなにも言わない。ただただずっとあたしだけを遠い目で見つめている。……なんで?
「環奈さん何かしましたの?」
「そんなのあたしが知りたいよ。なんもしてないと思うけどなー……」
朝陽さんとトス練をしていた新世がわざとボールを弾き、拾うついでにあたしに話しかけてきた。
「わたくしの気のせいだと思いますけどあの方見覚えがありません?」
「ぜんぜん。紗茎と関係ないんじゃない?」
「そうですか……それならいいのですが」
こう見えてあたしはあんまり人を覚えられないけど、会ったことがある人くらいは再会すればさすがに思い出せる。でも小内さんのことは一つも思い出せないし、まず間違いなくはじめましてだと思う。
「やっぱあーし帰りますわ」
しばらくあたしの練習を注視していた小内さんが唐突にそう告げた。
「え? なして?」
「しばらく見てたんすけどこの子たち普通にあーしより上手いし……あーしの指導なんて無駄っすよ」
小内さんの言葉はそのまま聞くとあたしたちを褒める内容だったと思う。
でもその口調は、諦めるような、あたしたちを哀れむような、かわいそうなものを扱うようなものだった。
「じゃあもう二度と会うことはないと思うけど……がんばってね」
そして寂しそうにそれだけあたしたちに告げると、体育館から去っていった。




