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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第2章 讃美歌パフォーミング
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第2章 第12話 戯曲・セッター対決

〇珠緒



「こんばんは、新世珠緒さん」


 一足早くみなさんと別れ、一人で帰路についていると、校門の影から一人の生徒がひょいと飛び出してきた。


「あなたは……瀬田絵里さん」


 インハイ予選を終えて引退した前部長。

 そして環奈さんの変化に間違いなく関わっている、ヘタクソなセッター。


 そんなわたくしとは一切の関わりのない先輩がわざとらしいほどに眩しい笑顔で立っていた。


「何の用ですの? わたくし結構急いでいるのですが」

「ん。朝陽からセッター希望の子が入ったって聞いたからちょっと挨拶でもって思ってね」


 なるほど、着替えの時一ノ瀬さんがやけにスマホをいじっていたと思いましたがお店への予約だけでなくそんなことまでしていたとは。


「セッター希望ではなく正セッター内定ですわ。小野塚さんよりわたくしの方が上手いので」


 わたくしがそう言うと、瀬田さんはにっこりと笑みを深めた。


 いままででも十分笑顔だったのに、顔が歪むほどの笑み。ちょっと気持ち悪すぎますわね。


「挨拶なら不要でしてよ。別に話すこともないでしょう」


 今言ったことは半分は本音だが、もう半分は早くここから逃げたいと思ったからだ。


 なんとなく、なんとなくだけどこの人は苦手な気がしますもの。


 同族嫌悪とまでは言いませんが、この人からはわたくしと同じ臭いがする。


 騙すことが得意な嘘つきの。そしてわたくしの適当な嘘とは違い、取り返しのつかない嘘を平気でつける真正の詐欺師の臭いが。


 ですがこの人にはまだ利用価値がある。めんどくさいアピールをしながら少し探りを入れてみましょうか。


「それに環奈さんと小野塚さんから話は聞きましたもの。あんなことをする人と話すつもりはありませんわ」

「はは。嘘が下手だね新世さんは」

「……チッ」


 とりあえずカマをかけてみましたが一瞬で看破されましたか。


 さてどうしましょうか。環奈さんたちのことは気になりますが、嘘は見破られてしまった。たぶんこういうタイプは真正面から訊けばおもしろがって教えてくれると思いますが……この人に会話の主導権を握られるのは危険な気がしますわね。


 騙し騙されが主戦場のセッターでこんなに胡散臭い雰囲気が出せるんだから相当セッターに向いていると思うのですが、どうしてあそこまで下手なのでしょう。


「そうそう、梨々花たちと練習試合したんだってね。どっちが勝ったの?」


 わたくしの舌打ちに何の反応も示さず、相変わらずの気持ち悪い笑顔で瀬田さんが訊ねてくる。


「当然わたくしですわ。試合結果もセッターとしての能力もわたくしの方が上でしてよ」

「ふーん」


 インハイ予選を観ていた時、わたくしはこの方を心底見下していた。

 教科書通りのセットアップ。それでいて技術のレベルは低すぎる。


 あんなつまらないセッターのせいで試合に出られないなんてありえない。部に入らないというわたくしの決断に自分のことながら拍手してしまいましたわ。


 なのに。なんだ、この人は。


 なんで笑っているんだ。


 元々の笑顔からさらに深く笑っていた顔がさらに歪み、まるで悪魔のような笑顔になっている。


 わたくしの調べでは小野塚さんと瀬田さんは異様なまでに仲が良かったはず。


 小野塚さんは瀬田さんに心酔し、そんな後輩を瀬田さんもかわいがっていたはずだ。それは先程小野塚さんを煽った時の反応からもわかっている。


 そのはずなのに。小野塚さんよりもわたくしの方が上手いと知って、心の奥底から笑みが抑えきれないといった様子だ。


 本当にこの部はわけのわからない方々の巣窟ですわね。


「そうそう新世さんって紗茎のセッターだったんだってね。じゃあ相当な天才なんだろうね」

「…………」

「でも梨々花はバレーボールの天才なんだ。今はまだ新世さんの方が上手いかもしれないけど、すぐにわかるよ。梨々花の天才性には敵わないって」


 何だ、そういうことですの。


「ご忠告感謝しますわ。ではわたくしはこれで」

「ちょっと待ってよ。連絡先交換しない?」

「結構ですわ。どうせまたあなたの方から勝手に現れるのでしょう?」

「ふふ、そうだね」


 瀬田さんの横をまっすぐ通り抜ける。途中彼女がわたくしの顔を覗きこんでくる気配を感じましたが、無視して歩いていく。


「はぁーあ。新世さんみたいなかわいい子が入ってくるって知ってたら引退なんてしなかったんだけどな」


 無言で歩いていると後ろから名残惜しそうな声がした。


「お生憎ですがその場合わたくしはバレー部に入っていませんわ」


 その言葉にわたくしは歩みを止めず、振り向きもせずに答える。


「ねぇ、私たち気が合うと思わない?」

「否定はしませんわ。お互いタイプは同じでしょうから」


「うんうん、そうだろうね。そうだ、名前で呼んでもいい? 私のことも絵里って呼んでいいから」

「別に何でも構いませんわよ、瀬田さん」


「ふふ、やっぱりかわいい。何に怯えてるんだか。もっとお話してたいなぁ」

「…………」


 わたくしはもう何も言い返さないし、振り返ったりもしない。


 あんな負け犬と話している時間は、わたくしにはないのだから。

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